第103話「準決勝戦」
『お、思わず言葉を忘れてしまいましたああ! なんという高速の攻防! すごい!!』
司会者の声が響く。集中切れるから静かにしてくれんかな。
マスチモスが両手剣の調子を確かめるように、軽く握り直すのが見えた。すぐにも攻めてくるはずだ。
マスチモスに対抗するには……思いついた!
やはりここは<「雷」初級>だろう。中級も使えるようになったが、一撃で消し炭にしてしまいそうなのが恐ろしい。慣れるまでは初級で気絶させるのが良いだろう。両手剣に向かって飛んでいくだろうし、狙いやすい。
「<電撃>ッ!」
マスチモスの反応は迅速。両手剣を肩に担いで魔法陣が割れるか割れないかの間に、こちらに向かって疾走。
だが、それでは正面からの<電撃>を避けられないはず。勢いよく突き進む電撃。
「ぬるいッ!」
マスチモスは走りながら懐から取り出した何かを放る。薄い鉄片のような何か。訝しがる前に結果はすぐに出た。<電撃>の進行方向が目に見えて曲がる。鉄片に吸い込まれるように。当然マスチモスは<電撃>にかすりもせずに俺に接近。
『あれは!?』
『<「雷」初級>の魔術は金属に吸い寄せられる性質を持ってるわ。それを知ってればこういう対処法を持っているのは有効ね』
――――魔術で迎撃? だめだ発動前に剣が来る!
迷いは一瞬。魔術を使うなら、起動までにマスチモスは担いだ両手剣を打ち下ろすだろう。魔法陣が出現して割れるまでのタイムラグで詰む。
近接戦闘でやりあう、それしかない。
身体は反応した。霊樹の棒による突打。顔面狙いの最速攻撃。
マスチモスは一瞬だけ速度を落とし、顔を動かすことで回避を試みる。打ち下ろしが遅れる。
「そこだッ!」
先端を引きながら、棒の逆側で下から脇を狙う。鎧の中でも、脇の下には隙間が空いている。両手剣を担いでいる今なら、がら空きだ。
マスチモスが身体を横に開いて回避。俺は追撃、連続で打ち込むが有効打はない。
マスチモスの打ち下ろす。俺の攻撃を封じるための無理矢理な一撃。――――回避!
剣が起こした風が頬をなでるのに肝が冷える。<身体能力上昇>を使っていなければすぐにも叩きのめされていただろう。
振り下ろした姿勢のマスチモスに、払い打ちの一撃。振り上げた両手剣で打ち返される。重量差がありすぎて腕ごと持って行かれそうだなこれ!
『接戦!! 接戦です! マコト選手、マスチモス選手』
「腕が立つな! 楽しいぞ、マコトよ!」
「言ってろ!!」
マカゲと本格的な特訓をしていたのが本当に役に立った。
だが、まずい状況だ。接戦になっているように見えるが、マスチモスが棒術に対応できてないが故にそう見えるだけ。こちらの変則的な動きに慣れたらその時点で終わるだろう。スタミナを考えても、マスチモスが先にへばるとは考えにくい。
次で決める。マスチモスが動いた瞬間が勝負。
こちらを窺っていたマスチモスは、やがてキラリと白い歯を光らせた。正面から突破することにしたらしい。ぐっ、とマスチモスが地面を踏みしめる。
「行くぞッ!」
――来い!
マスチモスが両手剣を肩に担ぎ、突進を始める。この一合が勝負!
「オオオアアアアアアッ!」
魔法陣が割れる。マスチモスが懐に手を入れた。だが、これは<麻痺咆哮>。初見では避けきれまい。
だが、マスチモスは対応した。驚いた顔はしていたが、冷静に衝撃をショルダーガードで受ける。麻痺の効果は対抗しきれていないが、それでもすぐに効果は切れる。
焦る暇もない、ここで仕留めきれなければ、負ける!
踏み込んだ。全身の筋肉を使いながら、首筋を狙う打ち下ろしの一打。
それすらもマスチモスは両手剣の柄で受けた。俺の腕ごと霊樹の棒が跳ね上げられる。
「――――<氷の枷>」
<いてつくかけら>+<拘束>。
魔術を差し込んだ。もとより近接攻撃が受けられるのは読めている。最後に頼りになるのは魔術しかない!
魔術による極低温が爆発のように炸裂した。低温が感覚を奪い、マスチモスの腰までを氷漬けにして動きを阻害する。
あとは――――!
「<電撃>! <衝撃球!>」
連続で魔術を起動、一気にマスチモスに畳みかける。下手にためらうと、たぶんこの拘束すらも突破してくる。動く上半身で両手剣の防御をするマスチモス。
「――――<麻痺>!」
麻痺の呪いがマスチモスを包む。そこで、ようやくマスチモスは動きを止めた。
両手剣が地面に落ちて、金属音を立てる。
『け、決着ゥゥウ! 激戦を制したのはマコト選手ゥウウゥウウ!!』
司会者の絶叫が響き、ようやく俺は全身の力を抜いた。
いや、もう無理。これ以上勝てない。
『優勝候補とも言われていたマスチモス選手を下し、ルマル商会のマコト選手、勝利です!!』
あ、優勝候補だったんだ。どうりで強いわけだ。
俺は闘技場の地面にへたりこむ。
見るとマスチモスが氷の拘束から脱するところだった。麻痺がまだ少し残っているのか、動きが鈍い。だが、俺の姿を認めると、サムズアップして歯を無駄に光らせる。
「うぅ……。やるな、さすがだ。しかし、次は負けぬ!」
いや、俺はもうやりたくない。絶対対策を立ててくるだろうし、次の機会ってのは勘弁してほしい。俺は微妙な笑みを向けた。
マスチモスは俺の手をがっしと掴むと、立ち上がらせる。そのまま力強い握手。
闘技場の会場が大きな拍手と歓声に包まれたのだった。
控室に戻ってくると、ミトナとクーちゃんがすでに待っていた。ルマルはまだ戻ってきてないようだ。
「ん。お帰り、すごかったよ」
「いや、もう無理かと思った」
「腕は大丈夫?」
「ああ。この通りなんともない」
俺は腕をぶらぶらさせて大丈夫なことをアピール。もう解除しているが<やみのかいな>がなければまずいことになっていただろう。外傷に<治癒の秘跡>が効くことはわかっているが、骨折に作用するかどうかは試したことがないからわからないのだ。試すためにわざわざ骨を折るのもばからしいし。
しかし、二回勝ったということは次はブロック決勝になるのか。だいぶ疲れているが、ここまで来たらやれるだけやってみよう、という気持ちになってくる。不思議だ。
よし、決勝までちょっと休憩だ。
ミトナに揺り起こされて、俺は目を覚ました。どうやらちょっと休憩のつもりが、うとうととしてしまっていたらしい。
身体を伸ばして調子を確かめる。うん。ちょっと寝られたおかげでだいぶましになっている。
「もう出番か?」
「うん、休憩時間をとったあとに始めるって」
闘技場の方を見る。前の試合で穴だらけになった闘技場に、土を入れたりして整備しているのが見えた。
にゅっと顔の横にパンが出てきた。俺は礼を言いながらミトナが差し出してきたパンを受け取る。
一口食べてみるとお腹が減っていたことに気付く。パンを軽くたいらげると、ミトナが差し出す干し肉を食べる。満腹にならない程度の量に、ミトナの気遣いを感じる。
『それでは、ブロック決勝を行いたいと思います! 選手は闘技場までお越しください!!』
緊張で固くなりそうな身体を、意識してほぐしていく。
よし。行こう。
ミトナを振り返ると、一つ頷きが返ってきた。うん。頑張れそう。
俺は後ろを振り返ることなく、闘技場へと進んでいった。




