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香流の元に八雲経由で悠月とマシロの戦闘ログが送られてきたのは、午後六時半を回るか回らないかの事だった。葵と組ませるにはやはり、役割が被り過ぎている――彼女と組ませるとすれば、サソリBUG:YAMATOのような戦力分散型……数秒だけ考えた所で、香流はテスト問題の作成に移行した。数学資料ライブラリ用タブレットを引き寄せた所で、扉の前に立つ“彼”に気付いた。
「『こっち』に来たのは、やはり俺に用があったのか」
目を細くしてマシロに言う。――準備室の扉は、内側から施錠されているはずだった。
「驚かせちゃいけないからって、ちゃんと扉から入ってきたよ」
「扉『の方から』な」
「演出が要る?」
「八雲にでもやっといてやれ、喜ぶぞ」
「最も、『彼の』にかなう物は用意できそうにないけれど」
「何の話だ」変な方に入った力が、香流を少し椅子から浮き上がらせた。
「また動きがあったのか?全く、この短期間で……」
「これまでも緩やかに揺らいでいただけで、事態の進行に関してはそう大差は無かったのかも知れない。そうだとしても今回のは最悪の揺らぎだ」
「お前が伝えに来るという事は、特にな……王塚は今動けない状態にあるという事」
「そういう事」
マシロは全く動かない。腕を組んで扉にもたれたままで、香流は綺麗に立てかけられた人形と話している気分になる。一呼吸置いた所で、人形は口を開く。
「“中央都市・京”……斎田製作所の給水ポンプと電源システムが、BUGによって破壊された」
「新たな個体か……」
「だろうね」
「しかし、それぞれ別のシステムであるはずだ、それもオフライン……USB、それとも電子ペーパーか?」
「いや……」初めて動くマシロ。口元を隠す。彼の抱える深刻さが、一度に香流に押し寄せてくる。声では決して伝わる事の無かった、“事態の深刻さ”が。
「まさか」また立ち上がりそうになる香流。
「カナレは最悪の状態を想定しているね……それが正しいよ」
香流もまた口元を押さえ――
「肉を持ったというのか」
それが正確な表現で無い事はよくわかっていたが、彼の理性はそれを口走ってしまう程に、崩壊していた。




