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第101話「ひっくり返す」

 目的は二つ。一つはニセモノだとはっきりさせること。もう一つは、できるかぎり魔術を引き出してラーニングを狙う。俺の名前を騙るなら、どれくらいできるのか見せてもらいたい。


 司会の開始の声。直後に偽マコトはフードマントを跳ね上げた。マントの下から現れたのは、高級そうな軽鎧。右手にはラウンドシールド、左手にはマナストーンが複数装着された杖を握っている。見た目だけでわかる高価な品。傷一つない美しく綺麗な品だ。

 攻撃は盾で防ぎ、魔術で攻撃するスタイルなのだろう。高価な品というのは高価なだけの理由がある。その性能だけは舐めてかかってはいけない。

 ラウンドシールドを全面に出して構えたのは、開始直後に俺が突進してくるかと思ったからだろう。俺が一歩も動いていないことに、一瞬怪訝な顔をした。そして何を思い浮かべたのか見下した笑みが偽マコトの顔に浮かんだ。おそらく魔術師相手に恐れをなしたとか、装備を見て怯んだとか考えてる顔だな、あれ。


「お前に恨みはないが、念入りにやれと言われている。すまんなァ!」


 構わない。俺も念入りにやらせてもらうからな。

 さあ、お手並み拝見といこうか。


「<電撃(ライトニング)>!」


 偽マコトが初撃に選んだのは<「雷」初級>の<電撃>。速度は<火弾(ファイアショット)>より速く、かつ軌道が読みにくい。初撃に選ぶくらいだから、おそらく得意属性は雷か。

 だが、遅い。

 バルグムの<電撃>と比べるべくもない。俺は霊樹の棒で叩き落した。この霊樹の棒、特性としてマナに対する耐性でも持っているのか、魔術に対抗できる。これまでの棒の中で、一番はたき落としやすい感じががする。


『おおっとアキンド選手、マコト選手の魔術を叩き落としたァ! 対魔術武装かァ!? これはどう対処するか見物ですね!』


 偽マコトの顔がゆがむ。いや、今ので決まるわけがないだろ。二刀使いでもこれぐらいなら防ぐぞ。

 俺は両手を広げて、どうした、と相手を挑発する姿勢を取った。偽マコトの顔が挑発に赤く染まる。杖を掲げ、偽マコトは魔術の詠唱に入った。


「<氷槍(アイスパイク)!>」


 魔法陣が割れ、氷の槍が一直線に俺を狙う。それなりに射出速度は速いが、弾道を見切って叩き落す。

 穂先を叩き潰してやれば、マナの粒子となって散っていく。ぐっと偽マコトが詰まるのが見えた。

 そろそろいいかな。こちらのターンだ。


「そろそろ本性見せてもらいたいもんだがな! お前、ニセモノだろ!」

「なっ、何を言っておるのかわからんな!」

「ネタはあがってるからな。この街のみなさんに知ってもらおうじゃないか」

「ルマル商会め……!」


『おおっと、何やら言い争いを始めたようですが……、何か因縁があるのでしょうか?』


 歓声も大きく、司会者にはこちらの声はいまいち聞こえていないようだ。

 偽マコトはちらりと観客席のティネドットに目をやったのが見えた。焦った様子の偽マコトに、ティネドットが首を小さく横に振って否定する。情報が漏れているはずがない、といったあたりか。その自信はどこから来るんだよ。

 ティネドットの肯定で落ち着いたのか、偽マコトが自信を取り戻した。落ち着いた動作で俺を睨みつける。


「何を根拠にそんなことを言うのかね?」

「それは自分が一番知ってるんじゃないか? ニセモノさん」


 おお。声が増幅されて大きく聞こえる。司会者さんの方をちらりと見るとわくわくした顔がそこにはあった。割れた魔法陣が消えるところを見るに、どうやら声の増幅魔術をこちらにもかけたらしい。これはちょうどいい。こいつがニセモノだということを、大勢の前で示す必要があったからな。

 いきなり聞こえた俺たちの会話に、観客たちは疑問を持ったようだ。ざわざわとし始める。


『おおっとアキンド選手、いきなり意味深な発言が! マコト選手が、ニセモノ!?』


「まったく、何を言うのかと思えば……! <飲み込め、雷の蛇よ! 雷蛇ライトニングサーペント!>」


 牙を剥く雷の蛇。のたうつ巨大な雷撃が身を左右に振りながら突進してくる。これは無理だ。


「<氷盾(アイスシールド)>!」


 氷の盾は出現と同時に雷蛇に噛み砕かれる。さすが中級魔術、けっこうな強度を誇る<合成呪文(コンパウンドスペル)>の盾を一撃か。

 俺は<氷盾>が砕かれる隙に距離を取る。目標を失った<雷蛇>は地面に激突して雷をまき散らしながら爆散した。


『アキンド選手も魔術を!?』

『魔術師どうしの戦いだと、いかにおたがいの魔術に抗するかがポイントになってくるわね』

『しかし、マコト選手は二つ名がつくほどの魔術師です。どこまでアキンド選手がやれるか!?』


 先ほどより開いた距離を挟んで、俺とニセモノは向かい合う。


「ニセモノだと認めてくれませんかね?」

「何を言う。私はホンモノだ! 貴様こそ、無礼がすぎるぞ!」

「ホンモノだと言うのなら、魔術で証明してくださいよ!」

「吠えたなムシケラが! 後悔するなよオオオ!」


 ニセモノが激昂し、盾を投げ捨てる。腰の後ろから抜き放ったのはもう一本の杖。杖の二刀流とか、そんなのできるのかよ。


「<電撃(ライトニング)>ッ!」


 ニセモノの右手の杖から<電撃>が放たれる。俺は<身体能力上昇(フィジカライズ)>を起動、迫る<電撃>をはね飛ばす。ニセモノはさらに<電撃>や<火弾>など、弾速の速い魔術を選択。そのすべてを叩き落としながら、俺は違和感を覚えていた。

 さっきからずっと右の杖で起動してるな。左の杖で何かやらかす気だと思うが。


『アキンド選手! マコト選手の猛攻の前に防戦一方だァァァ!』

「フン。大口を叩いたくせになァ!」


 わざと防御にまわっていることに気付かないコイツはやっぱり三流か。はやく切り札を見せろ。

 火炎放射のような魔術を伏せて回避した直後、ニセモノがにやりとほくそ笑んだ。


「<捕らえよ闇の泥、妄念の腕――――拘束(バインド)>!」


 ニセモノの左の杖が動いた。

 割れた魔法陣から飛び出したのは呪いの(もや)。怨霊のごとき動きで地を這うように俺に迫る。


「――――ッ!?」


 その速度はこれまでの魔術の比ではない。伏せた俺は体勢を立て直すのも間に合わない。両足首を掴むように呪いの(もや)にがっちりとおさえこまれた。動けない。


 ――――拘束の呪い!?


体得(ラーニング)! 魔術「拘束」をラーニングしました>


 脳内に響くアナウンスが恨めしい。


『おおっとアキンド選手、動けないイイイ!? これは何だぁ?!』

『相手を拘束する魔術ですね。<麻痺>や<マナ毒>とか付与魔術は多くあるけど、初めて見たわ』


「私が編み出した呪詛の魔術だ。動けまい」


 そんな嬉しそうな顔するなよ。ムカつくな。

 動けないか。いや、動けるぞ。かなりおさえこまれてるから動きづらいが、力を思いっきり入れれば動ける。<まぼろしのたて>とケイブドラゴンの魔術耐性効果。

 今は動けないふりをしておくほうがいいな。


「<二重麻痺デュアルパラライズ>」


 ニセモノの両の杖から、大量の麻痺の呪いがあふれ出す。毒液のごとき呪いの(もや)が、じわじわと俺へと接近してくる。なぶるつもりなのだ、コイツは。

 たぶん接近戦も含めて戦えば俺が勝てる。だが、ラーニングを狙うとなればいきなり難易度が増すのだ。相手の技を出させて、それを乗り切らなければ獲得できない。


「麻痺した相手に<雷蛇>を撃つのも忍びない、非礼を詫びて降参しろ」

「撃ってみろよ。殺したらお前の負けだぜ?」


 俺の余裕にニセモノはわざとらしくため息を吐いた。左の杖に魔法陣を待機させてまま、次いで詠唱を開始する。俺が詠唱の割り込みに魔術を使えば、<雷盾>あたりの魔術で迎撃するつもりだろう。だが、俺が何もしないのを見てニセモノは眉をひそめた。だが、そのまま魔術は放たれる。


「……<雷蛇ライトニングサーペント>ッ!」


 魔法陣が砕ける。ジャアアアアア、という音は、空気が焼ける音か。雷の蛇が俺という獲物に食らいつきにくる。


 集中しろ。集中しろ!


「――――<拘束(バインド)>っ!!」

「…………ぁア!?」


 ニセモノの驚愕の声が小気味よい。

 俺が放った拘束の呪いは、雷の蛇に絡みつく。さながら大蛇に挑む黒蛇。何本もの呪いが絡みつき、雷の蛇の動きを阻害する。

 できれば威力も削いでくれれば、と思ったがそれは高望みか!?


「<フリージングジャベリン>!!」


 <いてつくかけら>+<「氷」初級>。俺の決め技は、集中状態(コンセントレーション)だと刹那の時間で起動ができる!


 ズドっ、と開いた蛇の口に突き刺さる。そのまま蛇の上顎を吹き飛ばして相殺される。


 ――――耐えろ!


 霊樹の棒を放りだし、両腕でしっかりと頭を抱えてガード体勢を取る。あとは防御力を信じるだけ!


「っぐううううううぅぅ――――」


体得(ラーニング)! 魔術「雷」中級 をラーニングしました>


 衝撃は数十秒続いた気がした。ニセモノの追撃がなかったところを見ると、たぶんほんの一瞬の激突だったんだろう。

 全身の骨を貫くような衝撃。いっそぶつかって吹っ飛ばしてくれればとも思ったが、壁にぶつかるのもダメージが大きそうだ。拘束されていることが逆に良かった。


「――――ぅうオアアッ!!」


 抜けた!

 魔術の余波か、拘束の呪いもどこかへ消え去っていた。ターバンはどこかへすっとび、服もボロボロ状態。見えると困るので<やみのかいな>の起動を切っておく。


 闘技場が静まり返っていた。


『なあああんんとおおおおおおお!!! あのすさまじい魔術を、耐えきったアアアアア!!!!」

『死なないように加減されているとはいえ、中級魔術を耐えるってすごいわよね……』


 どわっ、と歓声が爆発した。あまりの大音量に、ちょっとビクっとなる。

 

 うん、よし。もうやらない。

 これやっぱり怖いし痛い。


 だが、ニセモノの度胆を抜くことには成功した。あとはこいつをブッ飛ばしてニセモノだと認めさせるだけだ。ぼこぼこにしてやれば認めるだろうよ。


「<氷刃(アイシクルエッジ)>」

「ぬおっ!? <雷盾(ライトニングシールド)>!」


 俺が射出した氷の短剣を、ニセモノはかろうじて雷の盾で防いだ。さらに氷の短剣を連射する。


「ぬ、ぬぅ……! <拘束(バインド)>!!」


 ニセモノが拘束の呪いを壁のように展開する。そこに突き刺さる氷の短剣。呪いの(もや)にからめとられて止まっているが、呪いが消えればすぐさま獲物に食らいつくだろう。

 俺はさらに連続で氷の短剣を放って追加していく。とどめに<フリージングジャベリン>で、呪いもまとめて粉砕した。

 冷気の圧力に負けて、吹っ飛ぶニセモノ。青い顔をして立ち上がるティネドット。


「くそおおおお!!」

「さあ、ニセモノだって認めようか。困るんだよ、そのまま名乗られちゃ」

「認めん! 難癖をつけてティネドット商会にダメージを与えようという魂胆なのだろう!」


 身体がうまく動かないのか、立ち上がろうとして座り込んだニセモノが、呻くようにして叫ぶ。


「それに、たとえニセモノだったとしても、お前には証明できんだろう! 証拠もないくせになァ! 覚えてろよ! ハスマルが裏にいるからって大きく出やがって! ティネドット商会に楯突いてどうなるかわかってんだろうな!」


 確かに、ニセモノだと証明することは難しい。噂ぐらいは聞いているだろうが、この街の誰もがベルランテのマコトという本当の人物を知っているわけではない。だからこそこんな詐欺が可能になる。


「ベルランテで手柄をあげた魔術師。『ドマヌ廃坑』のスケルトン事件を解決した〝大魔術師(ソーサラー)”、それがお前だと?」

「そっ、そうだ! その通りだ!!」


 話の推移が気になるのか、空気を読んで司会も観客も誰も声を出さない。

 俺はニセモノの鉤鼻を見つめながら、ひとつ息を吸い込んだ。


「……お前、マコトって魔術師が誰に魔術師ギルド登録してもらったか知ってるのか?」

「は? それが、何かあるのか!?」


『私はベルランテ魔術師ギルド所属、フェイ・ティモットです。私が魔術師マコトのギルド登録と、基礎魔術講座を担当しました』

「――――へ?」


『鉤鼻のあなたじゃなく、目の前の彼が本物の〝大魔術師(ソーサラー)”マコトよ? 本人を前にして、よくそこまでアピールできるわね、ホント』


「お……? な……?!」


 きたああああああ! そう、その顔! その顔が見たかった!


 俺が本物だという証明は、フェイにしてもらうのが一番。魔術師ギルドの職員だし、これ以上の証明はない。ゲストとして領主の館に宿泊しているので、ティネドットが賄賂を持って裏工作する余裕もなかったはずだ。

 フェイも初めは闘技大会の参加者リストを見て、偽マコトのことを俺だと思っていたらしい。昨日冬竜ランニングレースで再開できたあと、説明して今日のこの流れに協力してもらっている。大勢の前でこういう計画に乗ることに拒否されるかと思ったが、存外素直に聞き入れてくれたのが不思議ではあったが。

 できる限り相手から言質を取ったあとで、ひっくり返す。主張したすべてが、マイナスに。

 ティネドットの顔色は、もはや青色を通り越して白色になっている。その後ろにハクエイやコクヨウを従えたルマルが立っていた。やけに素晴らしい黒い笑顔をしている。


 よし、気は済んだ。後は決着を付けるだけだな。


「<衝撃球(ショックボール)>!」


 俺の放った非殺傷の衝撃球がニセモノに炸裂。容易くその意識を刈り取った。ショックでふらふらしてたし、あっけなかったな。

 にやにやとした笑みが、思わず漏れる。

 俺の名前にどれほどネームバリューがあったかわからないが、そこを利用して行った商談とか、全部パァだろうな。ご愁傷様。


『決、着、です!! 大波乱がありましたが、勝者は一人! アキンド選手! いや、これはマコト選手とお呼びするほうがいいのか! ともあれ決着です!!!』

たぶん司会者のニイチャンはかなりの魔術師だと思う。

マコト君はようやく異国服着なくても大丈夫になりました。さて、どこまで勝ち上がれることやら。

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