第97話「闘技大会予選」
闘技大会は冬竜祭の初日に予選、最終日に決勝トーナメントが行われる。
冬竜祭の名物であり、とりあえず記念で参加しておくか、といった人も多く出る。いちいち予選でトーナメントを行う手間をかけられないのだ。
「だからってこれはないだろおおおお!?」
俺は振り下ろされた棍棒を回避する。よく見ると棍棒じゃないわパンの生地を伸ばす棒だわこれ。霊樹の棒を手元で小さく回し、襲い掛かってきたパン屋のオヤジの向こう脛を打つ。連続で肩を打ち、行動不能にした。すぐに係員が目を回したパン屋のオヤジを引きずって退場していく。
司会の開始の合図は唐突だった。殺すのはナシ、倒れた出場者を回収するスタッフを攻撃すると即失格という簡素極まりないルール説明の後、いきなり予選が始まったのだ。
初めに動いたのは誰なのか。一人目が殴り倒された瞬間に怒号とも歓声ともつかぬ声が会場を内部から破裂させんばかりに広がった。
あとはこの通り。壮絶なバトルロイヤルが始まったというわけだ。
殺してはいけない、というルールが剣を使う冒険者から剣を抜かせるのをためらわせていた。これだけ人が入り乱れている中で剣を振り回せば、誰か死人が出てもおかしくはない。手元で使える短剣や剣を鞘に納めたまま使っている冒険者が多い。
『やはり強いのはハルート商会代表の冒険者マスチモス選手! 両手剣を鞘に納めたまま振り回しております!』
『おおっと、こちらは無所属の冒険者……ロックィー選手! すばらしいフットワーク……でしたが今やられたぁ!』
なるほど、商会の代表選手として闘技大会で戦うわけだ。こうやって紹介されるほど耳に残るってことだよな。よく見るとさっきの太っちょ貴族いなくなってる。やはり子飼いの代表選手が出てるのだろう。
考えながら突っ込んできた一人を処理する。鞘に入ったままの上段から振り下ろされる片手剣を、棒でいなし、踏み込むと同時に逆打ち。
思ったより動ける自分に楽しくなってきた。マカゲの鍛錬に感謝だな。
それにしても、どうやら棒術はこのあたりでは見慣れない武術らしい。回転しながら棒の両端が自由自在に打ちこまれるのに、ついていけないようだ。
顎を撃ち抜かれ、脳震盪を起こすとふらふらと倒れるのを見送る間もなく、次に襲い掛かってきた冒険者も倒す。
『すごい! 異国からの参戦か!? 手元の資料によりますと……。あのルマル商店店長だそうです! アキンド選手!!』
〝あの”って言われてるぞ。どんな風に有名なんだルマル商店。
気が付くと結構減ってきてる。今何人倒したんだっけ?
「<衝撃球>!!」
魔術の詠唱に反応できたのは運がよかった。身体ごと振り向くとローブ姿の男魔術師の杖先で魔法陣が割れるところだった。飛んでくる青い衝撃球をぎりぎりで回避、一直線に距離を詰める。
『マツカー選手に突撃ぃぃぃ!? おおっとアキンド選手! 無謀な突撃かああ!?』
やかましい。
闘技場の壁際に陣取って魔術を放ちまくって生き残っていたようだ。それなりに距離はあるが、この距離ならもう一発もらう前に届くはずだ。慌てて詠唱している魔術師だったが、ニヤリとその口元がゆがんだ。
詠唱が思ったより速い。<衝撃球>を起動するつもりじゃないのか。
「<火弾>ォォ!!」
魔法陣が割れる。俺を迎撃するように一直線に火の塊が来る。勝ち誇った顔の魔術師。俺は落ち着いて霊樹の棒で火の塊を叩き落とした。小爆発が起きて、霊樹の棒が弾かれる。その勢いを回転に変え、俺は外側から攻撃を叩き込んだ。
魔術師の男は数メートル横に吹っ飛ぶと、動かなくなる。腕の骨くらいは折れたかもしれないな。
『これで四人! 異国の武術も使える、すごい店長だああ! さすがルマル商店、おそろしい!』
俺はふう、と息を吐いた。
さきほどから急激に人数が減っているように見えたのは、やられた人が退場しているだけではない。四人倒した予選通過者が抜けているからでもあった。
俺は係員の指示に従って闘技場から離れ、待機場所へと向かう。その途中観客にまじっているルマルを見つけ、俺はため息をついた。どこにいったのかと思えば、クーちゃんはコクヨウの禿頭の上にちょこんと乗っていた。ひっかかれると傷が残らないか、そこは。
闘技大会予選は最終局面になっていた。残った数人は、だれもが手練れ。弱い参加者から淘汰されるうちに、強い人が残ってしまったのだ。
俺はその中で見覚えのある冒険者を見つけた。ボッツの屋敷で見かけた二刀流使いだ。オーソドックスな剣士タイプの冒険者の剣を捌いている。やはりかなりの使い手だ。ほどなく決まるだろう。
剣士の方が仕掛けた。このままでは負けると感じたのか、奥の手を出すことにしたようだ。強撃で押し返して距離を取ると、懐に隠していたクリスタルを突き出した。クリスタルの表面に刻まれた魔法陣が反応して浮き上がる。
「魔道具か!」
魔法陣が割れ、火の矢が飛ぶ。威力は低いが、隙を作るには十分だろう。普通の相手なら、それでよかった。
二刀流使いの口元がふっとゆるんだ。
短剣をクロスさせるように重ねると、剣に刻まれた魔法陣が光る。そのまま剣で魔術を受けた。あっさりと散る火の矢。驚きで隙ができたのは剣士のほうだった。二刀流の冒険者の柄で一撃を受け、倒れる。
やっぱりなあ。予想できた結果だ。
あれ、やっぱり魔術を抵抗してるよな。起動している瞬間ならラーニングできるかもしれないな。
『これにて予選終了おおおお! 決勝進出者が決まりましたああああ! では、次は決勝トーナメントで会いましょおおおおお!!』
やたらと熱い司会の声を聴き流しながら、俺はルマルの下へと歩いて行く。
ルマルはいつもどおりにこにこと笑っている。いつのまにかコクヨウはいなくなっていて、クーちゃんが俺に向かって走ってきていた。手を差し伸べるとそこから一気に駆け上がって肩にしがみつく。
「さすがです。決勝トーナメント出場ですね」
「あのもみくちゃの中でやられなかったのは本当に運がよかっただけだと思うけどな」
俺は肩をすくめるとそう言った。ここで怒る気にもならない自分に苦笑が出る。
「さすが、僕が見込んだお方だけあります」
「とはいえ、ひどいぞ。ホント……」
「なんだか闘技大会に乗り気ではないようでしたので、だまし討ちみちたいなやり方なのはすみませんでした」
「にしても、それならそれでアキンドじゃなくてもいいだろ」
ぶつくさ文句いいながら会場を後にする俺とルマル。ミトナはどうなったんだろうか。
闘技会場の入り口には、大き目の看板が立っていた。どうやら決勝トーナメント出場者を掲示しているらしい。
「いやあ、最初はそのまま本名で登録させていただこうとしたんですけどね」
ルマルは看板を指さした。決勝出場者の中に、よく知った名前があった。
マコト。どうみても俺の名前だ。
「ベルランテのマコト氏はすでに登録されてますよ、と言われましてね」
俺は顔を手で覆った。
ボッツのことがあって今の今まで忘れていた。こいつは、俺の、ニセモノだ。
「同名として登録もできたのですが、それでは面白くないでしょう?」
にやぁりと笑ったルマルは、さも面白いといった表情をしていた。
「ティネドット商会代表マコトだそうですよ。どうします?」
「ルマル……ありがたい。チャンスをくれて」
このまま乗り込んでぶちのめすのもいいが、それだけでは気が収まらない。
決勝トーナメントでぶつかって、すべてを暴露させた上で叩きのめす。これだ!
ルマルの黒い笑みと、どす黒いオーラが出てそうな俺の笑い声とがハミングした。
ヒヒヒ。首ィ洗って待ってろよおおお!




