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キルトリ KILL-TORI  作者: モノクロック
Ep.01 カソウへ落ちる
4/63

1-1 


「悠月」

「いった」

 

 目が覚めた時、丁度次に着く駅のアナウンスが耳に入ってきた。 一定の周期に揺れる身体に、一瞬誰かに揺すられているのかと悠月は思う。顔を上げた時の窓の外の眩しい光がさっきよりも眩しい。


「三度寝ってあんた、ゆるい休日じゃないんだからさ」

「……いや、昨日の引っ越しの疲れがさ」

「ツボは押してやったぞ」


 おそらく朱里がシャーペンのキャップ部分で突いたであろうこめかみを擦りつつ、少年――佐伯悠月は足元の小さい鞄を手に取る。朱里は既に立ち上がり、つり革にだらんと片手首をぶら下がっていたが、悠月はどうも微睡みが抜けず、足に力を入れる気にもならなかった。電車の速度は段々と落ちていく。このまま止まらなければいいのにと、少しだけ思う。


「あのさぁ……今日から新しい学校て時くらい、辛気臭い顔やめにしぃて……あれ?」


 注意しながらも、ぶら下げていない方の手でごそごそとポケットをさぐる朱里。


「切符なくしたパターン?」

「あるよ……と、」


 レールが軋り声を上げると共に電車は重石へと変わり、朱里がバランスを崩す。沈黙。一瞬の沈黙が、悠月には遥かに長く感じられる。それから、誰かが空気を吐くような音がして、開くドア。その向こう側に電車を待つ人の形はない。乾いたアナウンスだけが耳に届く。

 朱里から「行くよ」と急かされる前に、悠樹は立ち上がる事にした。

 ホームに浮かぶ人影は、悠月と朱里だけだった。 顔を出したばかりの朝日に照らされた並木が揺れる。そう遠くないが離れた距離にある山の麓には、淡い暖色を帯びた家や建物がはっきりとその形を浮かび上がらせている。その向こうには大きく緩やかな山々が横たわるようにして在る。

悠月は涼しい風の流れに身を浸し、その流れに溜息を混じらせた。直後に、肌を生暖かく這う物。彼の背後の車両のドアはすぐに閉じられ、また重たい腰をあげるかの様に走り出す。


「ちょ、悠月ぃ」


彼の振りむいた先で、赤と灰色で構成された重たげな車両がぎこちなく走り出す様が見えた。

その手前で朱里は、鞄の中をごそごそと探っている。


「まだ探してんの」


 悠樹は彼女に訊いたが、返事は無かった。


「おい、姉ちゃん」


スピードを増した列車がぱっと途切れ、線路を二つ挟んだ先に駅舎が現れた。朱里はホームの真ん中にあるベンチまでふらふらと歩いていった。色褪せた水色のベンチには、既に小学生くらいの小さな男の子が座っていたが、悠月はその事に今初めて気が付いた。

 悠月はその男の子の横顔に、まるで引き寄せられるかのように歩きだした。男の子はベンチの奥で悠月の見覚えのある電子機器を弄っていたが、朱里はその反対側、ベンチの手前に腰を下ろし、膝の上で鞄を弄り始めた。悠月はベンチの真ん中に座らざるを得なかった。


「さっき何か書いてた?」

「あっ」


 呟くような彼の一言に、朱里は気が付いた様にメモ帳を取り出し、ぱらぱらとめくっていた。その時にはもう彼の視線は既に、遠き稜線をなぞっていて。それから後方に片手をつき、ポケットから半分覗かせるのは『時代遅れの』スマート・フォン。まだ朝早い。少なくとももう一眠りするだけの時間はある――と、彼は時刻表示を見て思う。視線は自分の腹の辺りを捉える。見慣れない学生服に身を包む自分の身体に、お前誰だ?なんて、さっきの夢に出た奴みたいな事考えてるな、とふと気付く。振り払う様に視線を隣に逃がす。前髪を垂らした男の子の方に。

 男の子は、まるで朱里と悠樹の事を気にしておらず、両手の中に納まらないくらいのゲーム画面に集中していた。画面の中では、金髪のファンタジー染みた服を着た青年が、背丈ほどの大剣を振りかざし、巨大な生物に挑んでいた。背中に複数浮かぶカードが実に懐かしい。悠月はそのゲームの事をよく知っていた。先程そのゲームの夢を見てしまったほどだ。

 少し前は悠月も、その[Another]という名のゲームに夢中だった。


 ――確かきっかけは、姉がやっていたのを見て……


「あーやっぱ挟んでたー、っめん」

「ご」


 姉の方を振り向く事無く、悠月は声をあげながら立ち上がる。彼は腰を押さえて、少し背を伸ばす。すると、欠伸が出てくる。微睡みがまだ抜けてないのだな、と思った。欠伸をした瞬間に、隣の男の子が一瞬だけ悠月を横目で捉えた。


 







 

 駅舎を出る頃には、もう大分時間も回っていた。しかしまだ余裕はあると考えた悠月は、駅舎の外壁にもたれ、中の自販機で買った缶コーヒーを口に含んでいた。濃厚だが優しい衝撃が、そのまま口に広がっていく感。それが、悠月の微睡みをすぐに消す。消えるのだ、と悠月は念じて目を見開いてみる。

 遅れてきた朱里はその隣にもたれ、天を仰ぐ。駅の入り口は無論一つしかなく、その入り口側の風景も反対側よりは町並みが広がってはいるが、やはり長閑だ。ようやく通勤や通学する人々が行き来するのが見られてきたというくらい。建物の向こうにはぼんやりとした青だけが視認できる。あの方角には海沿いの街があるはずだが、この場所が丘陵地になっているため、見えてないのだろう。

 

 立ち並ぶ木々と、白い柱。

 僅かな風に揺られるのは、地面の所々を飾り付ける花々だけだ。

 静かに横たわる空気に、だが現実はそう穏やかなもんじゃないな、と悠月は思う。


「今時DZってなんか……懐かしいよね」

 

 悠月は姉の言葉に、男の子が握っていたゲーム機を頭に浮かべる。


「『画面が固かった時代のハード』で満足してる子どもがいるなんて、信じられないよな」

「懐かしいよなあDZって、あー荷物の中に入れてたかな」

「……いいよ別にあんなオモチャ、もうやらねえし」

「小さい頃はよく対戦とかやってたじゃん、あのゲームでさ」

「覚えてねえけど、姉ちゃん下手だったな」

「しっかり覚えてんなあ」


 朱里は鼻で笑ってみせた。


「てかアンタがプロってたんじゃないの?それって……」

 

 その次に何か続きそうな雰囲気であったが、朱里はそこで言葉を切らせた。コーヒーを飲んでしまってから返答しようとしたが、何も出てこなかったので、悠月はそのまま暫く沈黙を泳がせていた。



「てか時間」

「ああ……そろそろ行くか。保護者扱いも大変だね」

「学校でめんどいの終わったら、そっちは母さんのお見舞いへ?」

「うーん、そうね……」

「っか」

「そ」


 沈黙を再び泳がせたあとに、悠月は両足に力を入れる。駅舎の入り口から、彼の物と同じ制服を着た男子が出てくるのも、同じタイミングだった。


「……友達とか、さっさと作っちゃいなよ」

「余計なお世話だよ」


 そう答えはしたが実際の所、今は悠月に取ってその言葉が一番耳に痛いものだったのだ。朱里もそれを分かってはいたのだろう。と彼は一瞬思った。

 

「最初って途方に暮れちゃうもんかも知れないけどさあ、まあ……そっからどうするかなんて事は実際限られてるもんよ」


 悠月は空になったコーヒー缶を何度か振り、朱里の言葉を頭の中で反芻してみた。


「え、何の話?」

「肩の力抜けって話」

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