第110話「蟲竜接敵」
ゆっくり進行です。気長におつきあいいただければ幸いです。
大体3000文字くらいの更新量です。よろしくお願いします。
ティゼッタの森は、ベルランテの森とは雰囲気が違っていた。ところどころに雪が残るこの地方の森は針葉樹が多い。人の手があまり入っていない森は、自然の力強さを色濃く残している。
地面に落ちた葉っぱや地面から盛り上がる木の根を踏みつつ、森の中を進む。先頭はマカゲとミトナに任せておけばいい。一番後ろを進む俺は、あたりの様子を確かめるために魔術を使うことにした。
「……<空間把握>」
これなら後ろを見なくても後ろのことがわかる。
俺の呟きと同時に魔法陣が出現して割れる。あたりの様子が脳内に飛び込んでくる。無意識的にいくつかをフィルタリングしていく。起動後、ある程度は自分で設定できるのだ。そうでなければ虫などの小さい生き物も捕捉してしまい、すごく疲れる。
<空間把握>の範囲内には大きな生き物はいない。まさか何かに擬態しているとかはないだろうな。
お。別のパーティ発見。こっち側は任せよう。
俺は前の二人に声をかけると、探索場所がかぶらないコースに変えてもらった。
しばらく探索を進めていたが、先頭を歩くマカゲがぽつりとぼやくのが聞こえた。
「うーん、特におかしいところはないように思うのだが……」
確かに。森はのどかなもので、時折ウサギがこちらに驚いて逃げていくのが見えるくらいだ。
俺たちはちょっと休憩することにして、そのあたりにめいめい腰を下ろす。
「そもそも、これだけ広い森の中で異変を探す方が難しいわよね。あの領主、何を考えているのかしら」
「目に見えて異変がなければ、何もないということでいいのかな?」
フェイが眉間にしわを寄せながら言う言葉に、ミトナが答えた。
「……そもそも、蟲竜はどうしてこの時期に孵化するんだ?」
「ん……? マコト君、どういうこと?」
あまり大きな声で言ったつもりはなかったが、ミトナには聞こえたらしい。俺に向かって不思議そうな顔で首をかしげる。
「いや、虫って暖かい時期に子どもを産んで増やすもんじゃないか? 地面の中にいたとしても、何でわざわざ寒くなってから出てくるんだ?」
「拙者も詳しくは知らないな……」
マカゲが自分の髭をさわりながら考え始めたが、やがて思いつかないというふうに肩をすくめた。
ミトナもフェイも頭上に疑問符が浮かんだままだ。
虫というものは大体卵や蛹、もしくは幼虫で冬越しするものだけどな。やはり魔物ということだろうか。自然の節理は当てはまらない?
落ちていた大きなどんぐりのような木の実にかぶりついていたクーちゃんが、大きな耳をピクリと動かした。ミトナも遠くの音を聞くような仕草をしている。
俺も遠くから迫る巨大な魔物の存在を捉えていた。木々をモノともせず、こちらに向かって進んでくる。
集中すると、その造形も感じることができる。たしかにカマキリに似ている。
「魔物だ! 向こうから、来るぞ!」
俺は蟲竜が来る方向を指で示した。
みんなの動きは迅速。戦いやすい足場がマシなところまですぐに下がると、戦闘態勢に入る。
空気が張りつめる。
ミトナはバトルハンマーを構え、マカゲは腰から刀を抜き放った。フェイも短い杖を取り出すと、迷うことなく魔術の詠唱を始める。クーちゃんは木の幹を駆け上がると、樹上へと退避した。
俺は身体中のマナを練ると、戦闘モードになるべく支援魔術を起動する。
「――<魔獣化>!」
ハイロンとの試合で、準備にやはり時間がかかることが気になってずっと考えていた。
連続で魔術名を叫ぶのは時間もかかるし面倒だ。もともと魔術名自体はその魔術を起動しやすくするための記号のはず。ならば、戦闘モードに移行するための魔術を総括して一気に使う魔術名を考えればいいのだ。
普通なら複合にイメージが重ならず、うまくいかない魔術だ。だが、ラーニングによって魔術が『使える』俺なら、問題なく発動する。
魔法陣が連続で割れる。
<身体能力上昇>、<まぼろしのたて>、<探知>、<やみのかいな>、<空間把握>、<浮遊>が一気に起動する。
よし、うまくいった!
心の中でガッツポーズを取りながら、迫る蟲竜に意識を戻す。こちらと接触するまでもう時間はない。
「<フリージングジャベリン>っ!」
俺は<フリージングジャベリン>を起動すると、マナのチャージに入る。
まずは先制攻撃をさせてもらおう!
木々の向こうから、ぬぅと蟲竜がその姿を現した。
身体は甲殻のようになっているが、四本の脚に二本の鎌。形状は巨大なカマキリだ。その胸部は普通より大きいつくりだが、違いはそんなものだろう。
俺は手に汗をかいているのを感じた。
怖い。結構怖い。
両の鎌が揺れている。蟲竜は俺たちの姿を認めると、首をかしげた。
「行け――ッ!」
先に仕掛ける!
最大までチャージされた巨大な氷刃が蟲竜に向かって突き進む。反応は早い。両の鎌を万歳するように広げると叩きつけるように<フリージングジャベリン>を砕いた。大きな破片はそのまま蟲竜の後ろへと流れていく。
やはり単発で撃っても直撃は難しいな。だが、反応させることが目的だ。
「チェェイっ!」
「ん――――ッ!」
氷の破片に紛れ、ミトナとマカゲが攻撃を仕掛けた。
マカゲの刀が閃き、地面を踏みしめる蟲竜の脚の一本を斬り飛ばす。反対側から迫ったミトナの一撃が、脚の関節部分を破壊する。前二本の脚を失い、蟲竜の姿勢がよろけた。
ミトナとマカゲはすぐに離脱。上から串刺しにするように鎌を振り下ろしてくるが、すでにそこに二人はいない。
「――――<水槍>!」
フェイの放つ水の槍が胴体部分に直撃した。だが、蟲竜の甲殻を貫くには至らない。
俺たちの攻撃に命の危険を感じるのか、蟲竜は大鎌を振り回す。
「マコト、あいつの動きを止めて!」
「わかった! ……<拘束>!!」
魔法陣が割れ、放たれた猟犬のように呪いの靄が突き進む。効果があるかどうかはわからないが、<拘束>+<しびとのて>だ。
蟲竜は大鎌を振るって呪いの靄を振り払おうとした。やはり思考は虫程度か。すぐさま<拘束>は効果を発揮する。まるでとりもちの如く大鎌と脚にまとわりつき、蟲竜の動きを縛り付けた。
もがく蟲竜は、いきなり胸部を膨らませた。
……なんだ?
「さがりなさいミトナ! 口から何か出すわ!!」
フェイが詠唱を中断して警告を叫んだ。ミトナがすぐに反応して〝獣化”、バックステップで大きく距離を取る。マカゲはその攻撃方法を知っていたのか、距離を取っている。
がぱんと蟲竜の口が開いた。
空間が破裂した。
「――――――!!!」
<体得! 魔法<むしのね> をラーニングしました>
なん……ッ!?
圧力に押されて身体が吹っ飛ぶ。
気付けば俺は先ほどの位置から少し離れた場所に転がっていた。
蟲竜が口を開いたところまでは見えた。口から吐き出されたものは見えなかった。だが、不可視の何かが空間が歪ませていたように見える。
離れていた分俺のダメージは少ない。俺はすぐに立ち上がる。
ミトナとマカゲは膝をついていた。二人とも耳を押さえている。
炸裂したのは衝撃波――音波か!
「マコト!」
フェイの声が俺の耳を打つ。俺は振り向いた。
どうやらフェイにはダメージがないらしい。ちらりと目をやると、乗り物よろしく魔術ゴーレムにまたがるフェイの姿があった。どうやら魔術ゴーレムに運ばせて回避したらしい。
フェイと目が合う。大丈夫だ、というように頷いて見せた。音によるダメージの重いミトナとマカゲのためにも、ここは俺が前に出るしかない。
俺は蟲竜の前に躍り出た。
何が効く? どうすればいい?
甲殻はある程度の攻撃は弾く、弱い魔術は使うだけ無駄だ。
俺はフェイの方を一瞬振り返る。かなりの集中力で魔術の詠唱しているのが見えた。あの文言は、おそらく<炎交喙>。
蟲竜が<拘束>の呪いを引きちぎった。俺の姿を認識して、大鎌を振り上げて俺を威嚇する。
今は俺に引き付けることが重要だ。
「ッオオオオオオオオオ!!!」
<たけるけもの>+<麻痺>。びりびりと空気を振動させて、麻痺の咆哮が空間を伝播する。だが、やはりというか甲殻の表面ではじけるだけで、移動阻害の効果も麻痺の効果もいまいち出ているようには見えない。
やはり――。
「――<拘束>ッ!!」
<拘束>+<りゅうのいかづち>の【合成呪文】!
これならどうだッ!
一瞬蟲竜がたじろいだように見えたのは錯覚か。
地を這う黒い稲妻が蟲竜の脚と胴体にまとわりつく。<りゅうのいかづち>を合成したぶん、雷の恩恵か、その速度はさきほどの<拘束>よりはるかに速い。
<拘束>に動きを阻害されながらも、なおも動こうとする蟲竜。俺はマナを注ぎ込んで拘束力を上げる。ここでまた千切られてしまうと、かなりまずい事態になる。
暴れ馬を引くが如く、蟲竜と俺とで綱引き状態だ。
「フェイ、やれッ!!」
「<――身の内の火炎に燃え尽きなさいッ! 炎交喙>!!」
フェイの身体からマナが膨れ上がる。魔法陣が一際輝くと、硝子のように砕け散った。
炎の鳥は一度だけ羽ばたくと、まるで弾丸ように空間を一直線に切る。目には飛んだ軌跡しか残らない。
対する蟲竜は、胸部を思いっきり膨らませた。<むしのね>の音波攻撃で迎撃するつもりなのだ。
その、膨らませた胸部に<炎交喙>が直撃。バァンという爆発音と共に、蟲竜の胸部から上が吹き飛んだ。バラバラと破片が落ちていく。大鎌も吹き飛び、木の幹に刺さった。
――――やった!
ふっと力を緩め、<拘束>を解く。
「――――ッ!?」
そのとたん、頭部を失った蟲竜が動いた。
がしゃがしゃ脚を動かして、俺に向かっての突撃。大鎌も音波攻撃もないが、硬い甲殻で轢かれれば、巨体と合わさってどれほどのダメージか。
避けることもできず、迫りくる死にぞこないの巨体を見つめる。
「ん………ッ、あああああッ!!」
その俺の前に、〝獣化”したミトナが飛び込んだ。
カウンターのバトルハンマーが蟲竜の腹部を捉える。めり込んで見えたのは一瞬。ものすごい音を立てて、蟲竜を押し返した。残った腹部が二転三転した後、木にぶつかって動きを止めた。
もう、動かない。
ドクドクと早鐘のように打つ心臓が、うるさい。
しばらく警戒していたが、やはり動かなくなっていた。倒したのだ。それを確認して、ようやく俺は深い息を吐いた。
「ありがとう、ミトナ」
「ん。無事でよかった」
ミトナがにっこりと微笑んだ。フェイとマカゲも集まってくる。クーちゃんが樹上から降りてきたのを見て、敵がもう近くにいないことがわかった。
「とりあえず、いったんキャンプに戻ろう。異変かどうかはわからないけど、ここで遭遇したことを伝えておこう」
俺はバラバラになった蟲竜を見ながらそう言う。
俺たちはキャンプへの道を引き返すことにした。




