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第96話「策略」

「大変なんです! すぐに僕についてきてください」


 ルマルは真剣な表情で俺に言った。急いでここまできたのだろう。ルマルの息はあがっていた。

 コクヨウとハクエイは何かを警戒するように辺りを見回している。その様子を見て、俺は何か不測の事態が起きたことを悟った。足元ではクーちゃんがわけがわかっていない様子で首をかしげている。


「ようやく見つけました! ミトナさんから位置を聞いておけばよかったのですが」


 少し出ているお腹に手を当てて息を整えるルマル。手を当てる場所間違ってないか、と思う。


「ルマル様、お急ぎを」


 コクヨウが身をかがめるとルマルに耳打ちをした。ルマルも小さく頷いて返す。もう息は落ち着いたようだ。


「今すぐ付いてきてください。ここに居てはいけません」

「ちょ、そんなこと言っても。ミトナはどうするんだよ!」

「ハクエイ!」


 声をかけられたハクエイが頷いて合図する。俺と立ち位置を変わるように動いた。ハクエイが居るから大丈夫、ということらしい。


「とにかく、行きますよ!」

「おわっ!」


 ルマルは俺の手首をつかむと、いきなり駆け出した。引っ張られるようになったのは一瞬。大した速度は出てないのですぐに体勢を立て直した。座って店番をしているミトナはこの事態についていけていない。すぐに一緒に走り出したのはクーちゃんくらいなものだ。踏まれないかハラハラするが、戦闘中も見事な逃げ足を発揮するクーちゃん。危なげなく足元をついてくる。

 急いでいるルマルは俺に説明する余裕はないようだった。コクヨウの方を見るが禿頭が光るばかりでその無表情は説明する気がないようだ。

 しょうがない、今はおとなしくついていくしかない。アゴール相手に引くことがなかったルマルが言うくらいだ、何か大変なことが起きたのは本当なのだろう。


 しかし、どこの路地も人が多い。特にこのあたりには冒険者や武芸者らしき人が多い。熱気がなんだかムンムンとしている気がしてならない。

 ルマルは大広場の近くの小さな家に入る。初めから鍵はかけてなかったようだ。後を追って入る。中は何やら倉庫として使われているらしく、いろいろな道具が詰まった木箱やら服やらが置かれている。ハスマル商会の倉庫として利用されているのだろう。


「すぐにこれに着替えてください」

「これ……」


 ルマルが手渡してきたのは、見覚えのある異国服だった。俺が商人アキンドとして変装用に着ていた服とそっくりだ。ターバンと覆面も用意されている。

 と、いうことはだ。変装の必要があるということか?

 俺はルマルの顔を見た。ルマルは真剣な表情でひとつ頷く。俺はすぐに着替え始める。とはいえ、もともと大き目の異国服をいつもの革防具の上から着込んでいただけなのですぐだ。ターバンを頭に巻き、覆面をつけると〝商人アキンド”の完成だ。


「よし、これでいいな」

「ええ。大丈夫です。では、こちらへ」


 それまで表を警戒するようにしていたコクヨウが扉を開けてくれる。

 ルマルと表に出ると、人込みをかき分けながら移動を始める。俺は見失わないように後を追いかける。

 ルマルはどんどん進んでいく。大広場の入り口に立っている兵士に手を挙げて挨拶すると、どんどん中に入っていく。どこに行く気なんだ?

 ルマルは俺が横に並ぶと、ようやく落ち着いたような顔で話し始めた。


「危ないところでした。完全に僕の誤算でした」

「何があったんだ? まさか、暗殺ギルドがまだ……!?」

「あ、それは大丈夫です。例の暗殺ギルドが襲ってくることは絶対にないでしょう」


 きっぱりと言い切るルマルに俺はわけがわからなくなる。それが目的でないとすると、一体何が?

 さっきから、人の叫び声というよりは歓声が響いた。あたりの人が熱狂的な様子で腕を突き出したりしながら叫んでいる。


『それでは! これより闘技大会予選会を始めたいと思いまああああす!』


 司会者の歓声を圧する声が大広場を貫いた。どうも<衝撃>を利用した拡声魔術らしい。しゃべる前に魔法陣が割れるのが見えた。

 いや、それよりも問題は司会者の言っていた『闘技大会』ということだ。

 振り返るとルマルの笑顔が見えた。黒い笑顔。


「いやあ、よかったです。予選会に間に合いましたね。開始時間を間違えていて間に合わないかと思いました」

「え、どういうこと?」

「いやだなあ。お手伝いしていただけるっていう話でしたよね」


 たしかにその話はした。だが、それとこの闘技大会とがどうつながるかわからない。そんな俺に、ルマルはにこにことしたまま続ける。


「ルマルの店の店長として、闘技大会で宣伝してほしいんです」

「はあああ!?」

「参加されないと聞いて、〝これだ!”と思いましたよ」

「ない! ないから!」

「負けてもかまいません。闘技大会に出るだけで宣伝効果があるわけですからね。ただ、いきなりやられるのだけは避けてください」


 ルマルがぽんと俺の肩をたたく。状況についていけてない俺は、コクヨウが渡してきた霊樹の棒を受け取った。いつから持ってたんだろう。さっきの着替えをした倉庫だろうか。霊樹の棒はこんな時でも俺の手に馴染む。


『それではあああ! 選手の皆さんは、広場中央特設闘技場までお越しください!!』


「お礼に手伝っていただけるんでしょう?」


 俺は陸に上がった魚のように口をパクパクとさせる。お礼の件を言われてしまうと、もう何も言えなくなってしまう。


「すぐに負けても文句言うなよ?」


 俺は霊樹の棒を握り直す。調子を確かめるように身体の左右で円を描くように振り回して止める。前の服と何か違いがあるのか、この服のままでもそれなりに動ける。

 しょうがない。やれるだけやってみるか。

 俺の雰囲気が変わったのを感じたのか、ルマルが一歩下がると胸元に手を当ててお辞儀をした。


「ご武運を」


 俺はルマルに見送られ、闘技場(リング)へ向かって歩き出した。


 大広場は闘技場と化していた。この期間中の特設闘技場なのだ。

 外周は客席となっており、多くの観客がひしめいている。一部の者は、大広場に隣接する家屋の屋根に上って観覧している者もいるようだ。

 広場の中央は緑色の艶やかな板で囲まれていた。中はしっかりと地面が整備さられており、雑草や小石の類もない。なんの素材なんだ、これ。なんだか甲殻っぽいぞ。

 司会者は長髪の青年だった。裾の長い服を身に纏い、かなり短い杖をマイク代わりに叫んでいる。


 そして、出場者だ。

 俺は出場者たちを見て少し胸をなでおろした。闘技大会というからには、ものすごい冒険者や武芸者といった存在が鈴なりだと思っていたのだ。

 そんな雰囲気を感じさせる者もちらほらといるが、お手製の木製鎧に木剣のニイちゃんから、そのへんの酒場の親父に、どうみても戦ったことがないだろう太っちょ貴族まで、バラエティに富んでいる。あまり気負わないで出られる大会なのだろう。

 出場者たちは俺を見ると、怪訝な顔をした。それもそうだ。覆面で顔もよくわからない、異国風の男など気になってしょうがないだろう。

 俺は覆面のしたで苦笑した。

 しかし、結構な人数がいるように思える。これを一対一でトーナメントしていくとしたらかなりの時間がかかる。夜までに終わらないじゃないのか?


『それでは、予選会を始めまあああああす!』


 司会者の宣言が響き渡る。


『予選の内容は! 例年通り四名戦闘不能にした人から、決勝トーナメント出場になりまあああす!』

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