第111話「赤い蟲竜」
拠点キャンプに戻ってきた俺達を待っていたのは、慌ただしく走り回るみんなだった。不思議に思いながらも、フェイは報告しに中央テントへ、マカゲは食糧を取りに補給テントへと歩いていった。
ミトナとキャンプの様子を見ていると、どうやら医療テントにみんな向かって走っているらしい。事情を聴くために近くにいた冒険者を呼び止める。
「なあ! 何があったんだ?」
「おお、なんだか異常事態があったらしいぜ。霊峰方面に向かった一隊がほぼ壊滅で戻ってきたらしい」
冒険者はそれだけ言うと医療テントの方に走って行ってしまった。異常事態。何が起こったのかはわからないが、誰もがそれを確認しようとしているのだろう。結果、医療テント前に人だかりができるということになっているのか。
俺は向こうからやってくるハイロンの姿をそこで見つけた。
「ハイロン」
「マコトか」
「なんかあったんだって?」
「ああ、今から話を聞きに行く。ついてくるか?」
「もちろん」
俺はハイロンの横に並ぶと、医療テントに歩いていく。ハイロンが近付くと、人だかりが割れた。さすが領主の息子というの肩書きはすごい。それでも、はぐれないようにミトナが近くに寄ってくる。人だかりに踏まれないように、俺はクーちゃんを抱き上げた。
俺とハイロンはそのまま医療テントの中に入ることができた。テントの中には、たくさんの簡易ベッドが並べられていた。そのうちのいくつかは埋まっている。
その一つに、パルスト教の司教がつきっきりのベッドがあった。どうやらそれが戻ってきた男らしい。
ベッドに寝かされた男は、腕と上半身、頭に包帯を巻いている。止血のための包帯は赤く染まり、傷が深いことを物語っている。回復魔術はどうしたんだ。隣にパルスト司教がいて、どうして回復させない。
頭が若干薄くなってきているパルスト教の男性司教は、ベッドの横で男の手を握りながら、自身が怪我人のように苦しい顔をしていた。ハイロンの姿を認めると、椅子から勢いよく立ち上がる。
「待ってましたよ! 早く報告を聞いてください! じゃないと治療ができない!!」
「…………ハイロン様……かい?」
「意識をしっかり! そのために治療を拒んで待っていたのでしょう!!」
大怪我をした男は、朦朧とした視線をハイロンに向けた。そんな男を司教が強い口調で励ます。
そうか。この人、何があったか伝えるためにあえて回復しなかったんだ。<治癒の秘跡>は治癒の代償として体力を消費する。大怪我を回復すればその分衰弱してしまい、気絶してしまう。
「森の中……、蟲竜が……」
大怪我の男は咳き込む。咳をするだけで全身が痛むらしい。それでも、鬼気迫る勢いでハイロンに伝えようとしていた。
ハイロンは身をかがめ、できる限り聞き取ろうとする。
「仲間……を、同じ、蟲竜を……。奴ら、共食いしてやがった……。くそ……、マイゲル、ノイディー……食われ……。足を……!」
だんだん男の言葉が支離滅裂になってくる。目も虚ろになり、もうこれ以上は無理だ。司教が首を横に振り、ハイロンにもう限界だと伝える。いつのまに準備したのか、司教の杖の先には魔法陣が輝いていた。遅延で待機状態の魔法陣は、いつでも起動できる。
「赤……、赤い蟲竜……!」
〝赤い”蟲竜?
「限界です! 治療しますからね! <治癒の秘跡>!!」
魔法陣が割れ、回復の魔術が起動した。温かな光を放つ光球が男の怪我を癒していく。
「命に係わる傷を、とりあえずふさぐ程度しか今は治療できません」
「え……?」
全ての傷を回復はさせないのか?
「これだけの量の傷を回復させてしまえば、衰弱死してしまう……!」
それ以上喋ることなく、司教は回復魔術に専念する。ハイロンは俺の肩を叩くと、無言でここから出るように示した。もうこれ以上俺たちにできることはない。
医療テントから出ると、集まってきていたみんなの視線がハイロンに集まった。
「今、話を聞いてきた。情報がまとまってから伝えたい。何か彼について他に知っていることがある者はいないか?」
「おう、ぼろぼろで帰ってきやがったからよ、オレが医療テントまでつれてったんだ! 仲間が囮になってくれてる間に命からがら戻ってきたってうわごとのように言ってたな」
「アイツ、『蟲狩り』のノルングだぜ。蟲竜を倒すのなんて余裕のはずなんだがな」
「大量に蟲竜がいたとかか?」
「いや、それだとノルングも戻ってこれねえだろお?」
口ぐちに大怪我した男ノルングについての情報が集まってくる。
俺はみんなに取り囲まれるハイロンからそっと離れた。大怪我していたが、あの男はけっこうな有名人だったらしいな。ところどころわからない単語もあるが、だいたいのところはわかった。
「さっき戦ったのは緑色だったね。何だろう、赤い蟲竜って……」
ミトナが眉根を寄せて呟く。確かに、さっき戦ったのは甲殻が緑色をしていた。海老か蟹あたりは茹でれば甲殻が赤くなるが、それとはまた違うだろうな。それに色が変わるだけじゃなく、普通の蟲竜よりはるかに強いようだ。
「まあ、色が違うなら見分けがつくからマシだな。強さの違う個体が普通の個体と同じ色していて、一緒に出てきたほうが厄介だ」
「ん……。そうだね、そう思う」
ミトナはその様子を想像してみたらしい。顔が強張っていた。
そこにフェイとマカゲが戻ってきた。マカゲは木の皮で包まれた食糧を四つ抱えていた。受け取って包みを開く。中には丸いパンに切れ目を入れて肉が挟んであるサンドイッチが入っていた。
「本部に人が少なかったわね……。何かあったの?」
ぼやいたフェイに、俺とミトナはさっき聞いた情報を伝えた。
「フェイ、マカゲ。赤い蟲竜って何かわかるか?」
「知らないわね……」
「普通、蟲竜は緑色なのだがな。たしかに異常と言えば異常」
マカゲがサンドイッチにかぶりつくのを見て、俺もサンドイッチにかぶりついた。うまい。戦いの後だからか、塩を利かせた味付けが口に合う。途中こぼれそうになった肉をクーちゃんに投げると、ジャンプして口でキャッチした。
フェイとミトナは近くにあった木箱に腰掛けてサンドイッチを頬張っていた。丸パンはフランスパンのように結構な弾力がある。ミトナはやすやすと噛んでいるが、フェイは苦労しているようだ。
「しかし、拙者が気になるのは〝共食い”の方だ。蟲竜がこれまで共食いするといったことは聞いたことがない」
「虫なんだから、共食いくらいはするんじゃないか?」
カマキリの雌は産卵の際に雄を食べるらしいしな。
それを考えると造形がカマキリっぽい蟲竜が共食いしてもおかしくない気はする。
「あのねえマコト。虫と魔物は違うのよ?」
呆れたようにフェイが言う。その手にはちぎった丸パン。どうやらかぶりつくのはあきらめたようだ。ミトナはすでに食べ終わったらしい。
「マコト君、どうする? もう一度森に行く?」
「いや、ハイロンがどうするかを聞いてからのほうがいいと思う。たぶん、その赤い蟲竜を探すことになると思うけどな」
「ん。わかった」
ミトナはそう言うとバトルハンマーの点検を始めた。蟲竜の関節を叩き潰した場面が思い出される。
あの甲殻、かなり硬かったよな。魔術も効果があったんだかなかったんだか。フェイの<炎交喙>は一撃で胸部を粉砕してたけど、あれは<むしのね>を溜めてる途中に直撃したから破裂したんだろう。しかし、火炎系が効きそうなのは確かだ。
寒い季節に出るからには、寒さや冷気には強かったりするのか?
俺はがしがしと頭をかく。蟲竜についてはわからないことが多い。
「なあ、ティゼッタにはよく蟲竜が出るんだろ? 簡単に倒す方法ってのはないのか?」
「そういえば、ハイロンがあっさりと倒してたわね」
「どうやってだよ……」
「雷を体中に纏って、殴り倒してたわ」
ほんと竜人って規格外だな。
しかし、魔術と物理の融合か。何とか再現できないか……?
考え込んでいた俺は、ふと顔を上げた。俺の鼻が、以前に嗅いだことのある臭いをかぎとったからだ。ミトナとマカゲも臭いに気付いたらしい、怪訝な顔になる。
この臭いは……。
三倍速く動いたりするんだろうか……。
 




