第109話「拠点キャンプ」
朝の気配に目が覚めた。
起き抜けの頭が、現状把握に戸惑う。広い部屋。上品な調度品。街の音が遠くに聞こえる。
そうか、ここは領主の館か。
昨日の夕食後は、夜も更けていたためにそのまま領主の館でミトナともども世話になっていたのだ。フェイとマカゲはもとよりここだ。
ルマルは気になることがあるので戻ると言って街の方へ戻っていった。
ティネドットから何をせしめたのか気になって聞いてみたのだが、今は秘密だと言われてしまった。泊まる場所も含めてルマルにはだいぶ世話になったし、手間賃として納めてもらってもいいしな。
「さむ……」
領主の城ともいえる館は、石造りのためか、寒さはダイレクトだった。切れそうな寒さが肌を襲う。
俺は手早く自分の服を身に着けると、革防具を身に着けた。しっかりと着込むと寒さもマシになる。腰のあたりでゴーレムコアのアクセサリが跳ねた。
クーちゃんが目を覚ました。もぞもぞとベッドの足元あたりから這い出してくると、くああ、とあくびをするいつもの様子になごむ。
俺はベッドに腰掛ける。どれくらいの時間かわからないが、太陽の高さからして、まだ早朝といったところだろう。昨日は眠れなかったわりに、早く起きてしまった。
本当に、どうしたものだろう。
昨日眠れなかった原因は、アルマだ。
いったいあの娘はどうするつもりなんだろう。俺に対して好意を抱いているように感じるが、たぶんそれは、吊り橋効果とかいうやつだと思う。危険な状況で助けてもらったから、勘違いしているのだ。
それに……。
俺は頭の中で自分とアルマが恋人同士になった想像をしてみる。いくつかのパターンを脳内でなぞったところで、ため息をついて、頭を抱えた。
これ……。見た目、犯罪じゃね?
脳内の疑問には、もちろん誰も答えてくれない。
これ以上考えていてもどうしようもない。俺は無理矢理頭からその考えを追い出した。なるようになる。
とりあえずは、蟲竜の調査だ。
朝食を頂きながら聞いたところによると、調査拠点キャンプはすでに設営自体は終えているらしい。闘技大会などで有力な冒険者を集め、一気に調査を進めるつもりだということだ。その〝有力な冒険者”の一人として、ハイロンとあそこまでやりあった俺が選ばれたという。ほかにも有力そうな冒険者には声をかけていることを知って、少しだけがっかりした。
「必要な物資は拠点で受け取れるようにしておこう。……何事もないといいがね」
朝食が終わると、ミトナやフェイ、マカゲは荷物を準備しにそれぞれの部屋に去って行った。
食堂には領主オーロウと俺だけが残る。壁際には老齢の侍女が直立姿勢で待っているが、これは気にしないようにしよう。領主にアルマのことを聞くなら、今しかチャンスはない。
「……ええと、姿が見えないようですが、アルマは?」
「あの子はすでにハイロンと拠点に向かったよ。物資を積んだ馬車と一緒だ」
本当についてくる気なのだ。
しかし、領主の考えはよくわからない。
「聞きたいことがあります」
「言ってみるがいい」
領主は足元から白毛の狐を抱き上げる。すると、襟巻のように首元にするすると巻き付いた。
俺は聞きたいことを頭の中で整理しながら、領主に問いかける。
「領主様は、どうしてアルマを助けてくれたんですか?」
世界は思ったより優しくない。優しい行動や、情があるように見える行動の裏には、何らかの利益を求める心があるはずだ。
俺の視線を受けて、領主は苦笑した。その見透かされたような視線を受けて、俺は母親を前にしたような居心地の悪さを感じる。
「拾い癖があるのさ」
ニヤリ、と笑って領主オーロウは言い切った。そこには何の歪みも見当たらない。
そして、領主はふっと表情を真剣なものに切り替えた。
「追手から逃れるために、あの子達は川に飛び込んだらしい」
それは知っている。それが別れた最後の姿だった。
「川から上がったものの、マオはそこで気絶してしまったんだよ。泳ぎが苦手だったんだろうね。それを、アルマはそのまま背負って歩き通したらしい。靴も身体もボロボロだった」
「それは……」
「どれほどの苦痛だったか、想像してみるといい。魔物もいる森を、友達を背負って歩きとおしたあの子は、けっこう芯がある」
言うだけ言うと、領主オーロウは食堂を去って行った。
物資はすでに届いているということだ。
俺とミトナ、フェイとマカゲは、拠点キャンプ行きの乗り合い馬車最終便に乗り込んでいた。もちろんクーちゃんと魔術ゴーレムも一緒だ。
何かを忘れている気がして、もう一度装備を確認したが、何も忘れ物はなかった。
ティゼッタの街は何重にも石壁で囲まれたつくりをしている。石壁の門を二つ抜け、石壁に沿うように森に向けて馬車は進路を取った。
「そういえば、蟲竜って見たことがないんだが、見ればわかるのか?」
「一度見れば忘れられないわよ。人間より背が大きいから、できれば相手したくないわね」
フェイがげんなりした顔で言う。もしかして虫とか苦手なほうなのか?
「甲殻持ちだ。ミトナ殿のハンマーならまだしも、マコト殿の突打や殴打は効果は薄いかもしれん」
マカゲが自分のヒゲを触りながら言った。
俺は頭の中でなんとか想像してみようとする。でっかりカマキリで、つるつるてかてか。SF小説や映画にはよくあるが、人間より巨大な虫ってそれだけで勝てそうにない気がする。殺虫剤ってどんな成分で出来ていたっけ。そもそも、カマキリに殺虫剤は効くのだろうか。
「ミトナはどう思う?」
俺はミトナに話を振った。だが、ミトナは馬車の床の木目を見つめたまま、聞いていないようだった。
「ミトナ?」
「…………ん。あ、なに?」
「いや、蟲竜についてどう思うかって話なんだが」
「ん……。おいしくなさそうだね」
「そりゃ……。まあ、そうだろ」
何かを考えこんでいるのはわかるんだが、何だろう。
一瞬聞いてみようかとも思ったが、やめておく。あまり突っ込んで聞くのもどうなんだ。
ガクンと馬車が大きく揺れて、拠点キャンプに到着した。
馬車から降りる。そこはすでにそれなりの拠点か構築されていた。仮眠が取れる簡易テント、食事を配給する調理テント、武器・防具や道具を配給するテントなど、カテゴリごとに分けられている。向こうに見えるのは医療テントだろうか。テントの入り口の上にパルスト教の印が掲げられていた。
それぞれのテントの横には麻袋が積まれており、物資が潤沢なことを示していた。ここまでくると冒険者の仕事というよりは、市や自治体の事業といった感じを受ける。
集まった冒険者たちも、何人かずつのグループを作って談笑をしていた。選抜されているだけあって、雰囲気がいい。自分の仕事に自信を持っている人たちだ。あえてグループを作らず、一人で瞑想しているような玄人も中にはいたが。
とりあえずキャンプ内にみんなで落ち着ける隙間を見つけて、俺たちも作戦会議を始めることにした。
「よし。今回は俺達がメインというわけじゃないから気楽に行っていいということだ。調査した内容は伝える必要があるが、深度も無理しない程度でいいって」
「魔物事典でも持ってくればよかったわね……」
「いや、あれ貸出はしてくれないだろ」
魔物の説明とイラストが載った図鑑を思い出す。ベルランテの冒険者ギルドに納められているが、蟲竜のことも書いてあるのだろうか。もし書いてあるなら少しでも前情報を得ることができたのに。
事前にどれだけ情報を得ることができるか、というのはとても重要だ。攻撃方法は何か、毒は持っているのか、魔法は使うのか、果ては食べられるのか否か。そういったことを知っているかどうかが命を救う。
「とりあず拙者とミトナ殿が前、真ん中をフェイ殿、殿をマコト殿あたりが順当だろうな」
「後ろかあ……」
「そう苦い顔をしない。殿を受け持つのも鍛錬のうちだ。戦闘中は特に背後の警戒が弛む。もし必要があれば拙者かミトナ殿と場所を入れ替えることにしよう」
鍛錬と言われれば従わざるを得ない。マカゲは武術の師匠だ。
「うーん……。ん、おし、オッケー」
ふんふんといろんなところをかぎまわりたがるクーちゃんを撫でてなだめながら、俺は頭の中で動きを整理する。警戒というが、<空間把握>を起動できる俺にとっては容易い。問題なくできるだろう。
突撃できないのがちょっと残念だが、集団で動く以上はしっかりと自分の役目を果たさなければ。
「あ、ちょっといいかしら」
足を崩して座っているフェイが軽く手を挙げた。連動しているのか、魔術ゴーレムも手を挙げる。
「私の魔術は火炎系が多いのよ。別の魔術で威力があるのはちょっと精度が甘いから、起動する際はしっかり距離を取るのよ?」
「わかった」
俺とマカゲはフェイに頷いて見せた。前に立つ前衛の方が特に気を付けなければならないだろう。
そこで俺はミトナの様子がおかしいことに気付いた。やっぱり、ぼうっとしてる。
「ミトナ……?」
「ん。な、なに?」
声をかけると、ミトナの肩がびくっと小さく震えた。顔を上げて俺を見る。
「大丈夫、か?」
「ん! 大丈夫! ちゃんと役に立つから」
「そ、そうか」
俺は立ち上がると、付いていた土を払う。みんなが立ち上がるのに合わせ、ミトナも立ち上がり、自分の装備を再点検する。その動きにはおかしいところはない。
気のせいか……?
「よし、じゃ、行こう」
装備の点検を終えたみんなを見て、俺は出発を宣言した。




