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「これで何十体目ですか?」
弥生が笑いをこらえながら、呟いた。
地下から聞こえる死者の呼び声――その根源であるスクウェア局室内で、しかし多くの人間は作業に集中せず、大きく映し出されたモニターをそれとなしに眺めていた。香流晃一は、書類とノートパソコンへの意識が8割、モニターへの意識が2割という感じだった。彼のデスクは真ん中後方の方にあり、モニターが最も見えやすい位置にある。モニターと反対側を向いた弥生のデスクがすぐ後ろにあったので、彼は振り向かずに言葉を返した。
「分からんが……てっきりへこむ物かと思っていたのにな」
「最近の子は熱血スポ根物のようには動かないんじゃなかったんです?」
「いや……しかしあれではどうも――」
何か考えているようで、考えていない――香流はそう思ったのだ。
「どうであろうと、逃げずに向き合っている事は立派な傾向じゃないです?」
それっぽい言葉で安心させようとしているのだろうな、と香流はまた思う。
「あの画面の向こうと現実との距離を感じている内は、そうしていられるかもしれんな」
「香流さんはあれを見てどういった感想を得るんですか?」
短髪のガタイの良い局員の男が、香流の後方からコーヒーを差し出してきた。
「弥生君の言う思考と動作の融合とやらに気付いたまでは良いが、それを意識し過ぎて逆に滅茶苦茶に突っ込んでる……というか」
「まあ、否めませんね」と、弥生。
「好きにやらせるのも良いが――そろそろ相手役が要るかもしれんな」
「香流さんも、あの可視化された状況に理解があるんですね……」
「いや、まあそこは認めるしかないだろう」
「まんまゲームの画面って感じなもんですから」
「わざわざ文字情報から脳内変換しなくていいから楽じゃないか?」
「香流さん、その映像を監視しているプログラムがあるみたいなんですけど」弥生が気持ち早口で言う。
反射的に香流は椅子を引き、何も言わずに弥生の肩越しにモニターを覗きこんだ。
ガタイの良い男は椅子をひらりと躱し、こちらにすまんといった調子で手を向ける香流にいえ、と小声で返した。
「――あ、ごめんなさい……心配不要でした」
「……」モニターの表示を見て安堵しつつも、こわばった表情は変えずにいる香流。
「まあ『アレ』で間違いないとは思うが、一応発信地を調べてみてくれ」
「りょーうかい」気怠そうな素振りを一瞬にも見せず、弥生はマウスを握った。
「え、何です?」
「八島、いや……」香流は怪訝そうな表情のままでいるガタイの良い男に何か言おうとしたが、音量を1段階上げ、室内に響き渡るくらいの声で叫び掛けた。
「局員全員に通達――今モニターに映っている状況可視化プログラムはこれから強制終了されBUG追走体制が発令される事と思うが、今回に限り気にする事は無い。問題が起これば追って指示するので、各自の作業に戻るように」
「はーい」「了解」
まばらな返答。
言葉を吐き終えた時には、香流は既にファイルをまとめ始めていた。
「悠月君にも何か――?」弥生は指示を仰ぐ。
「いや、何も言わなくていい」
「職員会議へ?」
「そろそろ顔を出さなければな」
椅子を元の位置に直し、誰にとでも無く片手をあげた。
ああ、そういえばもうすぐ中間考査か――
自分が教師である事をも意識した瞬間、すぐにその事をも思い出した。




