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第106話「試合の後」

ゆっくり進行です。気長におつきあい頂ければ幸いです。

 ダメージが重いだろうということで、俺の身柄は控室から救護室へと運ばれていた。救護室といっても簡易ベッドがあるだけなのだが。その救護室には、大勢の人間が詰めかけていた。

 運び込まれた俺。俺が寝ている簡易ベッドの横にはミトナと人子。そこから少し離れた位置に猫子、ルマルとコクヨウ、ハクエイと詰めかけている。

 そこに、入り口の扉代わりになっている布を押し上げて、入ってくる姿があった。フェイとマカゲである。フェイの足元には例の丸っこい魔術ゴーレムの姿もある。


「これ、どうなってるのよ」


 フェイが救護室を見渡すと呆れた顔をして声に出した。

 知らん。俺が聞きたいよ。

 何とか身体が動くようになったのは、さきほどだ。自分でも短い時間のつもりだが、ミトナの話を聞くに、けっこうな時間朦朧としていたらしい。

 気絶をしないように規模を抑えた<治癒の秘跡(サクラメント)>をこっそりと自分にかけておいた。そのため気絶はしなかったが、ぼんやりとしてしまっていたらしい。

 俺は身体を起こした。ところどころ痛むが、もう大丈夫だろう。とりあえず、あのあとハイロンがどうなったのか知りたい。


「あー……。今、何時だ? 優勝はどうなった?」

「マコト君!」

「おにいさんっ!」


 驚いた顔でミトナと人子が叫んだ。真剣な顔から、心配してくれているのがわかる。


「総合決勝はとっくに終わったわよ。優勝はハイロン選手」

「すさまじい戦いであった。片腕にもかかわらず、他のブロック優勝者を寄せ付けぬあの強さよ」


 フェイとマカゲが説明をしてくれる。フェイは解説者として最後まで試合を見ていた。かなり詳しく教えてもらった。

 ブロック決勝戦で俺と戦った時にやられた右腕は結局総合決勝戦までに完治することはなかったらしい。竜人の回復力は驚異的なものらしいが、それでも治らなったことに現場は驚いていたという。

 だが、片腕が動かない状態でも、ハイロンの強さは圧倒的だった。ブロック優勝者三名によるバトルロイヤル形式の決勝戦となったが、二刀流の剣士と巨大なバトルアックス使いを相手に、残った左腕と両足だけで沈めたのだという。

 

「……くそっ」


 思わず悪態が出る。膝の上で拳を強く握る。

 これは、後悔だ。

 俺はハイロンの左腕を仕留めることができた。はじめから全力を出していれば、もっと違う結果が待っていたのかもしれない。

 


「……ごめん」


 

 フェイが目を涙を滲ませていた。


「へ? なんでフェイが謝るんだよ」

「決勝戦前日に私が魔術で痛めつけたから……」

「ああ? 冬竜ランニングレースの時のことを言ってるのか! いや、見た目は焦げてたけど後に残るような傷なんてなかったし、フェイのせいじゃない」


 いつもは見せないフェイのしおらしい姿に、俺はいささか慌てた。たしかに少し焦げたが、少しあった火傷自体は完治していた。それに、フェイも手加減をしていた。でなければ竜斬剣すら溶かしたフェイの火炎魔術を食らって原形を残しているはずがない。

 俺は苦笑した。フェイを安心させるよう、落ち着いた声を心掛けて話す。


「いや、全力を出すか迷った俺がまずかったんだ」


 魔法をも併用した全力は、角が生えたり尻尾が生えたり。どう考えても人間の見た目ではない。それを何か言われるのが怖かったのだ。

 人子と猫子の前では、情けない姿を見せたくない。そのプライドだけで全力を出した。やってしまった感はあるが、腹をくくるしかない。


「ほら、角とか尻尾とか生えるだろ? 見た目が、さ」


「ん。大丈夫。恰好いいよ、〝魔獣化”」

「うん。すごく、かっこよかったです」


 俺の言葉を切って捨てたのは、ミトナだった。穏やかな笑顔で俺を見ていた。

 人子も、追いかけるようにしてそんな言葉をくれる。


 馬鹿か、俺は。


 俺は、自分が口に出した言葉のしょうもなさに気付いた。

 角とか尻尾とかあればいけないのか。

 いけないのであれば、獣耳や尻尾が生えてる種族、顔、身体が獣である種族はどうなるのだ。俺の言っている言葉の意味を、ミトナは理解している。している上で、優しい言葉をかけてくれているのだ。


「…………馬ッッ鹿じゃないの! 誰も気にしてないわよ」


 俺のどんよりした心を吹き飛ばすような、鮮烈な声が耳を打った。

 ハッ、と顔を上げる。フェイの顔にはもう涙はなかった。いつもの調子。後ろでマカゲが苦笑していた。


「でも、どうなってるのか後で説明しなさいよね。みんなで聞くから」

「…………ああ。わかってる」


 みんなの空気が弛んだ。


「それで、ちょっとわからないんだけど、この子たちは?」


 そう言ってフェイが指し示したのは、人子と猫子だった。いきなりフェイに言われ、人子が狼狽える。それを見てか、猫子がフェイの前に出てきた。


「私はマオ、こっちはアルマ。私たち、以前人さらいから助けてもらったことがあるんです」

「う、うん!」


 へぇ、と驚きの視線が俺に集まる。言うほどかっこいい助け方じゃなかったけどな。


「まあ、最後にはぐれたからなあ。生きてるかどうか心配してたんだよ。ティゼッタに居たのかぁ」

「おにいさんは?」

「俺はあのあと冒険者に助けてもらって、ベルランテで生活してたんだ。でも、どうりで見つからないわけだ」

「探して、くれてたんですか……!」

「まあ、元気そうで、本当によかった」


 俺は安堵の気持ちのまま、二人を見た。

 よかった。助かってて本当によかった。

 気にしないふりをしていた。俺自身しょうがないと思い込もうとしていた。二人のことは俺の心の中でかなりの重量を占めていたことに、今気付いた。

 見たところ人子の血色は良い。猫子はちょっとわからないが、毛の艶がいいので大丈夫だろう。ちゃんとしたものを食べさせてもらっているということだ。


 さて、これからどうしようかといった雰囲気になったが、そんなみんなの動きが止まる。

 いきなり救護室の布を押し上げて、意外な人物が入ってきたのだ。

 

「邪魔をする」


 ぬっ、と顔を出したのは竜人ハイロンだった。まだ動かないのか片腕を吊っている。あいかわらずの竜の顔は怖い。怒っているんだかわからない。

 救護室の中に、緊張した空気が漂った。ハイロンのごつい身体は、圧迫感がある。人子とか猫子とか泣いちゃうんじゃないか、これ。あとミトナはそっとバトルハンマーの柄を握るのをやめよう。


「な、何か用か?」

「まずは言っておく。良い戦いだった」


 ハイロンからは冗談の気配はない。真剣に言っているのだ。


「ええと……。腕、悪かったな」

「構わぬ。じきに治る」


 治るんだ。竜人ってすげえ。

 でもたしかに〝獣化”したミトナもすごい回復力してたしなあ。生き物としてのランクが違うってやつか。


「……えと、それを言いに?」

「いや、迎えにきたのだ。そろそろ領主がお戻りの時間だ」


 ハイロンの目線はアルマとマオに注がれていた。ということは、二人は領主の館で侍女をしてるってことか?

 俺の脳裏に貴賓席に座っていた領主の姿が思い起こされる。やり手実業家のような雰囲気。待遇もいいみたいだし、いい仕事場じゃないか。


 アルマはうつむいていた。ハイロンと目を合わせようとしない。マオはすでに動くそぶりを見せていたが、アルマは動く気配がない。


「……帰りません」


 空気が止まった。蚊の鳴くような小さな声だったが、それははっきりとした拒絶。


「帰りません。おにいさんと一緒に行きます!」


 何を言ってるの人子ちゃんは。

 ハイロンの顔がぎぎぎと動いて、俺を見据えた。なんか眼から光が出てる気がするのは気のせいと思いたい。一段階低い声が、竜の口から洩れる。


「…………どういうことだ?」


 俺が知りたい。


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