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出会い  作者: 風速健二
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第九話

 「やった!」

 薫が小さく叫んだ。いや叫んだというよりも呟いたというべきだろう。

「遂に、神山さんの口から結婚の二文字を出させましたよ」

 爛々と輝いた瞳で俺を見つめて薫はテーブル越しに迫って来る。俺はここに来て、薫の策略にハマッたと思った。

「今まで言ったことは嘘なのか?」

 俺の少し中腹で言った言葉に薫は笑いながら

「嘘じゃないです。本当ですよ、でも正直女優になるより神山さんの奥さんになりたいんです。もっとはっきり言うと、神山さんに抱かれたいです」

 こう言う表現をする所はやはり世代が違うと感じた。別に年貢の納め時などとは思ってもいないが、それを選択するのは薫の可能性を否定してしまわないかと考えた。

「そんなに俺に抱かれたいなら今夜でも構わんよ。だけど、お前自分の可能性を考えたことはないのか?」

 俺の言葉に気色ばみながら俺の隣に席を移して

「神山さん、本当にわたしに女優の才能があると思ってるんですか」

 そう言って俺の膝を抓った。本来膝を抓られるのはもっと色っぽいはずだ。

「才能があるかどうかは俺には判らんよ。俺は野沢せいこうじゃ無い」

「そう平気で我関せず、って顔をするのが憎いんです」

 今度は俺の腕を掴んで自分の胸に持って行く

「わたしの心は何時も神山さんのことばかりです。見せてあげたいです」

 何ともストレートな表現だと思う。今時の中学生でも、もっと色っぽい言葉を選択するだろう。

「お前の気持ちは良く判ってると思う。だがな、その二つを分けて、別々に考えられないのか?」

 俺は正直、俺との事と、野沢せいこうに、女優にならないかと誘われたことが両立して考えられないかと思っていた。

「どうだ、期間限定で自分を試してみれば」

 俺の提案が自分の想像を越えていたのか薫はポカンとした顔をしている。

「期間限定って何ですか?」

 鳩が豆鉄砲食らったというより、水槽に居る金魚がガラスを叩かれて、違う世界があると知ったような感じだった。

「ああ、お前はまず、俺の紹介で就職口が決まった。仕事も自分に合っていると思っている。そこで今「役者座」に行くことになったら、バイトの時は良いが本採用になったら、就職を選択は出来ない。俺の顔に泥を塗る……そう思ってるじゃないのか?」

 恐らく本心ではそうなのだろうと薄っすらと感じていた。

「そうです……それもあります。わたしが本当に役者として開花すれば兎も角、目が出ない方が確立高いじゃないですか。それに、無碍に断ると、文化会館と野沢先生との関係にも響く気がして……今でも野沢先生は良く使ってくれるんです。だから、その公演の時は切符の売上も凄いんです。それも関係してくると思うと……」

 大体は想像した通りだった。

「なあ、会社のことは俺の裁量でかなりどうにでもなる。卒業までは臨時扱いで卒業と同時に本採用となる手はずだったが、それを変えても良いしな。本採用を一年凍結してもよい」

「神山さん、そんなこと出来るんですか?」

 驚きの表情で俺を見ている

「人事部長は俺の友達だ。それぐらいの無理は効く」

 いきなり薫が抱きついて来た。人目があるだろう……全く……


 俺も薫も程よく酔っていた。俺は薫を送ってくつもりでタクシーを捕まえようとしていたら

「今夜は神山さんの部屋に行きたいです。結ばれるなら神山さんの寝てるベッドがいいです」

 そうか、もう完全に決めたのか、なら俺にも迷いは無い。今夜そうなることは今日逢うことが決まった時に思っていた。だから珍しく昨日掃除もしたのだ……迷いは無かった。

 街を歩きながら腕を絡めて来る。傍から見れば恋人同士に見えるのだろうか、あるいは怪しい関係に見られるだろうか、くだらないことを考えていた。

 俺の部屋は下町と呼ばれる場所にある。薫の柴又よりは都心に近いし電車一本で通える。数年前に親父が住んでいた田舎の家を売った。その金で今のマンションを買ったのだ。お袋はその数年前に癌で亡くなっている。親父は事故が元で今年亡くなった。ツインスパークを運転していて、横から追突されたのだ。事故で受けた傷は大腿骨骨折だったが、それが元で余病を併発して、結局腎不全で亡くなった。長い闘病生活だった。

 生きているうちに親父が住んでいた田舎の家は処分して、退院したら一緒に住もうとマンションを買ったのだ。だが親父がこの部屋に来る事は無かった。

 ツインスパークは奇跡的にドアを交換しただけで済んだ。この頃の欧州車は結構頑丈だ。国産車とは思想が違う。

 地下鉄に乗りながら薫にそんな事を話した。思えばろくにこいつに自分の事を話して無かったと思った。

 ガラガラの地下鉄で、思い出したように薫に語ると、俺の肩に頭をもたげて来て

「神山さん、ひとりなんだね。でも今日からはわたしが一緒だからね」

 そんな事を言っている。

 地下鉄を降りて、マンションまでの道で、薫は俺の脇腹に腕を回して来た。俺は腕を薫の腰に回す。お前は俺のものだという意思表示だった。今までこんな事をしたことはない。その意志が判ったのだろう。薫はもう何も言わなくなった。


 「ここだ。ここの五階だ」

 マンションの前で薫に言うと目を輝かせて

「良いマンションですね! 流石にわたしのアパートとは違いますね」

 玄関を入り、エントランスを抜けて、エレベータで五階に登る。そこの十一号室が俺の部屋だった。

 鍵を解いてドアを空け、薫を招き入れる

「お邪魔します。わあ、綺麗になってるんですね」

 玄関で靴を脱いで、いそいそと上がって奥のリビングに歩いて行く、その後ろを俺は

黙って付いて行く。

 リビングのソファーに座らせて、タンスからタオルとバスタオル。それに俺のだが使っていないパジャマを出して渡した。

「いま、アイスコーヒーを入れるから飲んだら風呂に入ってたら良い。最もパジャマは必要にならないと思うがな」

 俺の言葉をどのように受け取ったかは判らないが、出したアイスコーヒーを飲むと、パジャマはソファーの上に置き、バスタオルとタオルだけ胸に抱えてバスルームに消えて行った。

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