第100話「対峙」
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
ゆっくり進行ですが、お付き合いいただければ嬉しいです。
三日目ともなれば、もう目覚めで迷うことはない。
俺は起き上がると窓の外から差し込んでくる朝日にちらりと視線をやった。
昨日の負傷はすでに回復している。黒焦げにはなったが、それほど後に残る怪我はない。ランニングレースの最後で、どうしてあそこまでフェイが不機嫌だったのかはさっぱりわからないが。
フェイとの付き合いは長い。魔術の基礎を叩き込んでもらったのはフェイであるし、地下遺跡など前線をともに駆け抜けた仲だ。ケイブドラゴンの革装備についても知っている。どのあたりまでの魔術なら、死なないまでもダメージを与えられるかは熟知しているだろう。
ありがたいのは冬竜ランニングレースの褒賞と謁見は最終日の後に行われると聞いた。どうやらフェイは領主の城にやっかいになっているらしい。そこで会えるとか言ってたな。
冬竜祭、三日目。闘技大会の本戦が行われる。
それは、ニセモノとぶつかることを示している。
仕込みはすでに終わっている。あとは仕上げるだけだ。俺はニセモノの結末を思うと、ニヤリと笑みを浮かべた。
「おはようございます、マコトさん」
「おはよう。ルマル」
クーちゃんと共に階下に降りると、すでに朝食が用意されていた。感謝しながら席に着く。
あたたかいものはあたたかく、冷たいものは冷たく用意されているところを見るに、ルマルの有能さはかなりズバ抜けていると言わざるをえない。いつ起きたとかどうやって知ってるんだろう。
間をおかず二階から眠そうなミトナがあくびをしながら降りてきた。じゃっかん熊耳も垂れ下がっている。俺にぴこぴこと手を振ると、ゆらゆらしながら席に着いた。
「おはようぅ」
「おはよう、大丈夫か?」
「ん。平気」
「おはようございます、ミトナさん。そろったので朝食にしましょうか」
ルマルが笑顔で温かいお茶をサーブしてくれる。一口飲むと、身体が中から温まる。ありがたい。
「いつも悪い。用意してもらって」
「いいえ。構いません。ギブアンドテイクですよ。宣伝してもらっていますしね」
もちろん闘技大会の本戦のことだ。アキンドはルマルの店の代表選手ということになっている。勝てば勝つほど知名度が上がるという仕組みだ。
「本戦の初戦は負けるつもりはないが、後は知らないぞ」
「うーん。優勝も狙えると思うんですけどねぇ?」
ルマルの軽口に、まさか、と手を振って否定する。多少やれるようになってきた気はするが、それでもそこまで増長する気にはなれない。
「ん。マコト君なら、きっと優勝できる!」
「ミトナまで言うのかよ……」
ミトナは純粋な目でこちらを見ていた。どこからその根拠が来るのかわからないが、俺が優勝できると信じている目だ。
そこまで信頼されるほどの強さがあっただろうか。
自分で自己分析してみると、ひとつのことに思い至る。
ミトナが思い描いている俺の強さは、全力を出した時の俺だ。
つまり、<マナ基点増設>や<やみのかいな>をも併用した完全武装状態の俺だ。ミトナは〝魔獣化”と呼んでいたか。
今回の闘技大会ではそこまで力を出すことはためらわれる。明らかに逸脱した力だからだ。『魔術』でカバーが利く範疇だと、どこまでやれたものだか。
そこで俺はちょっと前のめりになった。
とか言っているものの、ボッツの屋敷では全力でやっちまったんだよな。今のところなんもないけど、あれも今思うとまずかったんじゃないか。まあ、今更遅いが。
そういえば、あのあとボッツはどうなったんだろうか?
もぐもぐとおいしい朝食を食べていると、それなりに気持ちは落ち着いてくる。
「んで、ルマル、例の件なんだが、OKか?」
「大丈夫ですよ。任せておいてください」
よし。これで最後の仕込みも確認できた。これで後はニセモノをブッ飛ばすだけだな。
俺たち三人と一匹は、闘技大会本戦のトーナメント表を眺めていた。俺はすでにアキンド服に着替えている。
特設の掲示板にでかでかと張り出されたトーナメント表は、会場を盛り上げる一因になっていた。掲示板の前に詰めかけた人たちは、思い思いに自分の予想を話している。見ていると賭け屋のようなものも出ており、シームが詰まったであろう小袋がやり取りされるのが見える。
「予定通りだな」
「ええ。そうですね」
一回戦の対戦相手には、はっきりと『マコト』の名前が記されていた。マコトVSアキンド。そこまで詳しく知っているわけではないが、これまでのティネドットの性格を考えると裏で動いた可能性が高いだろう。
その不正があったかどうかを調べるように、ルマルには頼んである。もし証拠を掴めたならば、不正をバラさないかわりに非売品扱いで一番希少な品をティネドット商店に陳列するようにしてもらう予定だ。
ミトナとクーちゃんは観覧席で試合の様子を見ることにしてもらう。
控室、というほどの広さではない。トーナメント試合は他の会場でも行われているため、ここに居ない選手も多いだろう。準備自体は出来ている。異国の服の下にはケイブドラゴンの革防具。霊樹の棒も忘れていない。
俺の名前をコールする声が聞こえる。係官らしき人物が手振りで促した。
支援魔術を先にかけておきたがったが、それは反則だろうな。だから、魔法陣が出ない<まぼろしのたて><やみのかいな>だけを起動しておく。これなら異国の服で見えないですむはずだ。
俺は係官に頷くと、特設闘技場の方へと歩いていった。
『さぁっ! お待たせしました! 次の試合は、ティネドット商会代表マコト選手と、ルマル商会代表のアキンド選手です!』
特設闘技場の両端から、俺と偽マコトが歩いてくる。ローブをかぶっているが、堂々とした歩きぶりはさすが詐欺師といったところか。
他もそうだろうが、観客席でたくさん人が詰まっているところは一般席、ある程度空間に余裕があるのが貴賓席だろう。その貴賓席に、昨日の領主、竜人、おつきの侍女が後ろに控えている。さらには近くの席にアゴールを見つけて俺は苦い顔になった。そのアゴールの横に、ちょこんと座る薄桃髪のドレス姿。
ん……? アゴールの横にいるのは、自由市の時のお嬢様か? アゴールの関係者だったのか。
『両選手! 中央へ!』
偽マコトが動きだしたので、俺もきょろきょろするのをやめた。
俺も焦らず歩を進める。十五メートルほどの距離を開けて対峙する。ふつうの戦士であれば、一瞬で飛び込むことが難しい距離。
相手は相変わらずだった。特徴的な鉤鼻。長めのマントを羽織、前は閉じられているためその手に何が握られているかわからない。魔術師だからおそらく杖か何かの類だろう。ゆったりと落ち着いた立ち姿は、自分の実力に自信を持っているからか。
俺の実力を知ってて騙ろうとしているのか、ネームバリューだけの新人はくみしやすいと考えたか。
『マントが似合う、威厳ある立ち姿。ベルランテで〝大魔術師”の異名を持つマコト選手です! ティネドット商会所属ですね。今年は魔術師ですか、すごい人を招聘したものですね!』
わあああっと歓声があがる。
実況がいい感じに煽ってくれてるのが助かる。上がれば上がるほど、落ちたときの衝撃は大きいものになるだろうしな。
『対するはあのルマル商会の戦う店長、アキンド氏です! 予選では華麗な棍さばきを見せてくれましたが、魔術師相手にどこまでやれるのかぁあああ!』
うおおおっと会場がさらに盛り上がる。たぶん、ほとんどは雰囲気とノリだけで盛り上がっているのだろうが。実況の方を見ると、かなり興奮して闘技場に乗り出さんばかりになっている。
そしてその横にすました顔で座っているフェイ。
『魔術解説は魔術師ギルドよりフェイ・ティモットさんにお願いしております! それでは、一分後に試合開始です!!』
集中しろ。よく相手を見ろ。魔術の起動を見逃すな。
『それではッ! 試合――――開始ッ!』
100話ですがいつもどおりの進行です。焦って文字数削るより、しっかりと腰を据えて書いていくようにしたいと思います。また、別で100話記念の話を書ければと思っています!




