第107話「領主との晩餐」
どうしてこうなった。
「楽にしてくれ。私はあまり作法には頓着しない方だ」
何人もが座って食事が取れるテーブル、その上座に座る領主オーロウが両手を広げてそう言った。
テーブルの上には湯気を上げる料理が並んでいる。豚肉や鶏肉など肉を香草を詰めて焼いたであろう丸焼きは、お腹を直撃する匂いだ。サラダ類もしっかりしており、盛られた野菜サラダはみずみずしい野菜が使われており、とてもおいしそうだ。大き目のポットにはスープがかぐわしい香りを放っており、見たことものないような料理も皿に並んでいる。
作法には頓着しないといったとおり、コース料理ではなく大皿から取れるスタイルを取っているのも食べやすい。クーちゃんを放り出さずに入れてくれるあたりも心が広い。まあ、領主の足元にも毛皮が真っ白いキツネっぽい動物がごろんと寝転んでいたのだから同類か。
しかし、そんな状況に俺は固まって動けないでいた。
領主といえば権力者。いわゆる市長とかいったものに相当する人物じゃないだろうか。緊張の一つでもしようものだ。
緊張する理由としては、後ろに控えている侍女である。自分で料理を取れるのならそれなりに楽なんだが、食べたい料理は侍女にお願いして皿に取り分けてもらう必要があるらしいのだ。
テーブルについているミトナ、フェイ、ルマルは落ち着いたもので、めいめい自分の皿に料理を盛り付けてもらうことに成功していた。反対側に座っているハイロンや気品あふれる青年やお嬢様は言わずもがなだ。ちなみにハイロンを含めてすべて領主の養子、四男と三女らしい。領主オーロウの隣の席はない。領主オーロウの夫はいない、独り身なのだ。
領主の館で夕食を食べることになったのには理由がある。
俺から離れないと駄々をこね始めたアルマに困ったハイロンという状況。マオに無理なことは言うなと厳しく諭されていたが、聞き分けない態度だった。侍女なのだからそんなことを言ってクビにならないかハラハラし始めたあたりで、ルマルが口を開いた。
「ハイロン様にも事情があるようですね。なら、マコトさんも一緒にお城へ連れていかれては?」
その言葉に何を納得したのか、俺たち一行はあれよあれよという間に領主の城へ連れていかれ、気が付いたら夕食を一緒に食べることになり、このテーブルに座っていたというわけだ。
ちなみに服装も着替えさせられた。さすがに鎧や何やらを身に着けた状態で食べるわけにはいかないらしい。俺は上品な素材のパンツとシャツに、ミトナは薄い緑色のドレス、フェイは青色のドレスに着替えていた。
「ミトナ……。おいしいか?」
「ん! すごくおいしいよ? マコト君も食べればいいと思う!」
もりもり食べるミトナはとても幸せそうだ。後ろの侍女に頼むと、お代わりを盛ってもらっていた。今気が付いたけど、ミトナの後ろの侍女はマオだ。やたら嬉しそうに給仕してるな。猫ヒゲがゆれている。
俺は反対側の席に目を向ける。そこには上品に料理を食べているフェイの姿があった。
「……なんでフェイまで食べてるんだよ」
「なんでも何も、招聘されたゲストということで領主の館に世話になってるのよ。一緒に食事するのも初めてじゃないわ」
「そうなのか……。それに、マカゲはどこだよ」
「マカゲは護衛としてついてきてもらってる。護衛は別室で食事よ」
かわいそうにマカゲ。
なんだか俺だけ緊張して動けないのもばからしくなってきた。気にせず食べることにする。
「ご、ごめんなさい……」
さっきまでの俺の様子を見てか、小さな声が後ろから聞こえてきた。アルマだ。俺の担当の侍女は彼女だったらしい。恐縮して小さくなるアルマに、俺は苦笑した。
「気にしなくていいよ。それより、こんなとこ来たことないし、適当に料理見繕って取ってくれると助かる」
アルマの顔がぱあっと明るくなる。人間やることを示された方がやる気が出るものだ。アルマが嬉しそうに皿に盛り付けを始める。
料理はとても美味しかった。
一通り料理を食べ、一息ついたあたりで、領主マーロウが口を開いた。
「ルマル、久しいな。お父上は元気か?」
「ええ。全然死にそうにありません。いつでも家督を譲っていただいても大丈夫なのですが」
「そういうところ、父親似だよ。嫌いじゃない」
この二人、知り合いなのか。ルマルが、というよりはルマルの父親、ハスマル氏か。やっぱあの人すごいんだな。まあ、ルマルの裏の働きはすごいものだった。それなりに権力者とつながっていても不思議ではない。
領主オーロウはニヤリと笑うと、俺に視線を向けた。思わず居住まいを正してしまう。する必要はないが、なんか緊張するな。
「決勝戦、見せてもらったぞ。うちのハイロンとあそこまで渡り合えるとは、なかなかやるじゃないか」
「あ、ありがとうございます」
「どうだ。うちで働かないか?」
ミトナとフェイ、アルマがその言葉にぴくりと反応した。何故かルマルも俺の方を注視している。
一瞬働いている自分の姿を想像した。悪くはないが、今より自由度は減りそうだ。それに、ちょっと元の世界のことを思い出して憂鬱になってしまう。
冒険者というのは自分の行動が結果に直結している。賞賛も非難も、自分のものだ。それが心地よいのだ。
「申し出はありがたいのですが、お断りします」
俺は領主オーロウの目を見ながら、はっきりと断った。ミトナとフェイが安堵の息を吐き、アルマがしょんぼりとした表情になった。
「我がルマル商店の店長を引き抜きですか、領主様?」
「冗談だ、許せ。闘技大会での入賞者の多くは、仕官を希望するものだからな」
そういって楽しそうに笑う領主は、再び視線を俺に戻した。社長とか会長とか、偉い人ってなんでこう眼力が強いんだろうか。オーロウは両手を組むと、落ち着いた声音で問いかけて来る。
「ならば、ひとつ頼まれごとをしてくれないか?」
「…………」
俺は言葉に詰まる。
このフレーズはよくない。俺は思わず身構えた。いや、今は弱みは無い。大丈夫。
バルグムの例を出すまでもない、権力者というのは侮れない。侮っているわけではないのだが、気付けば泥沼に嵌っているかの如く、抜け出せない状況になっていることが多い。
そんな俺の様子に領主オーロウは苦笑した。
「そう身構えるな。マコトは冒険者だろう? 名指しで依頼をしたい。もちろん報酬もあるぞ」
「わかりました。お話だけでも」
そう言われてしまうと聞かないわけにはいかないだろう。冒険者は冒険者ギルドから依頼を受けるものだが、有名になってくるとそこを飛び越えての依頼がある。それを受けられるようになると、名実ともに有名冒険者だ。もちろん名指し故に難しい依頼もあるが、報酬も約束される。ヴァンフォルトなども、そういった類の冒険者だろう。
「あ、ちょっと待ってください」
「何だ?」
「お話を聞いたら引き返せない、とかそういうことはありませんね?」
「意外と疑り深いな、マコトは」
くつくつと笑う領主。その態度がいまいち信用ならない。まあ、ルマルと知り合いなようだし、それほどのことにはならないと思うが。
領主が合図を出すと、料理の皿が片付けられ、食後のお茶が運ばれてくる。ポットにせよ茶器にせよ、ものすごく高級というより、使いやすさやセンスの良さが見受けられる。
紅茶からのぼりたつ香りが、みんなの気持ちを落ち着かせていく。
ひと心地ついたのを見て取ってか、領主が口を開いた。
「マコトは、蟲竜のことを知っているか?」
「名前だけなら。ヴェフラ球とかいう道具を見たことがあります」
「ほう。なら、本物を見たことはないのだな?」
領主がおもしろがるような顔をした。ハイロンが説明の続きを引き取る。
「このティゼッタという領は、寒季になると蟲竜の襲撃を受けるのだ」
すごいハードモードな街だな、それ。




