2-12 Stage:砂漠都市[下層]/???th BUG
将司は既に砂漠の中を見回していた。
悠月は敵の出現を待ちながら、とりあえずという気持ちでカードに触れ、太刀を具現化させた。
未知の領域が確実に速度を増して近づいてきている。もしかしたら、既に悠月達の足元に奴はいて、この遺跡ごと一瞬で破壊してしまうやも知れない。
存在している事だけが確かだ。
「くっそー、やっこさん何処にいやがんだー?」情けない声をあげる将司。
「やっこさんら……ね」
呟く様な葵の声に、将司が怪訝そうな目線を送る。
彼女は刃を地面に突き立て、その突き立てた先の地面をじっと見ていた。
「また複数でのご登場ってか?」将司が言う。
「正確な所は分からないけどね」
「……それは何の真似で?」
悠月の言葉に舌打ちをした葵は、刃のついている腕と逆の手のひらで痛そうな音と共に地面を打ち付ける。
これを見ろ、という事か。確かに地面には何やらまた別の『スクエア』が表示されていて、その中にレーダー画面の様な大きな丸があった。
中心に三つの緑色の点があって、同じく三つだが散りぢりになっているのは赤い色をした点。――分り易すぎるな、と悠月は思う。
葵のすぐ隣で覗きこむ悠月の肩越しに、将司もまた同じ物を覗き込んでいる。
「ん、なんか別れたぞ」
将司の言う通り、赤い点は分裂していた。
正確に言えば三つの点の内の二つが点滅を始め、一つが二つ、合計が5つに、二つが四つ、合計が9つという具合に数を増やしつつあった。
直後。突然の衝撃を予感させる様な、BGMの不穏なイントロが、悠月の脳内に。
脳内にか?そうではない。
微かにだが、深い底からずんっと押し寄せてくる響き。
それが微かから、次第にびりびりと辺りを震わす程になる。
「はいはいそのパターンね、と」
勘弁してくれと言わんばかりの将司を後目に、飛び出す葵。
カードを切り替えていた。先程の銀色の刃とは打って変わり、色は黒。黒みがかった等ではなく、純粋なブラック。だが、悠月がさっき見た武器と形状は全く同じ――湾曲した刃、手に装着された刃。悠月がまだ知らない名前で呼ぶところの『スィクル・ハンズ』である事に間違いは無かった。おそらく、効果が違っているのだろうと悠月は考える。
そして彼女は、また一つカードを切った。
それは武器とはならず、弾け散った。
――即ち、キャラクタリスティック・スキルの発動。
戦闘中一度しか発動する事の出来ないはずの必殺技を、彼女は今、発動させた。それも敵の正体が分からない内に、何かのカードを一つ犠牲にして。
――一体何を……?
悠月が考えかけた所で、砂漠に降り注ぐ陽光が彼女の刃に反射して、青い光を一瞬悠月の目に映らせた。
疲れ目まで反映されるのか、この世界は……?と悠月は一瞬考えたが、どうやらそうではないらしい。
眩い発光。発しているのは彼女の刃そのものだ。
彼女自身も速度が急に上がり。
青い残像を浮かばせながら、砂漠地帯の宙で消える。
と思えば遥か下方、砂場に彼女の姿は浮かび上がり。
激しい砂埃と共に、何か硬そうな物体が宙を舞う。
――サソリだ。小型犬くらいの大きさをした、サソリ。
黒い体表は、砂漠なのでよく目立つ。狙い的の様に赤く光る単眼もそうだ。しかし砂の中に隠れていたので、悠月達には青いが砂を抉り掻き出すまで、その存在を確認する事は出来なかった。
赤い目は点滅を繰り返し、次の分裂を始める前に、葵はその赤い狙い的に刃を突き立てた。抜く時にもう彼女の姿は消え、別のスポットで別の砂嵐を巻き起こす。
「まて、まだ行くな」
負けてならないと足を踏み出しかけた悠月の肩を掴み、将司は一歩前に出る。
「けど、あのサソリ――このまま際限なく増え続けるんじゃあ」
「アイツのC・スキル――『疾』で補える範囲さ……それに」
将司がようやくカードを切る。今まで気にしてはいなかったが、将司のカードの表には『重』の一文字が浮かび上がっている事に、悠月は気付いた。
いや、将司が肩越しにカードをちらつかせたので読む事ができた。彼は悠月にその一文字を見せたかったのだ。
「俺のデッキを表すイチモンジ……『重』はどんな意味にもとれるんだぜ?重い拳、重石……そして」
具現化したのは黒いカメラみたいな形をした物体――否、カメラみたいに見えるのは下半分の脚の部分だけで、それより上はごつごつして細長いシルエット――
「重火器」
言い放った時点での将司の顔に、悠月は何だかうすら寒い物を感じた。なんだか分からないが、彼の気分は今とても良いと言える状態らしい。
「ひゃっほう、これがやりたかった!」
激しい反動と共に将司が支える砲身は揺れ、榴弾が遠くの方でけたたましい爆発音を響かせる。
気持ち良過ぎる程の砂の拡散の勢いを、悠月は遠く眺め、思わず溜息をついていた。
「お前も見てたろ、あの画面」
「ぬ」なるほど。悠月は思い出し、そしてとても遠くだが頑張ってG・スクエアを射出し固定した。
「後方支援とかそーいうのは俺と葵に任せて、飛ぶんだよ!」
悠月は既に飛んでいた。
あのレーダー画面の中に一つだけ浮かんでいた、分裂も何もしない動かざる赤い点……
即ち、『親玉』。
将司はそれを目がけて撃ったのだ。
そして予想通り、『ヤツ』が潜んでいたであろう砂は拡散し。他の奴等と同じ大きさだが、単眼だけでない、赤いラインの走るサソリの姿が浮かび上がった。
――うまく行き過ぎてかえってまずい予感もするが……
不安を超越した『気持ちよさ』。悠月は今それに満ち溢れていた。
剣を突き立て、サソリに突撃する。
一閃、
手応え、
無し。
刃の間を小さな尻尾が潜り抜け、悠月の目を的確に狙って来る。
即座に武器を引き戻し。
小回りの利く、ナイフに切り替える。
捻る身体。
高速回転。
尻尾が刻まれ。
細切れになって。
砂塵と共に、四散する。
「――」
開かれる双眸。
これだ。
この感覚。『勝手に動く』感覚――
悲鳴の様な電子音。
赤い目玉に太刀を突き刺し。
その太刀を放り投げると共に。
爆散。
将司が再び撃った榴弾が、BUGの身体を一瞬にして焼き尽くしてしまった。
悠月は溜息をつきながら、後ろを振り返った。
正直、こんなものか、などと考えながら。
しかし――
様子がおかしい。
サソリはまだ残っている。しかも、まだ増殖を繰り返しながら。
それだけではなく。否……問題はそこではなく。
将司がいる神殿らしき場所の中に。
赤いラインを灯したサソリが――数体。
将司は応戦している。既にアームド・アーマーに切り替え、たった今現れたであろうソイツラに困惑しながらも巨拳をふるっている。
――どういうことだろう?
思ったところで、神殿の天井画が光に満ちた。
光は静かに盛り上がる、海から怪物が現れる時の様に盛り上がる。
赤黒い光。ライン。
将司はその出現に気付いてはいない。
悠月は一気に悪寒を覚え、それが危険信号である事を瞬時に察知した。
群れるサソリを蹴散らし、G・スクエアを射出。天を駆ける。
四角い障害の間を縫うようにして。
葵とすれ違う。
青が伸びる。
赤が散る。
さっき爆散した刃の断面に、
それが映る。
将司!
ラインの中心で、単眼の赤が点ったので、焦り。
今まで出した事の無い様な大声で叫びかける。
将司が気付いた時には、既に奴の単眼は将司に喰らいかかっていた。
巨大なハサミは柱を砕いたが、将司はしゃがんでそれを回避していた。
身体が完全に現れると共に、天井は四散する。
それくらい大きな体。勿論、昨日の龍ほどでは無いにしろ――
鋏状の脚がまだついたばかりの土の硬さを確かめる様にせわしなく動き。
やがてその脚は高い屋上からずり落ちそうになるのだが、サソリにはハサミよりも更に巨大で特徴的な尻尾があって、奴はそれを建造物全体に巻き付ける。
巻き付けられた尻尾の先の針を構造物の壁に突きつけ、刺さずとも抑えつけて身体の支えとする。
さて――といった調子でそいつは、ぎょろつかせていた単眼を将司の元に送る。
タンマタンマとか叫びながら肘をついて後ずさる将司に、悠月は急接近。
光る刃の切っ先を単眼という的に向け。
加速。
デカい的だから、速度を押さえずとも――
ぎょろ。
擬音が頭の中で脳内再生される。
何故か?
単眼。
突然動いて、悠月を捉えたのだ。
えっ?となった悠月を、長い尾が襲う。
貫通。
痛みは無い。
だが、灰色。
刺された胸から、円状に灰色が埋め尽くす。
徐々に拡大している。
恐怖。
悠月の身体は滅茶苦茶に振り回され、隣の建造物の壁面に叩き付けられる。
完全に動けなくなる。
やばい、これ。
サソリの背中の門が開き、金属が激しく擦れるみたいな音を立てて違う脚が展開し。
一気に将司の身体を抑えつけた。
脚の先はよく見ると尾の先っぽの様に尖っていて、将司の身体を悠月とは倍の速度で浸食していく。
哄笑するかの様に単眼は激しく動いている。
やばい、やばいって。
なんとか――
黒の底から。
ボディに走るサソリの赤いラインを、悠月の目は辿っている。
もうこれからどうにもならない。
目を瞑る。
一閃。
音でそれを感じ、開眼。
さっきまで悠月が辿っていた赤いラインの隙間に、銀が差し込まれている。
と、思った瞬間には、あちらこちらの線上に、同じ銀が差し込まれていた。
目を上げると、青。葵。
こちらを無言で睨みつけ、尻尾を橋の様に駆け。突き刺す。
最後の銀は、尻尾の先。悠月が正に刺されていた針に、螺旋状に走っていたライン。
赤は急に失せ。自重を支える事を止めた巨躯は、重たげな音を立てて建造物からずり落ちていく。
針から解放された悠月は自由落下を始め。
無茶苦茶に散る散る破片の中で自分もが砂塵の一部みたいに、落ちて落ちて。
だが葵が手を伸ばしにきたので、悠月はそれを掴んだ。
感触。
安堵。
束の間、激流。
気付いた時に悠月は、落下した巨躯によって半分を抉られた、石造物の上で転がっていた。
隣で驚くのは将司。
目の前には、投擲の体勢を取った葵が宙に立っていた。
茫然。
否、それよりも――
「あ、葵、助かったぜ――」
将司の言葉も無視し。
彼女は悠月を静かに睨みつけるように見て、身を翻し、宙を歩き出した。
――おい、何も言わないのかよ。
そう思うだけ。口からは何も出てこない。
立ち止まる彼女。
目にひっついたゴミみたいにぼやける砂が、キラキラと光り。
舌打ちの音。
一足先に現実に還る彼女の後ろ姿に、悠月はやはり何も言えなかった。
――おい!
木霊したのは、アバターの形が消え去る時の、清らかを押し出したような音。それだけだった。




