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キルトリ KILL-TORI  作者: モノクロック
Ep.02 アオイ残像と共に
28/63

2-11


 色々な事が短い間に押し寄せてきていたので、もう何か別の事柄になるだけ触れまいとしていた今朝の悠月は、テレビも何も見ずに家を出ていった。

 電車の中で朝ごはんのカロリーメイトを口にしている時、スマホも何も見なかったのは、まだ硝子の向こう側に沈む景色に、新鮮味を感じていたから、というのもあるのだが。何故いきなりこんな事を考えているのかと訊かれれば、香流先生が電話で何を話していたのだろうとか、今になって気になっていたからだ。あの空間で得体の知れない怪物が現れると共に、一方の現実では何が起こっているか?

 悠月は今になって考える。

 悠月は目を瞑っている。

 

 ちょっと目を瞑るだけで、世界で今何が起きているのか分からなくなって。少しだけ怖くなる。情報に触れていたとしても、それが全てだとは分からないし。そうだ、そうじゃないか。今の悠月は多くの人間が見えない物に触れている。見えない内に、次第に浸食していくものと今、自分は向き合っているのではないだろうか?

悠月も、浸食されていく。比較的ソフトな気持ちで入り込んだはずの物が、一気に重くなって、段々重くなって。

 

 違う世界だ、怖がる事は無いと割り切っていたはずのものが。もしかしたらこちら側の方が現実なのではないかと思えてくる。もしかしたら、本当に。

 自分の住んでいた世界は悠月が生まれる前にとうに滅びていて。皆悠月が現実だと思っている世界に移住してきたのでは無いか、とか――


 不意にぞわぞわしてくる感。

 

「悠月、もう目、開けていいぞ」


 将司の言葉通りにする。景色が現れた時に悠月はぞっとした。

 抜ける様な青い空に、砂漠。砂漠には砂と同じ色をした四角い建造物が乱雑に突っ込まれた様に配置されていた。石で造形されている様だが、背丈は高く、その形は近代的だ。二人が立つのはその近代的な四角の上に不自然に配置された、祭壇の様な場所。砂の色と塗装された様な綺麗な白がフェードクロスしているエンタシスの柱は、白い天井を支えている。天井画の様に彫られた形は、サソリを描いているらしい。

 

「第二面は砂漠か」


 将司は出る筈も無い汗を拭く動作を見せる。背中に浮かぶ大きな円はやはり見慣れないな。


「……今回はあいつも?」

「ああ、もう来てるはずだけどねー」

「ここにいるよん」


笹川葵は、悠月が振り返った時にはすぐ後ろにいた。

 悠月や将司とは違う点があった。二人は現実世界と同じ制服姿なのだが、彼女は違っていた。指定の物と異なるブレザーは黒。悠月は趣味だろうか、と考えつつも詮索しないようにした。


「どっから湧いて出たの?」

「湧いて出たとか失敬なやつだな」

『案じていたよりか柔らかい雰囲気で良かった』


 唐突に香流の声が聞こえてきた。柱と柱の間に透明な垂れ幕がかかり、立ったまま前に屈んでいる彼の姿が浮かび上がった。


「うおっ、先生!」画面の出現にのけぞりながらも将司は声を上げる。

「なんで通信通ってんすか――」

『その通り、昨日や以前試した時には発生していた防壁が、今日は無い……その理由は』

香流はその後の言葉を言わず、悠月と将司が顔を見合わせるのを見ていた。

 溜息をついた後で、葵が切り出す。


「いつか聞いたよ、BUGは外敵を確認しない内なら、自分の空間であっても外部からの干渉の一切を遮断する防壁を出現させないって」

「つまり……」

「エコモードって奴かい、年中動きまくりな俺も見習わんとなあ」

エコモードオン!などと口走りながら将司の頭をはたく葵。

「つまり、俺達がここで戦っている時は、状況すら見えていないって事ですか?」無視し続ける悠月。

『その通りだが……ログから君達の戦闘を後から確認する事は可能だ。それに君達のライフがゼロになり、BUGに引きずり込まれる様な事態が起こればそれは君達が今入っているカプセルの生命維持反応がSOSを発信してくれるので、強制離脱させる事は可能……つまり、保険はあるという事』

「……」


沈黙し、思わず周りを見回す悠月。


「おいビビッてんじゃないよ」葵は既にカードを切っていた。

両腕に取り付く二つの刃、スィクル・ハンズ。

「こちらのデモフィールドに強襲までしてきた超凶暴なBUGを駆逐した実力とかゆー奴を見せてもらうんだからさ」

「……」

 

 正直な所悠月は慄いてなどいなかった。昨日より気持ちは落ち着いている――そうでなくても、絡まりに絡まりあって歩く事すら出来なかった様な昨日の気持ちの状態でも、今思い返せば不思議と身体が動いたのだ。気持ちが良過ぎるくらいの自由がそこにはあって、悠月は目の前の敵をどうにかする事に必死で意識してはいなかったが――今改めてそれを考えたという事は、今の悠月も同じ様な状況にあるに違いない。ここから一歩足を踏み出せば、もう飛んでいけるという感じ――

 

 悠月は香流にもう一つ、何かを訊こうとした。

 その時になって透明な垂れ幕は、雑音を混じらせながら落ちていった。



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