2-9
「ゆーづきくんっ」
気持ちの悪い語調で目を覆い隠してきた神町将司の腹元に、悠月は反射的にボディーブローを炸裂させた。何人かが振り向く教室付近の廊下に、将司の苦悶の声が木霊した。
「ぐふぉおっ」
「あ、手が勝手に……」
「ほう、大分息が合ってきたじゃねえか、我が相棒よ……」腹を押さえ苦しみ悶えつつも、将司は言う。
「片方が虫の息な時点でねーよ」
悠月が溜息をついた瞬間に、下校のチャイムの音が聞こえてきた。既に悠月は鞄を背負い、帰ろうとしていたのだ。
「つーか、何の用で?」
「おー、よく聞いてくれましたー!」何事も無かったかのごとき晴れやかな表情に、もう一発打ち込んでやろうかと悠月は一瞬思う。
「実は俺達の拠点が決まったんですねー」
「あ?拠点?」いよいよもう一発打ち込んででも振り切って帰りたい気分になった。気持ちは何故か鞄に顕れ、肩からずり落ちそうになる。
「そそ、家に帰ってて先生から集まってーとか言われたら面倒だろ?だからこれからは学校が開いてる時間までその部屋で出来るだけ待機していようって笹川……もう一人のメンバーとの相談で決まったのさ、模擬戦とかいつでも出来るしさ」
「部活気分かよ……っつか、普通に部活してればいいんじゃあ」
「えーお前見るからに帰宅部志望ですって感じじゃんか」
「あ、そこははっきり言うんだ」
「それに共同生活の割合を増やす事で連携の質とかも高められるってもんよー」将司は腰に手を当て謎のポーズで、もっともらしい理由を言う。
「そういうもんっすかねえ」ずり落ちそうな鞄を持ち上げ掛け直す悠月。
「で、今から来れる?」
「えー、昨日の今日だし休ませろよ、帰って寝たい」
「どっちみち今日は帰れないと思うぜ?」
「え?」
「BUG浮上の危険があるってんで警戒態勢中だってよ、さっき香流先生が……あ、これ悠月にも言っといて頂戴って」
あの先生が言っといて頂戴とは言わんだろう、と悠月は考えた。
言外のどす黒い感情は、その後に放つ舌打ちの中に全て含まれていた。




