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出会い  作者: 風速健二
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第五話

 立花薫が文化会館で働き出して二週間が経った。特別俺のところに連絡が無いから上手くやっているのだろう。便りの無いのは元気な証。そう言う諺があったような気がした。

 正直、さっぱりしたという気もあるが、あの声を聴かないというのも少し寂しい気がする。そんなことを思っていたら、メールが入った。差し出し人は勿論、立花薫である。

『今夜暇なら飲みに行きませんか?』

 まったく、年頃の娘がいい大人に出すメールじゃない。

『ああ、構わないぞ。この前の店でいいか? 良ければ時間を……』

 そう返すとすぐに返信が来た

『六時でどうですか? お店の前で!』

『判った!』

 たったそれだけのやり取りで今夜飲むことが決まった。


 夏の長い日がやっと傾いて来た頃に立花薫は白いTシャッの上に薄緑のサマーカーデガンを羽織り、七分の丈の青いパンツを履いて、白いおしゃれな帽子を被って現れた。

「おまたせしました。待った?」

 六時をやや越えた時刻だ。そうは待っていない

「いや、待ってない」

「よかった~」

 そう言って笑った顔が受付の女の子ぽかった。

 店の中に入り、とりあえず生ビールで乾杯する。

「お疲れ様! カンパ~イ」

 ジョッキを口にあて、喉を鳴らしながら飲む様はとても女子大生とは思えない。

「どうだ仕事は、ちゃんとやってるか?」

 決まりきったことを取り敢えず訊いてみると

「うん、うん、ちゃんとやってるよ。雑用ばかりだからね」

 ほんの少しだけ真顔になり俺の目を見つめた。

「どんなことをやってるんだい」

 俺は軽く訊いたつもりだったが、彼女は真剣で、今日、飲もうと言った理由が、そのことを俺に訊いて欲しかったのかと思った。

「あのね。ほら、市内のあちこちに、その月の会館で行われる催し物のプログラムを刷った印刷物があるのだけど、それを置いて貰える会社やお店等に郵送するの。印刷物を封筒に入れ、お願いの文言を書いた紙を同封して郵便局に持って行くの」

「どれぐらいだ?」

「ひとつの封筒で場所によって違うけど大体五十~七十部かな。それが大体七十」

 それだけを言うと薫は「おかわりしていい?」と俺に訊いた。どうやら割り勘ということは無いみたいだ。


 二杯目も美味そうに口を付ける。

「パソコンで宛名をシールに印刷して、毎月同じ文章を日付だけ変えて印刷して封筒に入れるのよ。でもそれだけじゃ無いの。大事な事も最近やらされるようになったんだ」

「なんだそれは?」

 俺の問をクイズか何かのように楽しむつもりなのだろうか

「果たして何でしょう?」

 そう俺に訊いて来たのだ。

「もしかしてクレーム処理か?」

 そう俺が尋ねると薫は薄笑いを浮かべて

「惜しいなぁ~正解はお客様の疑問を訊いて返事をする係」

「どう違うんだ?」

 大体クレーム処理もお客様の疑問を訊くも同じだろうと思う。そんな俺の思惑をよそに

「全然違うと思う。大体クレーム処理は最初から文句を付ける人ばかりだけど、私のは、『疑問』なの! その疑問を色々な部署を回って回答を調べて答えるのが仕事なの」

 考えてみれば入ったばかりのこいつにクレーム処理なんぞさせる訳が無かったのだと思い直した。

「お客様の疑問ってどんなのがあるんだ?」

 俺の質問に薫は三杯目の生ビールに口をつけながら答えた。

 こいつ、本当は結構強いのか?

「客席は何人入るのかとか、切符は何処で買うのかとか、変わったところでは、聾唖の人の為のお芝居があったのだけど、そこで音楽が流れたそうなんだけど、聾唖の人はそれが聞こえないから使われた音楽のタイトルを教えて欲しい、って言うのがあったな」

 それは変わった質問だと俺も思った。耳が不自由な人向けの芝居なら本来は音楽は必要無いはずだ。何故演出者は音楽なんか流したのだろうか? 俺も疑問に思って来た。

「で、そのタイトルを教えたのか?」

「うん。その時の音響さんに訊いたの」

「演出者には?」

 俺がそこまで尋ねたので察しの良い薫は

「あれ、神山さんも興味あるんだ。面白いね」

 そう言いながら三杯目を飲み干した。


 立花薫は四杯目に口をつけると、嬉しそうに

「今日は、飲みたかったの。嬉しいなぁ~相手が神山さんだから安心して飲めるし。実はね、今度その演出家さんに訪ねに行くの」

 わざわざ行くほどの事とは思わなかった。電話やメールだって良いと思った。その事を言うと薫は

「事がことだから、変に伝わると困るのできちんと会って話したいって」

 そうか、それはそうだと思う。

「何処まで行くんだ。都内なのか?」

 俺は気軽に尋ねたのだが薫は笑いながら

「熱海、熱海に住んでるだ。その演出家さん」

 そう言って笑っている……ここまで来て、俺も判って来た。

「まさか、俺のアルファで熱海に連れて行けと言うんじゃ無いだろうな?」

「あたり! お願い! 今度の土曜約束を取り付けてるんだ。この前ドライブ連れて行ってくれるって……」

 確かに俺はこの前そう言った。「連れて行ってやる」とも言ったのだ。

「仕方ないな。連れて行くよ。ところでその演出家って誰なんだ?」

 俺の質問に薫は大物演出家の名前を口にした。

「野沢せいこう、よ」

 野沢せいこう、国民的に人気のある「役者座」の創設者で幾つものロングランの興行記録を持っている超大物演出家だ。

 俺が声に出ない程驚いているのを見た薫は

「ね、会ってみたいでしょ」

 そう言ってウインクをした。


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