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第93.5話「望みをかなえるモノ」

 深夜である。

 冬竜祭を翌日に控えてはいるため、祝う声やぶつかり合う喧騒も今は静かなものだ。ひとつ通りを奥に入ると、街を徘徊するのは野良犬や野良猫、寒さのあまり寝床を探している浮浪者くらいなものだ。

 その、寝静まったティゼッタ市内を、音もなく走る影があった。進行方向にいた浮浪者を後ろから追い抜き、振り返る前に人影の一人が浮浪者の首にナイフを突き立てる。光を反射しないように炭で真っ黒な刀身が、一瞬で浮浪者の命を刈り取る。一言もうめき声を漏らさせないように、それでいて的確に殺す。それはまさに、暗殺の技であった。

 浮浪者の死体を路地裏に押し込め、暗殺者の三人は闇の中を進む。今夜中に済ませなければならない。

 ほどなくして、三人は目的地にたどり着いた。

 一人が扉に耳を押し当て、内部の状況を探る。大人数で待ち伏せなどをしていれば、どうしてもその武装で音が出る。そういった待ち伏せがないことを探ると、ハンドサインで残りの二人に合図を送った。

 一人が扉を開け、その後出入り口を警戒。二人が内部に侵入、できるだけ迅速に殺す。そういう予定だ。抜かりはない。

 扉に耳を押し当てていた男を頷いた。二人が黒く塗られたナイフを抜き放ち、頷き返した。

 殺しを生業にしているがゆえ、殺気というものも発生しない。ただ、淡々と行動するのみ。


 扉が開かれた。滑るような歩法で、音もなく室内に忍び込む。室内はいかにもお金がかかっていそうな調度品が多くしつらえていた。テーブルひとつ、水差しひとつで一般家庭が優に一月は暮らせる。身体ごと沈みこむような、水鳥の羽で作られた高級寝具に横たわるターゲットに一直線に向かっていく。


 そこまでだった。

 身体が、動かない。


 暗殺者達は、異常な事態に陥ったことを認識した。倒れることも許されず、時間を止めたがごとく固定された身体。かろうじて動くのは眼球と思考のみ。


 何が。何が起きた。室内に、ターゲット以外の人の気配はなかったはずだ。


 音を立てて扉が閉まった。入り口には警戒役の一人がいたはずだが、一言も発することができなかった。 

「お! おああ!? 何だこいつらは!?」


 ターゲットになっていたボッツが物音に目を覚ました。もとよりうなされ、眠り自体が浅かったらしい。彫像の如く動きが止まった男たちを見て、驚愕の声を上げる。


「ま、まさか!? あいつの復讐なのか!?」


 ボッツの脳裏にひらめいたのは、昼間襲ってきた冒険者マコト。まるでバケモノの如き力で、護衛の冒険者たちをなぎ払うあの姿。奴が復讐のために暗殺者を雇ったということ。


「やめろ! 死にたくない! 死にたくないィイイィ!」


 暗殺者達が動きを止めていることがわからないボッツは、腫れた顔に涙と鼻水を垂らしながら懇願した。

 死にたくない。助かりたい。何とかして欲しい。


「――大丈夫ですよ」


 聞かなければいけない。そう思わせる声が、ボッツの後ろから届いた。

 ボッツが振り向くと、そこには緑色のマントが。


「ええ。大丈夫です。あなたは死にません。あなたの『望み』が強いかぎりね」


 暗殺者は気付いた。足元に薄くもやのようなものが広がっている。これは、状態異常の魔術、<呪い>だ。

 暗殺者はすぐに<解呪>を起動させる。<呪い>はこの業界ではよく使われれる手段だ。もちろん対処のための術も持っている。自分がやられたときのため、詠唱無しでも起動くらいはできるのだ。

 魔法陣が割れ、マナの流れがどっともやを洗い流す。<解呪>の魔術は、自分に付着した呪いの魔術を洗い流すことで、効果を消す魔術だ。呪いの発生源を体内に打ち込まれたり、飲み込んだりしていれば使えないが、触れているだけの今なら効果はあるはずだ。


 だが――――動けない。<呪い>から、逃れられない。


 呪いのもやが、それ自体に意思があるような動きで持ち上がった。動けない暗殺者達の身体を這い上がり、口や耳から体内に押し入る。

 自由に動く目だけが、助けを求めるようにボッツに向かって狂的に注がれる。

 ボッツが頭を抱えて、それでも目が離せなくなっているうちに、体内から、暗殺者達の目からもやがあふれ出してくる。


 この世の光景ではない。


「たす、助け……!」


 ボッツは口の中で繰り返した。マコトは怒りくるってはいたが、殺す気はなかった。そのことにいまさらながら気付いた。護衛の冒険者達も、死んだ奴らはいない。

 だが、こいつは。この緑のマントの青年は違う。これは、死の権化だ。

 ボッツは歯の根が合わず、カチカチという音が室内に響く。


 いまや呪いのもやは、足があって高いはずのベッドの淵まで迫っていた。

 骨が折れる音。肉がひしゃげる音。無理矢理肺の中から空気が押し出される音が聞こえる。


「死にたくない。死にたくない。もういやだ。もういやだ」


 どこから間違えた。どうすればよかった。もう何もしたくない。もういやだ。もう、これ以上――――。


「それが、あなたの『望み』ですね?」


 ボッツの後ろで、毒の如き甘い声が、聞こえた。



「――よかったら、手助けをしようか?」

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