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第104話「ブロック決勝戦」

いつも通りのゆっくり進行です。ゆっくりお付き合いいただければ幸いです。

 俺は闘技場の中央に辿り着いたが、まだ相手の姿は見えない。


『出ました! 今大会初参加にしてブロック決勝までのし上がった! ルマル商会所属マコト選手ウウウ!

 棒術による攻撃もさながら、魔術も使えるという素晴らしい戦士です。さすがルマル商店、毎年どうやって見つけて来るのか知りたいものです!』


 歓声が上がる。観客席のルマルに視線と声が集まるが、本人はいたって涼しい顔で受ける。さすがルマル。そのルマルはこちらに気付くといい笑顔でこちらに合図を送ってきた。

 あの調子だとうまくいったらしい。ティネドットからどれほどのものをむしりとれたか楽しみなところだ。


 しかし、まだ相手の姿がない。これまでなら闘技場に出た時点で相手の姿くらいは見えるはずなんだがな。気合入れて来た分、不戦勝ならちょっとがっくりな気分だ。


『さあ、相対しますは、前年度、前々年度優勝者! 今年も優勝候補筆頭! 領主オーロウの三男、ハイロォォォォン!!』


 なんか、すごいタグ付けがされている気がする。

 貴賓席の一部、領主が居る席に動きがあった。領主が座っている席の後ろに控えていた人影が、領主に一度挨拶すると、一息に跳びあがり、ものすごい高さまで跳躍。こちらの目の前に着地した。

 膝をまげ、着地の衝撃を殺した姿勢から、ゆっくりと立ち上がる。


 こいつは、人ではない。

 人の身体に、龍の頭が乗っかっている。


 ――――竜人だ。


 どちらかというと中国の龍に近いだろうか、角は無いが突き出た鼻面の先には細い髭が生えている。服で見えないが、おそらく身体も顔と同じく鱗でおおわれているのだろう。

 体格もいい。身長は二メートル半はあろうか。腕や足も太い。威圧感が半端ない。

 ギョロリと縦に裂けた竜の瞳孔がこちらを捉えた。


「ハイロン・オウ・ティスティンだ。よろしく頼む」


 若いと思える声がその喉の奥から出てきた。どれほど当てはまるのかわからないが、意外と年齢は近いのかもしれない。


「マコト。ミナセ・マコトだ。こちらこそよろしく」


 ハイロンが差し出した手を握る。握手をする間にそっと観察した。袖のない簡素な服を身にまとっているだけで、特別な防具は何もつけていない。竜鱗の防御力を信じているのか。それとも別の理由があるのか。

 握手をしたのはほんの短い時間だった。その短い間でも、ハイロンの手のでかさや、鍛えられた身体の動かし方など、この竜人がものすごく強いことがわかった。


『選手同士の握手が今終わりました。清々しい! 二人の選手が離れます……。さあ、それではとうとうブロック決勝戦……! 開始ッ!!』


「楽しみにしている……! 全力で来ていただきたい!」


 一声吠えると、身体を半身に拳を構えるハイロン。まるで大岩が目の前にあるような存在感。ぶるっと俺の身体が震えたのは、武者震いだ。きっと。


 いいとも、やってやる!


「<身体能力上昇(フィジカライズ)>! <空間把握(エリアロケーション)>!」


 魔法陣が連続で割れる。同時に<まぼろしのたて>と<やみのかいな>を起動している。霊樹の棒の威力を保つために<浮遊(フローティング)>は使用しない。

 こちらに全力を出させるためか、この間ハイロンは攻撃をしかけてこなかった。最大まで強化した俺は、<身体能力上昇>を起動したマスチモスとも渡り合う。

 準備を整えた俺は霊樹の棒を構えた。視線はひたとハイロンを見据える。


「………………なのか?」


 ハイロンのつぶやきは、距離が離れていたのもあって俺はいまいち聞き取れなかった。

 準備を整えた俺に対して、ハイロンは不可解な表情を見せた。といっても竜の顔なので雰囲気でしかないが。

 残念、もしくは落胆の雰囲気だ。

 理由を聞こうとしたが、ハイロンが拳を握りこんだので諦めた。試合はすでに始まっている。


 にらみ合う。触れば音を立てて割れそうな張りつめた空間。

 立ち会う距離は三メートルほど。魔術も格闘もどちらもいける距離だ。初手は魔術。<拘束(バインド)>+<いてつくかけら>からの打撃。鱗に対しては打撃効果は低そうだが、顎を下から狙う。竜といえば逆鱗だ。たぶんそんなものがあるなら顎の下。まずは狙っていこう。



 殴られた。


「――――――!?」


 何だ!? 何が!?


 理解が追い付かない。肩の痛み、脳みそを襲う衝撃。そういうものがあるから殴られたことはわかる。

 いや、違う。何があったのかわかっている。

 一瞬でハイロンが距離を詰め、握った拳を振り上げ弧を描くように叩き下ろしてきた。まったく動けなかった俺の右肩首寄りに直撃、そして今がある。

 <空間把握(エリアロケーション)>のおかげで何が起こったのかはわかる。だが、動きが、頭が、追い付けない!


 膝が来る――――!


「ぐ……ッ!?」


 身体がくの字に曲がる。一瞬浮き上がった身体を、さらにハイロンの回し蹴りが吹き飛ばす。


 っくそ!

 なんだこれ……。痛ェ。


 ぐらぐらする。

 

 吹き飛ばされた身体は闘技場の地面に横倒しに転がっているようだった。霊樹の棒は手の中にない。どこに飛んでいったかもわからない。

 重い。打撃を受けたところが。痛いというより重い。

 <やみのかいな>の腕で受けてたらまだマシだったのに。見事に腰あたりに撃ち込みやがった。

 ハイロンが追撃する様子はない。蹴りの残心のまま動きを止めていた。


 今のうちに立ち上がらないと。早く。早く立て。

 動け身体。動けよ。


「――――!」


 無理矢理身体に力を入れると、何とか立ち上がれた。吐きそう。

 何か司会者が叫んでいるが、聞き取れない。意味が入ってこない。

 顔からは嫌な汗が流れている。頭の中が熱い。


 ハイロンが、おや、といった顔をする。まさか立ち上がるとは思っていなかったのだろうか。


 何とか、ファイティングポーズは取った。まだ、やれる。


 ハイロンが踏み込んだ。地を蹴って距離を詰めてくるのは刹那。

 踏み込んだ勢いをそのまま腕の振りに転化。背筋を凍らせるような音を立てて拳が迫る。

 魔術を使う? そんな暇があるわけがない。

 起動のための魔法陣は出たが、魔法陣が拳でそのまま粉砕される光景に目を疑った。魔術はもちろん起動しない。強く意識していた分なんとか腕をすべり込ませて防御するのが精いっぱい。

 打った瞬間ハイロンが微妙な顔をしたのは、肉を打つ感触じゃなかったからだろう。身体が後ろへ飛ばされるのに、自分からさらに跳んで距離を取る。

 

 ここまでやりあってわかった。


 ――――これ、無理。勝てない。


 完全に手が届かない状態になると、諦念に心が支配される。

 降参すればこれ以上苦しい思いをしなくてすむ。


 ――これは闘技大会。負けを認めたとして、命まで取られるわけではない。

 ――相手は優勝候補。前年も前々年も優勝しているツワモノだ。

 ――竜の獣人だ。スペックからして違う。魔術もきっと通用しないだろうし、打撃はそもそも意味がないだろう。

 

 すらすらと、湧き出てくる言い訳。



「――――おにいさんッ!!」



 だいぶ前に、聞いたことがある声だった。

 ふらつく視線が、その姿を探し当てた。


 髪を振り乱し、こちらに駆け寄って来ようとしている女の子、これまた見覚えのある猫獣人の女の子がそれを引き留めている。なぜか二人とも侍女服を着ているが、その顔は忘れられるものではない。


 いろんな思いがごちゃごちゃになった。疑問と安堵を詰め込んで破裂させてバラまけばこんな気持ちになれるだろうか。


 だが、はっきりしたのは、二人の前で負ける姿は見せたくない、という俺の気持ちだ。


 ハイロンは何故か待っていてくれた。ありがたい。あのまま畳み込まれたら、全部出す前に終わっていた。


「おおおおおおあああああああああああッ!!!」


 魔法陣が割れる。俺は思いっきり叫んだ。

 一度全部リセット。頭の中をスッキリさせる。


 ハイロンは腕をあげて俺の咆哮を払った。その腕の向こう、満足げな顔をしているのは見間違いだろうか。あんたの言ってた全力って、これか?


 <臨時マナ基点を増設します>


 頭に熱い感触。

 今まで目立たないように腰に巻き付けていた影の尻尾を解放して自由にする。


「<浮遊(フローティング)>」


 魔法陣が割れると同時、身体が軽くなった感触。

 俺はハイロンを睨みつけた。闘志は十分。


 これが――――全力だ。


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