1-2 aoi少女
白い校舎の階段の上を、笹川葵は背中を曲げて歩いていた。
踊り場の窓から差し込む朝の光がその目を射る。
思わず彼女は、幽霊みたいな白い手で目を隠そうとする。
一度瞑って開いた瞳は、表情を少し深くに潜めた様でもある冷たさと、鋭さを留めている。
ショート・カットの垂れ下がる前髪が、すぐにその瞳を隠してしまう。
彼女はいつも朝のHRに間に合うか間に合わないかの時刻に、かつ、教卓のある反対側の扉から教室に入ってくる。廊下側の端の後ろから二列目の席の椅子の横で立ち止まる。クラスメイトの喧騒の中で、ただ一人静かに鞄を机の脇に置き、座り、両手の指を絡ませながら膝の上に置く。それは落ち着くための儀式だ。それから決して他人に向けられない視線は、机の下の薄い色をした手、眩い光を反射する右側の窓の銀色、まだ人の影の無い教卓、そして黒板からその上に掛けられた時計の順に移動する。彼女は時計が示す時刻をみると、一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐに鞄の方に手を伸ばし、荷物を引き出そうとした。
その時、扉は開いた。担任教師だけではなく、男の子が一人――黒い髪から尖った目を見え隠れさせる男の子が、教室の中に入ってきた。――葵の見知った顔では無い。教室の騒めきはすっと止まる。いつもと比べて、不自然なフェードアウト。委員長の浪川が号令を掛ける。いつもと同じように起立、礼、着席。静寂の元に一連の動作が行われる。ただ、静寂の中には何か、いつものとは少し違う何かが混じっていた。
先生が隣にいる男の子――転校生の佐伯悠月を紹介し、彼もまた自身の自己紹介を始める。葵は勿論耳を傾けてなどいない。後ろかそこらで聴こえる囁きとかの方がよっぽど耳に入ってくる様だった。
HRが終わると共に、教室はまたいつもの様に騒がしくなったので、葵は反射的に俯いた。だが、彼女には分かっていた。騒めきは、唐突に姿を現した転校生についての事で満たされているのだろう……
「くだらねえ」
彼女は悪意を込めた呟きを、騒めきの中に溶け込ませた。