3-1 ある高等学校における購買戦争論
購買戦争――勿論の事、これは明確に定義付けられた名称では無い。日本の各地にある学校という学校で幾度と無く反復されてきた戦の系譜を、不思議と誰もが口を合わせ、そう呼称する。起源は至って不明とされ、ナンバリング等一切の事柄が曖昧である。区切りに関してもそれは同じで、一日一日でそれは区切られるのか、それとも四月から始まるとして購買が長期休暇に入る夏休みまでを一つの長いスパンとして受け取るべきなのかという問題が、今学会では中心となって議論されている(ない)。しかしながら、その戦の根源が『生活に必要不可欠な物に選択の余地は無い――』という正に根源たる部分から発生している事は明白である。
今回は一つの大学附属高等学校を例に挙げて解説するとしよう。さて、当高校の購買の主要メニューと言えばパン、飲み物、文具、そしてカロリーメイトなどが挙げられるが、問題はパンだ。『パンのために働く』という表現を一度は聞いた事があるだろう。生活の糧の一番の象徴として、あるいはギリシャ神話でいう牧羊の神として、あるいは名詞でいう「汎」……その語にまつわる全ての内包を表す接頭語として、あるいは撮影技法でいうカメラの視点を左右に振る事として、『パン』という言葉は用いられる。※ 美味くて腹に溜まる物、そこでしか得られない物であるという特色が、その争奪を加速させる。白昼の内にあって繰り広げられる特殊な戦いの局面の上で、ある人間は倫理を語り主張した。対応策を提示し、治安維持なる物に努めてきた人間がいた事も事実だ。三時限の終了時、気の良いおばちゃんに適用される『予約』が良い例である。ただしその時点で地元のパン屋さんから目的のパンが必ずしも届いているかと言えばそうでは無く、目的のパンそのものがその日たまたま入荷しないなどという例すらありうる。多くの問題が横たわる『予約』を中心に据えて構える事は現実的でない。では登校時、近所のコンビニで済ませてしまえば良いではないか。という声があなた方の方向から聞こえてきそうだが、それこそ安易な解決である。如何せん高校生の朝は早い。加えてこの学校は丘の上にある。飯が買える場所が徒歩圏内にあるとしても、昼休みのシビアな時間制限は猶予を与えてくれまい。無論、与えられた厳しい状況を逆手に取る自覚的な者も少なくは無い。例えば、隣の大学には学食なる物があり、贅沢も過ぎたシステムを用い混雑を知る事無くパンなどでは無い焼きそば、定食、肉などに豊富なバラエティを持つ食事に有りつけるが、隣の学校で「ちっさな高校生ども」が繰り広げる争いに対し一人の天然ハッカー眼鏡女子大学生が放った「パンが無ければ食券を買えばいいのに」という台詞があまりにも有名である。……というのはどうでもよろしいが、一画で売られているというしかし高校で食べられる物と同じパンを、治安維持の名目で高く売りさばく大学生の彼等は、『転売屋さん』の名を冠している。高校の方でもそれを模倣せんとする輩は居たが、教師陣はそれを許してはくれなかった。とどのつまり、高校生に降り注ぐ厳しい状況という物は一向に変わる気配が無い。無根拠であるにも関わらず、この戦にあえて真正面から挑む阿呆も尽きる事は無いのである。
※1:ただし、これらの意味は小麦粉の生地を発酵させて焼いたものであるパンと必ずしも関係しているわけでない。
参考:三省堂 Web Dictionary




