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第112話「逆恨み」

 気が付くと、一人の男が俺たちからすこし離れたところに立っていた。マントを前まできっちり止めているため、その装備は見えない。

 男の顔はひどく憔悴していた。落ちくぼんだ目からは、嫌な感情しか読み取れない。知らない男だ。

 マカゲが刀の柄に手を当てる。抜きはしないが警戒しているのがわかった。俺も手の中の霊樹の棒を握り直す。


 何だ、こいつ?


 このキャンプに居る人間にしては、ひどく異質。その目はまっすぐに俺を睨んでいた。


「お前、マコトだな。冒険者のマコトだな」

「……そうだけど、あんたは?」


 男の口が、笑みの形に開いていく。マントの下に、抜き身の短剣が見えた。

 まさか! こんなところでやる気か!


「――――死ねッ!!」


「<拘束(バインド)>ッ!」


 俺の対応は迅速だった。怪しい男が近付いた時点で魔術の準備は済ませてある。魔法陣から噴き出した呪いは襲撃者を腰まで飲み込むとその動きを完全に拘束する。

 身体が拘束されているにも拘らず、男は薄ら笑いを浮かべていた。男から例の臭いが漂ってきている気がする。


「お前、何者なんだ」

「……俺は、お前を殺そうとした暗殺ギルドの者だよ。いや、元暗殺ギルドと言ったほうがいいか」

「どういうことだ?」

「ギルドはなくなったよ。壊滅だ」


 男は捕まったまま俺を睨みつける。その目は血走っていた。正気を失っている。

 それに、暗殺ギルドへの依頼はアゴールが止めさせたはずだ。今さら出て来る理由がわからない。


「暗殺ギルドが襲撃を受けたのさ。ひどい話だぜ……。剣聖まで出張ってきやがって、全滅だ! 情報を横流ししやがったのはお前の暗殺を依頼した男さ」


 ボッツのことか……。

 アゴールは依頼自体を止めさせるといったが、そのために暗殺ギルド自体を壊滅させたのか?

 それにしても、わざわざここで俺が狙われるのは何故だ。


「報復に向かった兄弟子達も戻ってこない。もう終わりだ。だから、お前を、道連れにしてやる」

「な――、んだよ、そりゃ!? 報復ならボッツにしろよ!」

「どこにもいねぇんだよ! だから、お前だ! ここまでの組織になるまで、どれだけの苦労があったと思う! それを……! それを……!!」


 逆恨みだ。

 もうまともな説得が通じる相手じゃない。口から泡を飛ばしながら、血走った眼でわめき散らす元暗殺者。

 この騒ぎを聞きつけて、俺たちの周りには人が集まってきている。男の叫び声からなんとなく事情は察したようだ。手に武器を持って元暗殺者を厳しい目で取り囲んでいた。


「死ね! お前らみんな死んでしまえ! 俺のために死ねッ!!」


 元暗殺者はそう叫んで哄笑する。


「マコト殿……。おかしいと思わないか?」


 マカゲは柄に手をかけている。厳しい視線を元暗殺者から離さない。

 おかしい。そうだ、確かに違和感がある。

 俺を殺す気なら、どうしてわざわざこうやってのこのこ出て来るんだ? どう考えても逆に殺されてしまうのが見えている。


 まさか、自爆か?


 俺は爆弾による自爆の可能性を考えて、<「氷」初級>+<いてつくかけら>をいつでも起動できるように準備しておく。


 ふと、元暗殺者から甘い煙草のような臭いをかぎとった。


「マコト君、この臭い――――!」


 ミトナが弾かれたように顔を上げる。その表情は焦りの色が濃い。


影猿(シャドウエイプ)の時と同じ!」


 影猿は、何かの薬によって興奮状態に陥っていた。

 魔物理性を失わせ、凶暴にさせる。そんな香りを調香できるとしたら?

 にやぁ、と元暗殺者の口が歪む。こいつは、時間を稼いでいたのだ。


 背筋が凍る。致命的な事態が起きる前に、こいつは殺す!

 もう、やるべき時にためらうわけにはいかない!


「<氷刃(アイスエッジ)>!」


 魔法陣が割れ、氷の短剣が即座に射出される。


 元暗殺者が、まだ自由が利く上半身で懐から出た紐を引くのが見えた。その身体に<氷刃>が深々と突き刺さる。口から血を流し、目が虚ろになる。だが、その表情は満足そうだった。


 直後、元暗殺者の身体が爆発した。

 爆発を中心として、一気にピンク色の煙が膨れ上がる。

 悲鳴と怒号、慌てたように逃げる者の背中も煙が飲み込んでいく。


 こいつ、身体の中に仕込んでたのか!


 口と鼻を手で覆う。息も止めてできるだけ吸わないように注意する。もしこのガスに毒性があるなら、俺達は死ぬ。


 失敗した!

 こいつの身体を氷漬けにするように術式を組んで起動するべきだった。殺すことを優先してしまったせいで防げなかった!

 みんなはどうなったんだ!?


 ピンクの煙がゆっくりと薄れていく。俺はまとまらない思考を抱えながら煙の効果外に走り出る。煙がない場所で、思いっきり肺に新鮮な空気を取り入れた。

 横を見るとミトナがフェイを抱えて飛び出すところだった。ミトナは片方の手でフェイを抱え、もう片方の手で鼻を押さえている。フェイは目を回しているようだったが、苦しそうな様子はない。続いてマカゲも飛び出してくる。

 クーちゃんは、と視線をさまよわせると、さらに遠いところまで退避していた。


 俺は、あたりに漂う甘ったるい臭いに気付いた。どうやら煙が持つ臭いらしい。


 特定の魔物を、興奮させる――――臭い。


「ぎゃあああああ!!」

「おあぁッ!? 蟲竜(ヴェフラ)が!」

「ご――ッ!? ぎゅ……」


 悲鳴と、物が壊れる音。

 これが、やつが望んだ事態か。


 テントを乗り越えるようにして、蟲竜(ヴェフラ)が姿を現していた。一瞬呆気にとられた隙に、一人の冒険者が大鎌の餌食になる。


「くそッ! この虫野郎がッ!!」

「やっちまえ!」


 気を持ち直した冒険者が蟲竜(ヴェフラ)に向かっていく。大鎌を避けながら、脚に攻撃を仕掛ける。

 さすが実力がある冒険者、すぐに近場の味方と連携を組んで蟲竜(ヴェフラ)を圧倒していく。このままいけば、討伐することができるだろう。そこに、二匹目の蟲竜(ヴェフラ)が出なければ。


「――――ぐェ」


 大鎌の先端が、冒険者の腹部を貫いて絶命させる。横合いからの攻撃で連携の崩れた味方に、蟲竜(ヴェフラ)から大出力の音波がぶちまけられる。


「なんだ……これ……」

「臭いに引き寄せられてる……」


 惨状を目の当たりにしながら、ミトナが絞り出すように言うのが聞こえた。ミトナとフェイ、マカゲと固まるようにして集まる。

 さっきまで、こんなことが起きるなんて、想像もしていなかった。

 思考が真っ白になる。


 いまや拠点キャンプは阿鼻叫喚の場となっていた。

 蟲竜(ヴェフラ)が大鎌を振るうたびに人間の身体が吹き飛び、死体が増えていく。今や三匹目の蟲竜(ヴェフラ)が姿を現していた。

 一匹ずつなら、準備を整えていれば。そんな思考は考えた端からこぼれていく。


「吠えよ雷鳴ッ! 落ちろッ!!」


 目を焼く鮮烈な雷光が、上空から降った。蟲竜(ヴェフラ)の一体を打ちすえる。動きが止まった隙を逃さず、その頭部を上からハイロンが蹴り潰した。竜人の膂力から繰り出される一撃は、どれほどの威力か。雷を(まと)うことで、その威力は跳ね上がる。


「オオオオオオオオオッ!!!」


 吼える。さらに胸部にぶち込まれた拳が、雷による爆発を盛大に引き起こす。爆雷に焼かれ、胸部を四散させられ、蟲竜(ヴェフラ)は動きを止める。


「一体ずつ集中して撃破しろ! 非戦闘員はすぐに退避だッ!」

「お……おおゥッ!!」


 ハイロンが腕を振り、喝を入れる。それに応えた冒険者達の目に光が戻った。倒した分を補充するように一体の蟲竜(ヴェフラ)が追加されたが、それに臆することなく向かっていく。


 次いで、ハイロンの眼光が俺を睨みつけた。その口から檄が飛ぶ。


「マコト! 腑抜けるな! お前もやるのだッ!!」


 それだけ言うと、ハイロンはすぐに次の蟲竜(ヴェフラ)に跳びかかっていく。

 切り替えろ! 俺は自分の両ほほを思いっきり張った。


「マコト君、こっちにも来るよ!」

 

 ミトナがバトルハンマーを構えた先、後ろから現れる蟲竜(ヴェフラ)

 くそ、どうせ煙を浴びた時点で、臭いが抜けるまで襲われ続ける。ここで虫どもを根絶するつもりでいかなけりゃ、こっちが殺される!


「――――<魔獣化(ファウナ)>!!」


 蟲竜(ヴェフラ)が両の大鎌を広げて威嚇する。

 それに相対するように、俺達は一斉に戦闘態勢を取った。

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