第98話「仕込み」
「では、後ほど」
ルマルはいい笑顔でコクヨウと去っていった。ルマルはルマルで何やら用事があって忙しいらしい。
闘技大会の決勝トーナメントは冬竜祭の最終日にあたる。今日の動きはこんなものらしい。
ていうかアキンドの服をきたままだがどうしろって言うんだ。
ルマルにいきなり連れてこられたせいで置き去りにしてしまったミトナのことも気になる。戻るか。
自由市の会場に戻ってくると、ミトナはすでに店じまいを終えて、露店を片付け終わっていた。アキンドの服と覆面だったが、ミトナは俺が誰だか気づいたようだ。たぶん音とか匂いとかそんなのだろう。
「あ、おかえり」
「すまん。急にいなくなって」
「その服、もしかして……」
ミトナの視線が鋭くなるが、俺はそれを否定した。
「いや、それについては大丈夫だって。なんだか急に闘技大会の予選に連れていかれてさ。出ることになった」
ミトナは一瞬驚いた顔をしたが、やがて納得した顔になった。うんうんと頷く。
「ん。応援するね」
「おう。目標達成するまでは頑張るつもり」
「……目標?」
これについては命がかかっているわけでもない。特に説明する必要はないだろう。
「んで、露店の方はもうおしまいか?」
「ん。完売だよ!」
「んじゃ、ちょっと行きたいところがあるんだが、付き合ってくれるか?」
不思議そうな顔をしたミトナに、俺はニヤリと笑みを見せた。
自由市から離れ、商業エリアを歩く。目的の場所を見つけ、俺とミトナは足を止めた。
豪奢なつくりの商店が目の前にはそびえたっていた。ティネドット商会だ。入り口からしてごてごてとした装飾をつけている。店に入る客層もなんだかお金を持ってそうな、かつ趣味の悪そうな人が多い。
つまり、お金持ちに見せるためにお金を使う人たち、というか。元の世界でも自分をよく見せようとブランド品を買いあさる人ってのはけっこう存在していたが、世界が変わっても人の意識ってのは変わらないものなんだな。
「ひとまず入ってみるか」
俺は古代の剣を腰に差すと、ミトナを連れて入り口をくぐる。精緻な彫刻が彫られた大き目の扉を開くと、堂々と中に入っていく。
そう。これは偵察だ。
アキンドとして顔を隠しているのだから、やれることはやっておきたい。いろいろとな。
店内は赤いカーペットが敷かれ、美しい台の上にいくつもの商品が並んでいる。イメージとしてはジュエリーショップといった感じだろうか。
闘技大会がある今の時期に合わせているのか、武器や防具の類が多く陳列されている。奥の棚に並んでいるのは回復薬だろうか。切子ガラスのような芸術品のような薬瓶に色とりどりの液体が満たされている。
「へえ、意外といろいろそろってるのな」
「ん……。品自体はとても良い。けど……」
ミトナは言いよどんだ。その気持ちは俺にもわかる。
その武器や防具はおそらくかなりの名工が打ったものだろうし、回復薬についても高名な作り手が作っているものだろう。だが、それを買っているのが戦闘とは無縁なお金持ちであっては、なんだか残念な気持ちになるのだ。
命の危機を何度か味わっている俺にとって、武器や防具はまさに生命線。そりゃ、高く売れるだろうが。武器や防具は使ってみてなんぼじゃないか?
「おやぁ、何やらこの店に似合わない人がいるように思いますよぉ?」
かかった。俺は心のなかでこぶしを握った。
聞き覚えのある語尾が伸びる嫌味な声。商人ティネドットだ。
俺は堂々とした態度を保ちながらゆっくりと振り返る。そこには予想通りティネドットの姿があった。さすがに店内だからか、完全武装の護衛はいない。代わりに似合わない高級な服に身を包んだ大男が後ろに控えている。筋肉でパツパツになってて服がかわいそうだぞ。
俺はすばやく店内に視線を巡らせる。どうやら店の中に偽マコトの姿はないようだ。
「ルマル商店の雇われ店長ですねぇ。ワタシの店を嗅ぎまわりに来たのでしょう?」
高い鼻をつまみ、いやな臭いを嗅いだようなしぐさをするティネドット。後ろの大男たちがぐふぐふと隠そうともせず低く笑っている。
「ベルランテのマコトさんはどこに?」
ピクン、とティネドットが反応した。少し目線を鋭くして俺を見る。
「ああ、そういえばあなたも闘技大会の本戦に出るらしいですねぇ。ルマル……いえ、ハスマルに雇われた野蛮人といったところでしょうか。あの方から取り入ろうとするなんてねぇ。無駄なことを」
フン、と鼻息荒く言い捨てるティネドット。そして勝ち誇ったムカつく笑みで見下してくる。
「今年の闘技大会はいただきですねぇ。ククク」
心底嬉しそうに笑うティネドット。でも、これでだいたいわかった。
もしかしたら詐欺師の魔術師にこのムカつく商人が騙されているのかと思ったが、そうじゃないな。偽マコトはティネドットが用意したニセモノだ。売名目的か他に何か目的があるかわからないが、隠れ蓑として俺を選んだのは運が悪かったということだろう。
俺は一息吸い込むと口を開いた。ちょっと声を作って低めに喋る。
「実は、前々からベルランテのマコトさんのことをとても気にしていまして。すごい方だなと思っていたのです」
「――――ぶふっ!」
ミトナさん。後ろで笑うのはやめてほしい。ほら、なんかティネドットが不思議な顔してるじゃないか。
「ぜひ一度手合わせをしてみたいなと思いまして」
「ほぉ。自信がおありなんですねぇ?」
「ええ。こう見えて自信があります。よかったら賭けますか?」
俺は人差し指を一本立てて提案する。ティネドットが俺を値踏みするように視線を上から下に滑らせた。その視線が腰に差した古代の剣で一瞬止まったのを俺は見逃さない。
ティネドットがそれなりの商人だったらこれが古代の剣ということに気付くだろう。その金銭的価値にも。しかも今俺は自分から賭けを提示している。
「もし対戦して私が勝ったら、この店の中からなんでも持って行っていい、とか」
「ふむぅ」
ティネドットは考えこむふりをしている。ふりだ。やつの気持ちはもう固まっている。
「そうですねぇ。まあ、同じ商人のよしみです。あなたの腰のものでもいただくとしましょうか」
何食わぬ顔をして対価を提示してきた。顔は全く変えないあたり、やはり見事な詐欺師と言えるだろう。俺は古代の剣の価値に気付いていないふりをして話を進める。
「おお、ツヴォルフガーデンで手に入れた切れない剣でいいなんて。ティネドットさんはお優しいですね」「いやあ、では成立ですねぇ」
「まあ、本戦はトーナメント形式ですからね。当たらないことも考えられますね」
「いえいえぇ、抽選は何があるかわかりませんからねぇ。当たるかもしれませんよぉ」
ははは、とお互い笑いあう。
餌は撒いた。これでおそらく何らかの手を使って、ティネドットは俺と偽マコトがトーナメントで当たるように裏で手を回すだろう。
「楽しみにしていますよ。マコト氏にもよろしくお伝えください」
俺はそう言うとミトナを連れてティネドット商店を後にした。
覆面に隠れていてよかった。たぶん、今、悪い顔をしている。いやあ、楽しみになってきたなあ。ほんとに。




