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キルトリ KILL-TORI  作者: モノクロック
Ep.02 アオイ残像と共に
23/63

2-6 

「ああそうだ、勿論まだ確定した訳では……だから、IPアドレスばかりを頼るなと言っているだろ……こら情けない声を出すな、すぐに八雲も行くだろうから……ああ、おい悠月君、入っていいぞ」


 悠月は言われた通りに、しかし一応数回ノックしてから、戸を引いた。

 準備室にはカーテンが半分掛っていて、日の光を遮っていた。だが香流晃一は後方からの光に当てられていて、うまく表情を読み取る事が出来なかった。携帯機能を持ったカード型の電子ペーパーを手にして何やら大切な話をしている、という事は理解できた。香流が斜めに座る机の上には、幾つかと数えるほどの資料しか置かれていないようだった。棚の硝子は眩い白を反射させていたが、その中で光を浴びる小さな観葉植物のシルエットだけははっきりと視認できた。

 緑を混じらせたシルエット。


「そう、何者かに乗っ取られている事は確からしいな?だがそれがBUGだという証拠を捉えるためには、やはり網を張って逆探知するのが最適だろう……ああ、私もすぐに向かうよ」


 軽い器物が机に置かれる音。

 悠月の視線は未だ観葉植物を向いている。


「……」

「またせたな」


 視線を引き戻す悠月。


「こうして対面して話すのは初めてだろうな、佐伯悠月君」

 

 しっかりと悠月の方を見据える香流。眼鏡の奥の鋭さは、しかし相手を抑えつけてしまわないような柔らかさも感じられた。手は机の上でがっちりと組まれていて離さなかったが、時々上下に揺れていた。手の中にクルミでも入っている様だ。


「素人ながらにあの映像を見て、私は思ったのだが……」

「俺は別に……何も」

「一瞬で双頭の内一つの急所を破壊、おまけに残り一つの眼球を破壊しただけでなく、神町将司との連携を華麗に繋げこれをとどめとする……謙遜にも程があるんじゃないか?」

「それ全部計算してやったとかじゃなくて……なんてか、最初のは突っ込むしかないって思ってやっただけだし、最後のは、こうすれば届くよなって考えてたら勝手に身体が動いた……つか」

「なるほど――」


 一瞬香流は口元に手を当てた。それが何か思案を巡らせる様な動作に悠月には見えた。


「なるほどな。ともかく……と、噛み砕いて説明する時間も無さそうなので、とりあえずは君からの質疑と、気持ちを聞きたい」

「気持ち?」

「君が私達に助力してくれるのか否か……勿論答えるのは、一通り質問を行ってからでいい」

「……あれって、ただのエネミーモンスターとかじゃない……んですよね」

「あれは『BUG』……単刀直入に言えば、この世界そのものの存在を脅かす存在だ」


 目の前の男の発言を頭で理解する事で、思いのほかぼんやりとしていた脳が現実に引き戻される。


「[Another]というゲーム空間の中でも、他のどのパラレルワールドでもない、この世界に迫る危機だ」


 大袈裟に言ってるだけなのだと悠月は思う。


「誇張は入っていない、これはオーバーテクノロジーとも言える最新鋭の技術を愚かにも悪用した結果の一つの事件とも言える」

「コンピューター・ウィルスかなんかのプログラム……でも無くて?」

「コンピューター・ウィルスか……だが単にウィルスといえど、最終的にもたらされる影響は現実に降りかかる物だ……奴等が仮にウィルスやクラッキングプログラムとして猛威をふるったとしても一体どれほどの無茶苦茶な事態が起こりうる事か、想像もつかん。一発の銃声から火が瞬く間に拡大するという様な事が君達や俺が日常的に触れている空間ではいとも簡単に起こりうるのだ。人の『意志』『躊躇い』の無い獣共をそんな場所に放し飼いにして、奴等がそのパンドラに触れてしまった時、一体どんな暴走を引き起こす事になるのか……最悪、死人も大勢出るだろう」

「そんな」悠月は香流の言葉を頭の中で何度も

「完成され過ぎた空間が歴史の一部となるほどに、人々はそれに頼り過ぎた……目に見えない物、理解しきっていない物が多すぎるというのに、私達は今それに頼らざるを得ない状況に陥っている、不思議な事だとは思わないか?」

「……放し飼いって言いましたけどそれって……、プログラムが自然に生まれてくる訳ないし、一体誰が」

「[Another]には開発途中のプログラムがあった、それは君も察する通り、件の機器を用いてVRなるプレイを楽しめる、プロジェクト……しかしそのメインシステムは、今ある別のプログラムからのハッキングを受け、完全にその掌握下に置かれている。犯人がいるとすれば、そのプログラムを作った男だ」

「!……?……」

「奴はゲームソフトのキャラクターを作るかの様に実なる獣を作り上げ、現実を襲わせる」

「誰か心当たりが?」

「……君は、父親の事を覚えているか?」香流は、少し躊躇いがちに言い放つ。

「え?」


悠月も、今その言葉を聞くとは思いもしていなかったので、面食らった様に一瞬の沈黙を浮かべた。


「生まれる前にはもういなかったので、写真だけ……」

「そうか――それ以外は」


 悠月は黙って首を振る。


「本当に何も聞いていないのか?」

「聞いてないって……どんな事を?」

「父がどうなったのか、という事について」

「何も……」


 目を瞑ろうとする。何故そうしようとするのか、と悠月は咄嗟に考える。知りたくないからだ。もしかすると――と、じわじわと染み込んでくる予感を、受け入れたく無いからだ。


「だから俺、地下であれを見つけた時に、これすれば何か分かるかも知れない、て思って……」

「なるほど、知ってれば近づきすらしなかったろうしな」

「……どういう事です」少し睨みつける様な視線になってしまった瞬間にそれに気付き、目を伏せる。


「いづれ知らなければならない事だから言っておくが……君の父親は、あの仮想空間の中に精神を取り込まれた、あの空間を掌握下に置いた奴の手によってな」

「え」


 目を上げた瞬間に眩い光が仄かな蒼として一瞬映る。真昼間の強い陽光。 


「取り込まれた、って」

「君の父はあの空間の『転移』における被験者No.01だった……実験は秘密裏に行われ、君の父は自らが開発したその空間に飛び込む事を成し遂げた……だが、潜伏する『真の』被験者No.01には気付けなかった」

「真の……?」

「当時プロジェクトの関係者については名簿ももう残ってはいないし、不思議な事に語り継ぐ人物もいない……だが、その中に居た事は確かなのだ、13体のBUGを作り上げ、自らを最後のBUGとした張本人が」

「……」再び視線を落とす悠月。

 

「そして今も潜伏しているに違いないのだ、その最強のBUGは」

「――」引き戻し。

作られた物だけをそう呼ぶでないとするならば、BUGに成りうる基準とは一体何だ?その疑問は今は、悠月の頭を掠める程度に留まった。


 悠月の返答を待つかの様に、沈黙する彼。悠月も同じ理由で沈黙していた。


「やめるか?」

「ええ……」肯定か訊き返しか分からない様な調子で、悠月は呟く。

「血の繋がりなどに囚われ命にも等しきものを危険に晒す必要などない、君はまして高校生、自分の選択で道を決める事が出来る。君にもやりたい事、目指すべき物があって……」

「!それは――」


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