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『「メタグロシィ」を撃ったのは一体何だったんだ?』
僕は王塚や刑事さんと別れた後の港で、カード型の電子ペーパーを耳に押し当て、香流の声に耳を傾けていた。
受話口の向こう側の局室の中は喜びの声に溢れていた。八雲弥生の嬉しそうな声が一番大きい、と僕は思った。
「王塚さんが誰と何を話したかは分からないけれど、それはいつもの事だろう?彼らと弥生さんの導き出す結果をどうにかして予見した警察は、メタグロシィの足だけを狙い撃って、海へ落とし、VBIEDの爆発を防いだ……それでいいじゃないか」
考えに落ちる香流の返答を待つための時間がそこでできた。静寂。橙色に色を変え始めた水の塊の向こうに、霞む蜃気楼。否、街の影。今にも消えてしまいそうだ、僕は目を細めてそれを保とうとする。
『それにしても、悪夢のような事件だったな』香流の唐突な言葉が耳に入る。
「そうだね……でも、それが目に見えるカタチでの攻撃だった、という点では優しさなのかもしれないね?」
『優しさ?』
「そう、本当に怖いものは……目に見えない内に、気付いた時には全て奪われ、敵の物となっている。そんな状態の事じゃないかな」
『……それを本当に必要としている敵が、本当にいると思うか?』
「今はそうでなくても、過去はそうだったかもしれない。僕達がほんの小さいシカクの中に押し込めて来た戦いは、もう取り返しがつかない所にまで来てしまった。そう考える事もできるかもしれないね」
『あの時、この場所以外のすべては一瞬にして奪われた。それまでの過程の事を、お前は言っているのか?』
「そう、そして僕達が担うものから、その向こうへと続く道程……」
『全て過ぎ去った。「何が」続いていると考えているんだ?』
「それを知る者の心の中さ。敵はかつてあった何かを繰り返そうとしている、僕にはそう思えてならないんだよ、香流」
『過去を紐解く事もこれからの俺達の任務の一つになると、どうやらお前はそう考えているようだな』
「それは彼らの仕事でもある」海からの風。頬を当たり通り抜けていく。僕がないもののように。
「そういえば、彼らは?そろそろ戻る頃じゃあ……」
『そういえば――』
沈黙。
また風が吹く。
不穏な風。
海と空との境界線など、もう無いような色合いになっている。
全てが変化していく。
全てが変わっていく。
全てが突然に起こる物だという事を。
分かっていたのは僕だけでは無かっただろうに。
何れ警察がくる、と久慈という名の刑事は言っていた。
僕は死体がまだ残ったままの船の方を振り返り――
気付く。
彼らがネットワークにつながる物を所持していたとすれば、
BUGはいつでも出てこれるじゃないか。
そう考えた。
BUGが人間を殺した――
頭を銃で撃ち抜かれていた、と久慈は言っていた。
BUGが銃で人間を打ち殺した――
そのBUGが、人間の形をしていて、人間の心を持っていて、
ラクティス事業所のPCを起動させたとすれば。
とんでもない仮説などではない。
ここに実証例があるのだから。
だとすれば――
耳鳴り。
潮の匂いは、届かない。
僕はカードを乱暴にポケットの中に入れ、走り出した。




