2-5 感傷への干渉
教室へ帰る途中の廊下には誰も居ないと悠月は思っていたが、今、男子数人が全力疾走で笑いながら去っていった。ぼうっとしていた意識への突然のエンカウントに、思わず悠月の視線は彼等の疾走を辿っていた。陽光に照らされた階段の中に、彼等は消えていった。
フェードアウトしゆく笑い声を聴いていて、実は消えていっているのは自分の方では無いだろうかと疑ってみたりする。陽光が何かに反射して悠月の目を射って、視野の中にある全ての輪郭が一瞬ぼやけてしまったからかも分からない。
「ゆーづきくんっ」
「うわぁっ」
そんな事を考えていた途端に、悠月の視界は冷たい何者かによって遮断された。振り返ると、そこには銀縁の眼鏡を掛けた私服姿の女性が佇んでいた。つい先程遭った女とは対照的、ゆるやかな線をした目だ。
「……え、と」
「隣の大学でコンピューターサイエンスを専攻しています、八雲弥生と申します」
丁寧に頭を下げる彼女に、悠月も同じ動作を繰り返す。いくら隣の大学といえど、そんな簡単に入って来れるものなのだろうか……と悠月は一瞬思う。
「また、[Another]空間からのBUG侵攻防止を目的とする、とある機関の秘匿外局――スクウェアの一員でもあります」眼鏡を押し上げながら意気高揚と述べる彼女。
「[Another]?じゃあ……」
「たまには局内にも遊びに来てね、この前八島さんが出張のお土産に買ってきた通りもんしくらいしか出せないかもしれないけど」
「あ、はい……って」
悠月は再び頷いた所で、ついその女性のペースに呑まれそうになっている事に気付く。
「俺の顔知ってるって事は、戦ってるの見てた……って事ですか?」
「確かにあの時は通信も出来なくなったし、こちらからも指示が出来なくなってはいたけれど……そうね、結果的には見た事になるね」
弥生はにこりと笑顔を見せてから、続ける。
「それもあるけどね……悠月君、実は貴方には一度だけ直接会っているのよ」
「え?」
「と、いけない 本題を忘れる所でした」
彼女は辺りに誰もいない事を確認するように視線を移動させた後で、咳払いをし、続けた。
「香流先生がお呼びですので、第二特別教室準備室までお越し下さい」
「カナレ……」
思い出すまでに数秒掛けた後で、そういやカナレってどんな漢字書くんだろうと悠月は考えた。




