表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/296

第93話「つかのまの休息」

「とりあえず場所を変えましょうか」


 ルマルの提案に俺たちは店に戻ることにした。

 店ではハクエイさんが待っており、戻ってきた俺たち――というかルマル――の顔を見ると安心したような顔になった。

 俺はなんだかほっとした。少しの間しかお世話になっていないのに、ここに戻ってくるとほっとするのはなんでだろうか。狭いから『洗う蛙亭』に似ていると感じているのかもしれない。


「ハクエイ、変わったことは?」

「何も」

「うん、よし。コクヨウは父上に連絡をお願いします」


 コクヨウが無言で頷き、店の外へ出る。その禿頭を見送ると、ルマルは俺とミトナをリビングへと誘う。

 ちらりと見たがハクエイはそのまま店舗のほうに残るようだった。

 促されるまま席に着くと、ルマルは向かい側の席に着く。クーちゃんが床に飛び降りると、俺の足元で丸くなった。

 ルマルが口を開く前に、俺は先にお礼を言うことにした。


「ルマル、ありがとう。何とか片が付いた」

「父のお願いをきくのは僕にも利益があることなので」


 ルマルがニヤリと笑う。黒い笑顔だな。


「いえ、ちょっと驚きましたけどね。まさかマコトさんがあそこまでするとは思いませんでしたから」

「いや、まあ……、ちょっとカッとなってな」

「ただ、アゴール氏に話を通せたのはよかったですね」


 アゴール。あの筋骨隆々とした眼光鋭い姿を思い出す。同じ兄弟というのが信じられない。だが、あの軍人みたいな人物に恐喝まがいにふっかけてしまったことはまずかったのではないのだろうか。


「よかったのか……?」

「ええ、この街の住人でないマコトさんはご存知ないかもしれませんが、アゴール氏であれば確実に依頼を撤回していただけるでしょう。アゴール氏はかなりそのあたりしっかりされる方です」


 まあ、うまくいったと考えていいんだろう。安心しきるのは早いが、ルマルが言質を取った以上、撤回されていなければ向こうの落ち度になるだろうし。そういう恥は嫌がりそうな感じだったしな。


「いや、本当にありがとう。コクヨウさんとハクエイさん、だっけ? 二人にもお礼を言っておいてほしい」

「伝えておきます」


 ルマルが頷いた。

 俺はなんだか気が抜けてしまった。椅子に深くもたれるように座る。そんな俺の様子を見て取ったのか、ルマルが笑顔になった。


「それで、これからどうなさるおつもりです?」

「いちおうカタがついたらミトナと祭りを見て回る予定だけど」

「マコト君。あの剣を売るのを手伝って欲しいかな」

「あ、そうか。それがあったな」


 ツヴォルフガーデンで手に入れた剣を売りさばくことがあったな。確か今日ミトナが露店のための登録はすませたという話だった。


「ええ、冬竜祭も明日から始まることですし、是非楽しんでいってください」

「お祭りかあ」


 お祭りというと、やはり神社のお祭りの風景を思い浮かぶ。のぼりや出店、人の波、踊ったり有志によるイベントや演目があったり。祭囃子や太鼓の音。夜の闇を押し広げるライトや提灯の灯りはなんだか心を刺激するものだった。

 まさかそんなお祭りではないだろうが、それでもお祭りという響きは心をくずぐるものがある。

 これまでバタバタしてきたのだ、ちょっと異国のお祭りを楽しむのもいいかもしれない。

 ちら、とミトナのほうを見ると、何かを期待する表情をしている。無表情を装っているが、耳がピーンってなってるぞ。わかりやすいな。俺は苦笑した。


「まあ、せっかく来たんだしお祭りを楽しもうな」

「ん!」

「となると、宿を探さないとならないなあ」


 俺はちょっと弱った。観光シーズンの宿というものはすぐに予約が埋まってしまうもの。しかもお値段が高くなるというコンボが待っている。祭りが始まる当日に空いている宿がない可能性が多分にある。

 寒いこの季節、この気温で野宿をしようものならば、下手をすると凍死してしまう可能性すらあるな。

 考え込む俺に、ルマルが片手を挙げた。


「よろしければ、この店舗の客室を引き続きご利用くださってもかまいませんよ?」

「……いいのか?」

「ええ、代わりに少しお手伝いいただければ」


 にこにことルマルと笑顔でいう。昨日も使わせてもらったが、部屋はすばらしい。その申し出はとてもありがたい。昨日のお店での接客みたいに手伝うくらいなら、十分俺にも可能だ。


「じゃあ、ありがたくお世話にならせてもらう。俺に手伝えることだったらなんでも言ってほしい」

「ええ、人手が欲しいですから。とても助かります。ずっと手伝っていただいては冬竜祭を楽しめないでしょうから、お手伝いしてほしいときにはハクエイかコクヨウを通じて連絡させてもらいますね」


 父に報告がありますから、とルマルは席を立つ。店内のものは代金を後で請求するかわりに自由に使っていいことを告げると、テーブルの上に鍵を置く。ハクエイと共に店の外へ出ていった。


 ミトナと二人になると、俺は思いっきり腕を伸ばした。ルマルは悪い奴ではないが、話していると交渉しているような気になってちょっと緊張する場面がある。

 俺はようやく袖や裾がボロボロになった異国服を脱ぎさった。同じような異国服が店内にもあったが、また変装の必要があるならそこから買わせてもらうことにしよう。


「マコト君。冬竜祭、楽しみだね」

「なんかいろいろイベントがあるんだっけ?」

「闘技大会とか、露店市とか、だよね」

「闘技大会ってすごいな。ミトナは出ないのか?」

「マコト君こそ」

「うーん。出場してもいいかもな」


 からかい半分でミトナに言う。

 だが、闘技大会というのは意外といいかもしれないと考えている。俺のラーニングのためだ。ラーニングの性質上、俺に向かって魔術を放ってもらう必要がある。闘技大会であるならば、命の危険はさほどないだろう。その上で魔術をラーニングさせてくれるというんだから、これを逃す手はないと思う。

 それに、今の俺がどれくらいやれるのか、ちょっと試してみたくもある。今日のボッツ邸の戦いでは、いい感じに戦えていたと思う。どれくらいの戦闘能力があるのかこの際計っておくのも重要だろう。冒険者としてやっていく上でも、魔物と戦う上でも、ある程度のものさしになってくれるだろう。

 戦う、とか、魔術とか自然に考えられるようになった自分に苦笑する。

 なんだか、こっちの考えかたに染まってきたなあ、と思わないでもない。


 そこで、俺を見つめているミトナに気付いた。眠そうな表情はいつものとおりなのだが、ちょっと雰囲気が違うようにも感じる。


「ど、どうした?」

「マコト君って、――――羊の半獣人なの?」


「…………?」


 俺は答えに詰まった。一瞬何を聞かれているかわからなかったからだ。わけがわからない。

 ミトナは俺の疑問顔には頓着していないようだった。自分の両こめかみあたりを指差す。


「角」


 わかった。

 一瞬ざざっと血の気が引く。

 ルマルが何も言わなかったから今まで気がつかなかったが、ボッツ邸での戦いの様子をミトナやルマルは見ていたのだ。もちろん俺は全開で戦っており、マナ基点を増設する角が丸見えだったことだろう。もしかしたら尻尾すら見えていたかもしれない。

 もちろん人間には角も尻尾も生えているはずがない。

 一瞬ごまかそうか、と思った。

 だが、それもなんだか違う気がした。ミトナはそれほど俺の中で大きなウェイトを占めている。


「なんだろうな。俺にもよくわからないんだが、魔術でパワーアップした時に生えてくるんだよ。何で角が生えるのかは俺にもわからない」

「<獣化>みたいなもの?」

「たぶんな。自分を強化するものだからな」

「じゃあ、魔術の<獣化>だし、<魔獣化>?」

「……すんごいバケモノになった気がするぞ、それ」


 苦い顔をして言う俺に、ミトナはちょっとだけ笑った。


「何だよ」

「何でもないよ。一緒だったらよかったなあってちょっと思ったけど。違っててよかったなって」

「…………」


 俺は何かを言おうとして口を開いた。

 結局何も言葉にならず、口を閉じることになったが。

 がしがしと頭を掻くと、俺は勢いよく立ち上がった。ミトナがちょっと驚いた顔で俺を見つめる。


「飯でも食べにいくか!」

「――――ん!」


 ミトナは何も聞こうとしなかった。

 ミトナはうれしそうに頷くと、俺を追いかけて店の外に出る。


 俺はミトナと一緒に暮れかけたティゼッタの街に繰り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ