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Prologue,Dialog/FinalBUG

 今自分がいる世界がここで、僕の記憶はしかし別の世界にあった。

 簡潔に言えば、そういう事なのだ。


 驚くべき事が二つもあった。まず僕と、「影」は宙に浮いていた。まるで空中に見えない足場でも敷いているかのように。僕の足元は、ビル10階部分の高さ辺りで、しっかりと奴の斬撃を受け止めていたのだ。マントに隠れて見えない表情を、見上げるような形で。

 それから二つ目に、僕の手が刃を握っていたという事。「影」の斬撃を無謀にも素手で受け止めた――というわけではない。なぜならそこには、刃の擦れ合う音があったからだ。二つの刃がぶつかり合っていなければ、出ない音が。僕はその二つのうちの一つの刃の柄を握っていた。


 何故僕は、剣を、武器を手に握っているのか?

 何かしたのか?

 僕は一体何者なのか?

 すべての疑問が今は、

 僕の頭と遠い場所にある。


 刃が蒼い火花をあげて互いを蹴散らしあい、

 引き離し。

 衝撃が、身体を後退させる。

 バランスを崩した僕身体は宙を舞い、落ちそうになる体勢を立て直す。

 足の位置を変えても、身体は地面に引き寄せられる事が無い。

 本当に透明な足場があるみたいだ。


 安心の暇なく、接近の気配。

 それと戦うということ。

 僕の思考は、自然と導かれた。

 僕は剣を構え直し──

 敵の突き。

 銀と銀が擦れ合い、火花。


 蒼い閃光が右目近くで散る。

 弾ける。


 敵の力が緩んだのを見逃さず、横凪ぎ。

 手応えは無い。

 すんでの所で敵は後退したらしい。

 そしてすぐに姿を消した。

 しかし僕は見ていた。

 残像が軌道を描いて、右方へ──僕はその方向へ視線を走らす。

 敵は、ビルを足場に。

 奴が踏み込んだガラスが、歪み亀裂を走らす。

 硝子面全体に亀裂がぴりぴりと走ったその時、奴はこちらに向かって刃を向けて飛び出してくる。

 もの凄い速度で――

 銃弾の様な速度で、こちらに飛んでくる。


 剣を構えきれず、思い切って地面、いや空面を蹴って回避。

 敵の刃がすぐ目の前を通過し。

 敵は空中回転して、反対側の硝子面に着地。

 フレキシブルな運動。この空間に慣れているらしい。


 まただ。敵は足をばねの様に折り曲げ、一瞬だけエネルギーを溜める。

 次は左から飛んでくる。

 またも接近、予想はついていたので剣でガードを試みる。

 ──いや、次は返り討ちにしてやる。


 一度防御の型を取ったポーズを崩し。

 僕はまっすぐに飛んでくる敵の頭部を狙い。

 繰り出した突き。

 カウンターを、敵はなんと上方に避けた。

 奴は向けた刃を引っ込め。

 マントに隠れた手を僕の刃のミネにつき。

 そのまま身体を捻らせ、僕の頭部を左足で打ち付けたのだ。

 鈍い衝撃、それだけが走り。

 そのままのベクトルで反転した僕の身体は、ビルの硝子面に向かって引き寄せられる。


 ここは、敵の真似事をして――

 足を着こうと身体を動かす。

 空気が鳴り、硬いが脆い物の感触に触れた瞬間に僕はハッとする。


 ――ガラスには、ヒビが入っている。

 人一人が飛び込んでくる衝撃にも、耐えられないくらい。

 視界の全てが一瞬黒く反転する、錯覚。


 僕は粉々になるガラスを巻き込んで、ビルの一室に吸い込まれていく。

 身体は回転し、何も床やデスクに叩き付けられ。

 反対側の壁に後頭部を打ち付けた所で、ようやく静止する。


「っつう」


 一応痛そうな声は漏れたが……なぜだろう、色んな部分に衝撃を受けたはずなのに、やはり痛みは感じない。それから、右手にさっきまであった感触が無い。剣を手放してしまったのか。俯き、さする僕の頭の中で、ふとぐるぐると回る室内の光景が再生された。コピー機が、確かあった。どうやら僕はオフィス・ルームの中にいるらしい。もちろん人の気ひとつない。

 僕はすかさず目を上げる。空気か地面か、何かがびりびりと震えている感触──地鳴りか?すぐに現われたその光景に彼はああ、と息を漏らす。硝子の向こうで、破片の雨が降っているのだ。僕が飛び込んだ時に、巻き上げられたガラス片か。違う。


 破片の次に降ってきたのは、破壊されたビルの残骸――僕は気付く、さっきまで視界の隅にあったはずのビルが一つ消えている。コンピュータやデスク、何千枚ものA4紙が宙を舞い、瞬く間に現れた黒い帯状の閃光に包まれ、焼かれ、塵となり、再び宙を舞う。全ての物が消える事を定として、無残にも舞っている。


 再び黒い閃光が、目の前のビルを貫くか如く、走る。──閃光? 確かに閃光に見える。その正体は、斬撃だ。刃物の残像がまばゆい光となって見えるのだ。目の前のビルが崩れ、灰塵の奥手に黒い剣士の姿が影となって浮かび上がる時、少年はそう確信する。


挿絵(By みてみん)


 そう、敵は確かに剣士に見えた。纏うマントを振り払い、全身を覆う鋼鉄のボディスーツ――顔もまた、鋼鉄のマスクらしき物を被っている――を露わにしたのだ。まるで、どこかのヒーロー漫画にでも出てくるような、機械的でまがまがしくも思える、装飾。

 思い描いた通りの、人間のカタチをしている。

 しかし、こんな殲滅を繰り返す残酷な剣士は……

 本当に人間か?


 黒い剣士となった敵は、静かに剣を構える。

 一振りで僕の身体は、閃光の中に溶けていってしまうだろう……



 悪い事ではないのではないかな、と思ってしまう。

 この身体は痛みも何も感じないのだから。

 彼に対して「人間か?」だなんて考えたが……

 僕の方こそ、本当に人間なのか?

 それとも、この身体が本当は僕の物ではないとかか?

 推測は……でも推測は、所詮推測の域を出ない。

 それもこれも、僕の記憶が確固たる物を無くしているからだ。

 何故、何も思い出せない……



 頭をくしゃと掴みかけた時だった。

 右手が熱く硬い物に触れた。僕は横目でその正体を確認する。


 ――薄い正方形。カード。

 何で出来ているかはわからない。硬いのか柔らかいのか……不思議な感触だ。

 そういえば僕がビルの谷間に落ちていった時も、こいつが確かに背中に浮かんでいた……


 掴み取ったカードをふと眺めてみる。

 眩い精白色を、輝かせている。

 なんだ、こいつ。


 微かに読み取れる手書きの様な文面が、僕の視覚を支配する。


「―――……」

 

 少年の何かをなぞるような声音。無音に近い囁き。

 沈黙。

 微笑み。

 それは一時的に黒い光に包まれ拡大化した刃の、巨大なる斬撃に飲み込まれて、消えていった。











 ビルに一筋の閃光が走る。黒い閃光。

 彼がいた階は完全に焼きつくされ、そのまま崩れるビルの分断面となる。

 硝子の雨が直下の通りに降り注ぐのを、黒い剣士には黙って見ている余裕が無かった。

 崩落しゆくビルが傾斜する先は、黒い剣士の影──

 だが奴は、それを焦らない。

 ゆっくりと、剣を構え……


 ビルが真っ二つに断ち切られる。

 しかし黒い剣士はまだ、剣を振り切っていない。

 じゃあそれを裂いたのは?

 裂かれた後の隙間から見えたのは、少年の影、ついさっきまでその手に握られていなかった、真白い剣──煌めく光を纏った刃。

 そうではない。刃自身が光なのだ。


 少年は飛び抜ける。

 割れたビルの隙間を。

 かいくぐる。

 迫るデスクやコピー機を払いのけ。

 ほぼ90度の傾きを持つ空中を足場にして駆ける。

 恐れる事無く。

 そこに恐れが存在しないかのように、剣を振りかざす。

 予定された結末への扉。それを切り開く剣を。





 そう、彼は勝利を確信していたのだ。

 だから黒い剣士の直下の地面に浮かぶ巨大な影など、見えていなかった。


 その影が道路に引かれた白いラインもすっかり飲み込んでしまう黒い円である事も、黒い円から同様に黒い柱が螺旋状に生えつつある事も、その柱らはビルがまるでなかったものであるかのように、音も立てずに通り抜け、少年の回りを既に囲んでしまっている事も。

 彼は雄叫びをあげ、黒い剣士に突っ込んでいた。が、その勢いは剣士の仮面の、眉間に当たる所に刃が触れるか触れないかの所で静止してしまった。少年は信じられない、といった表情で。胴に巻き付く黒い柱、だったもの――今や、それ以外の何か――に目を遣った。

 少年を巻き込んだ黒いそれらは、剣士の身体をビルのそれと同じように透過し。円の中心に、影の中に少年を引き込んでいく。少年の抵抗の唸りに、剣士は振り向く事もしない。

 やがて少年は唸りをあげる事も止め、ただ最後に口を数回開かせた。空中に佇む剣士には、決して聞こえそうもない小さな声を吐く。


「ゆ…き」


 そうして――

 少年の世界は、暗転した。

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