4-12
もう二時間くらいはシートに押し付けられ続けているだろうか。
朱里は目を何度も瞑り、外の変化しそうにない山の稜線を何度も目でなぞっては、また瞑る。
覆い被さる車体の黒い脚が移動して、また窓の外の視界が塞がれたとき、黒に朱里の顔が映った。酷い顔だと思った。黒崎さんや悠月さんに、こんな大変な事があったよって……せっかくのいい話題にしなきゃ、と震える体を押さえつける。
その時に、別の顔が映った。
朱里は目を疑った。
別の顔。
誰の顔?
薄い眉。切り揃えられた前髪。細く、鋭い目。
……母さん?
しかし、病室で今も眠っている彼女よりは……大分若い。朱里はそう思った。
『どうして悠月のことを思うの』
窓に映った幻は口を開いた。いじめる子供のように、せせら笑う幻が。
『馬鹿みたいだって』
「思わない」どうしてだ?弟のことを思うのは「当然のことよ」
朱里は幻影の中に飲み込まれている。幻影の中で会話する。
『真実を伝えたはずよ』
突きつけられている。真実。
「そうだとしても」
『つながってはいないとしても?』
「あの子と一緒に育ってきた」
『違うものだとしても?』
「違うものではないわ、最早」
『真実をねじ曲げることはできない』
「どうせ、曖昧なものよ」貴女が、そう、あの人を閉じ込めてしまったように。「全てのことはね、人の頭の中にある限りは」
『ではこれも』
「ないモノだわ」
『ないモノをないモノだと決めた、それこそがないモノだと思えない理由はなあに?』目の前の母親の顔をした女性、もはや少女は、ひたすらに嘲るように笑う。
『全部、等しく、夢よ……』朱里は目を瞑った。
何も聞こえなくなった。
否、聞こえなくなっていたモノが聞こえだした。
電車の揺れる音。
金属の擦れる音。
目を開いた。
溜息。
「何がいけないことなの」
朱里は初めて、現実での独り言が自分の骨を伝わってくるのをきいた。