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第99.5話「冬竜ランニングレース(後編)」

 背筋を走る悪寒。

 俺に集まった視線に、力がこもる。地雷を踏んだかのような居心地の悪い沈黙が降りた。

 何かの拍子で足を外せば、すぐにも爆発する。そんな危うい均衡。

 誰かが動く気配を見せた。それだけで十分だ。


「うっ――――おおおおおおっ!?」


 先に詠唱しておいてよかった! 本当によかった!


 俺は先手を打って吹き飛ばされるように空中に飛び上っていた。ふりかえる間でもない、おれの背後ぎりぎりまで無数の手が迫ってきていたのが見えた。踏みつぶされないようにミトナがクーちゃんを確保したのが分かって、俺は全力の逃走を開始した。


 なんだ! なんなんだこの状況は!?

 くそっ! 魔術でズルをしようとした報いか!?


 にやにやとほくそ笑むパルストの顔が脳裏に浮かび上がる。イラっときたので、脳内のパルストに拳をめり込ましておいた。


 着地と同時に疾走する。走るというよりは、前に向かって地面ギリギリのショートジャンプを繰り返す方式の加速だ。かなりの速度を出せるようにこれまで修練を積んでいる。普通の速度では追いつけまい。

 ここから屋根の上を走る大ジャンプにつなげようとして、一瞬速度を緩め、力を溜める。


 ズドッ!


 俺の眼前に矢が突き立った。さぁーっと血の気が引いていくのがわかる。跳ぶために速度を緩めていなかったら、今頃矢ガモより面白い物体が出来上がったに違いない。


「ちっ!」


 ふりかえると、弓を構えた冒険者が、舌打ちをするところだった。


「お前ら、殺す気かよ!?」


 叫びながら跳ぶ。<身体能力上昇フィジカライズ>で強化された肉体は、軽々と屋根の上まで到達する。着地と同時に前へ。その頭上を多数の矢が通り過ぎるのを感じて、ぞっとする。


 ――こいつら、狩りに来てやがる。


「意外と動きが速いぞ! 足を狙え! 足!」

「くっそおおおお!!」


 屋根の上は誰も来れないが、弱点もあった。上方向のため、見境なく飛び道具を放ってくるのだ。

 矢や魔術ならまだいい、棒やガントレットで打ち払う。困るのは弾くのに苦労する投げナイフや投槍だ。投槍に至っては豪快に屋根を突き破ってたりするんだが、あれはいいのか!?

  

「ちっ! すばやい! おい! 誰か屋根の上、行け!」

「おう!」


 掛け声にすばやく応答する声。ちらりと背後を振り返ると、どうみても街の人。


「なんでそんなに連携良いんだよ!」

「鍛えてるからな! 大人しく掴まれい!」

「絶、対、いやだああああああ!!」


 どこからか梯子を持ってきたのか、屋根の上に人影が見えはじめた。屋根と屋根を跳び移るルートは、もう追跡されてしまう。俺は力を込めると、大通りをジャンプ一発で反対側に跳び移る。さすがにこの距離は跳び移れまい。案の定、追跡者たちは屋根の端ぎりぎりで足を止めたのが見えた。

 このまま屋根の上も危ない。するりと屋根から路地へと、降りるふりをして屋根のひさしの裏につかまる。<やみのかいな>の尻尾も駆使してヤモリのように張り付いている状態だ。

 

 ドカドカと眼下の路地を追跡者たちが走っていく。まさかこんなところに張り付いているとは思わないのだろう。ちょっとでも上を向かれたら光り輝く俺がよく見えるわけだが。ドキドキしたが、どうやら気付かなかったようだ。

 通り過ぎたのを確認して、俺は路地に降り立った。ふうぅ、と深いため息が漏れる。


 とりあえず、条件を確認しよう。

 そもそもこの<印>をつけられたのはいつだ。


「……あっ!」


 あれか!

 朝の矢。先端に何か仕掛けがしてあったに違いない。ぶつかった相手に<印>を付けるか何か。魔法陣でも彫ってあったんじゃないか。

 そうだとしたら、もともとは屋根か何かに刺さってゴール地点が決まるとか、そんな予定だったはずだ。


 ……空中散歩してる奴のことも考えてほしいな。無理か。


 今回の『冬竜ランニングレース』、ゴール地点は俺。俺を捕獲したらその時点で勝者だ。

 待て。これ、俺はどうなるんだ? スタートがゴール地点。優勝確定なんじゃないか?


「まあ、無理か」


 思わず声に出してしまう。そのルールが適用されるなら、領主の城の時点で終了してしまっていただろう。

 だが、今の参加者に捕まってしまうのもぞっとする。もうあいつらには俺が人間には見えていない。狩りの獲物か何かに見えているのだろう。今はまだ手持ちの装備しか使ってないが、そのうち投網とかも出てくるかもしれない。あの勢いでぶつかられては、無事で済むかわかったもんじゃない。


 対して、俺の勝利条件はなんだ?

 特別製の<印>って言ってたよな。


「……<解呪(マナフラッシュ)>」


 魔法陣が割れ、身体を洗い流すようにマナが流れる。以前にも<印>を解除したこの魔術。理論で言えばこれで大丈夫のはずなんだが。


「だめか……」


 いまだ俺の身体を包む光は健在だった。さっきよりは激しく輝かなくなった、ぐらいの変化しかない。

 特別製って言ってたしなあ。やはり通常の状態では解除は無理か。

 あとは、制限時間切れを狙うしかない。

 お祭りが終わって何日も屋根が光り続けていれば迷惑この上ないだろう。おそらく<印>の効果時間があるはずだ。それが終わるまで逃げ切れば、俺の勝ちか?


 ――よし。覚悟は決まった。逃げ切る。

 

「あれ、マコト?」

「うわああああああああああああっ!?」


 考えることに集中してしまっていたために、俺は近づいてきていた人物に気が付くことができなかった。

 相手が誰か確認する余裕もなく、一足飛びに離れる。振り向くと不機嫌な顔をしたフェイが立っていた。


「いきなり叫んで飛び退くなんて、どういう反応よ」

「……! あれ、フェイ!? なんでティゼッタに!?」

「いや、何でって。まあ、魔術師ギル――――」

「いや、悪い、今お前に構ってる暇はない!」


 叫んだのがまずかった。俺の<空間把握>には、回り込んで包囲しようとしている追跡者たちを捉えている。とりあえず今はフェイに構っている場合じゃない。

 再び跳び上がると、屋根の上に着地する。屋根の上からも迫ってきている姿が見える。長居はできない。


「くそっ!」


 包囲網の隙間を見つけると、俺は跳んだ。追いかけっこの再開だ。





「…………」


 フェイは路地裏に立ち尽くしていた。


 ティゼッタに来てから二日目、フェイはあまり祭りを楽しんでいなかった。

 決勝トーナメントで解説の仕事があるため、初日は闘技大会の予選を見る必要があったし、何より、街にいるであろうマコトと一緒に祭りを見て回れたらいいな、などと考えていたのだ。


 それが、これである。

 声をかけて驚かせたのは悪いと思う。

 だが、ここまでないがしろにされるとは思っていなかった。姿を見つけた瞬間、一言いってやろうと思っていたことすら忘れてしまった自分がバカではないか。


「ふふ……ふふふ……」


 ぎりっ、と拳を握りしめる。


「おい! お嬢ちゃん、さっきここに……うっ!?」


 急にどかどかと路地裏に駆け込んで来た男たちが、フェイの様子を見て言葉が詰まる。


「……さっきの男が、何ですって?」


 今やフェイの全身からは、暗黒のオーラもかくやという雰囲気が流れ出していた。


「い、いや……。知らねェならいいんだ!」


「――待ちなさい」

 

 さわらぬ神にたたりなしとばかりに、踵を返そうとする男たちの背中に、冷たさすら感じる言葉が突き刺さった。その言葉に込められた迫力に、びくっと身体を震わせて、思わず動きを止めてしまう。

 ぎぎぎ、と振り返った男たちには、爛々と輝く邪悪な瞳しか映っていなかった。


「何が起こっているのか詳しく聞かせてくれるかしら?」





「おい! どこだ!? 見つかったか!?」

「いや、こっちにはいねえ!」

「くそ、<印>の光もねえし、どうなってやがんだ」

「向こう見てみるぞ!」


 どかどかと通り過ぎていく足音を聞きながら、俺は安堵の息をついた。

 俺が隠れているのは、たまたま裏路地に放置されていた大きな樽の中だ。樽を逆さにかぶり、持ち上げて足だけ出して歩く。傍目からは謎の新生物にしか見えないだろう。

 樽はしっかりした作りになっており、内部にいる俺の光を外に漏らすことはない。中からは外が見えないが、ここでも<空間把握>が役に立っていた。見えずとも把握できるというのは、ものすごく強い。


 あれからどれくらい時間が経ったか定かではない。この逃げ続けるといった状況は、すごくストレスだ。知らないうちに力が入っていた肩から、意識的に力を抜く。

 いつになったら終わるんだろう。

 そもそも、逃げる必要なんてなかったんじゃないか。一番近くにいたミトナあたりにでも捕まってれば穏便に終わっていた気がする。

 今や、捕まったら殺される勢いだ。いや、捕まる前に死ぬ。樽の中でため息をついた。


「移動するか……」


 集中力が切れかけているのがわかる。

 同じ場所に居続けるのも危ない。そろそろ移動しようとして。


 樽を貫通し、目の前に剣先が生えた。

 ぷちっ、と何かが切れた。


「いい加減に、しろよおおおおおおおおおおっ!」


 範囲指定。魔法陣が盛大に割れ、俺を中心に<衝撃>がまき散らされる。どさっ、どさっ、と聞こえるのは、群がろうとして吹っ飛ばされた男たちが落ちた音だ。

 俺は樽を投げ捨てる。

 路地の両端はすでに埋められ、屋根の上にも人員が配置されている。

 かまうもんか。


「俺は何を迷ってたんだろうな」


 <いてつくかけら>+<「氷」初級>。魔法陣が割れると同時に生み出される氷の塊。うっ、とひるんだ顔で追跡者たちがたたらを踏む。


「逃げ切るだけが勝利条件じゃないよな? たとえば、お前ら全部ぶち倒しても、俺の勝ちだよなァ?」


 目の前の集団に、氷の塊を叩きつけた。硝子のように割れ、炸裂と同時に氷結の波動をまき散らす。勢いに吹き飛ばされ、何人かが身体の表面に霜を作るのが見えた。

 俺は一瞬で屋根の上まで到達すると、逃げようとした男の一人を<やみのかいな>の尻尾で捕まえて逃がさない。

 顔面を掴むと<しびとのて>を起動。マナ切れでぐったりした男を放る。

 屋根から見下ろすと、青くなった追跡者たちの姿が見える。


 そうだ。こちらから狩ればいいんだよ。

 にたぁりと笑い、俺は逆襲を開始した。



 ティゼッタの街に悲鳴が響く。

 屋根の上にあがってくる奴は、先回りして潰す。地面にいるやつには、基本は上からの奇襲。人数が多い時は、<麻痺>や<しびとのて>を使って音も無く倒す。無理はしない。一撃離脱。

 もはや追跡者の立場は逆転していた。


 あたりがうす暗くなるあたりで、俺は領主の城へと辿りついていた。一日中逃げ回っていたことになる。

 もう終わりにしよう。領主に直接、話をしてやろうじゃないか。


「<速火弾ラピッド・ファイアショット>!」

「くおっ!?」


 通常の倍以上の速さで火弾が突っ込んでくる。俺はのけぞるようにしてかろうじて回避した。叩き落とす余裕のない速さ。


「今の避けるのね」

「おい、何のまねだ、フェイ」


 俺の行く手を阻んでいたのは、あろうことかフェイだった。

 仁王立ちになり、領主の城の門の前に立ちふさがっている。どこで手に入れたのか、参加資格の布を二の腕に巻き付けていた。


「楽しそうなイベントごとだから、私も混ぜてもらおうと思ってるわ」

「いや、全然楽しそうな感じじゃないよね…。なんか怒ってます?」

「怒ってないわよ」


 フェイは全身から謎のオーラを立ち昇らせているように見える。

 笑顔だけど、目が笑ってない。あれ、完全に怒ってるよな。俺、なんか怒らせるようなことしたっけ?


「ええ、全然。怒ってないわ」


 いつ詠唱したのか気付けなかった。一瞬で構築された術式は、魔法陣となってフェイの眼前で割れ砕ける。さきほどの火弾などくらべものにならない速度で、炎の鳥が突撃してくる。竜斬剣すら溶かした火炎を、受ける気にはならない。

 冷や汗をかきながらギリギリで回避する。

 抗議をしようとした俺の口は、ぱくぱくと開くだけで、何も言えなかった。


「じゃあ、講義を始めましょうか」


 にっこりと笑いながら、いくつもの魔法陣を浮かべるフェイに、俺は絶望しか感じられなかった。



 優勝、フェイ・ティモット。

 結局、ギャグみたいに黒焦げになるまで火炎魔術を撃ち込まれ、動けなくなった俺がフェイに捕獲されることで終了したのだった。

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