2-3 廓然の男
「映像ですね――見させてもらいましたよ、しかしまあ私は頭の固い人間でなかなか現実離れした情景の解釈が出来ないものでして、それにしてもあれは鮮やかなお点前と言いますか、この私の目を持ってしてでも素晴らしい物だとはわかりましたよ、神町君の技量はさることながら、背高の彼。名前は何と言いましたかな?」
場所は理事長室。香流晃一と八雲弥生は、精密な花の模様が描かれたソファに腰かけ、テーブルを挟んだスーツ姿の中年の男と対面していた。
男の名は王塚透。場所から察せられる通り、彼はこの学校の理事長に他ならない。オールバックから見れる中年という言葉が似つかわしくない程の若々しさ、だがマイペースな弥生の顔つきが固く張りつめるほどに、その男は一学校の責任者という器すらもすっぽり覆ってしまえるほどのオーラを秘めていた。
「佐伯、悠月といいます」
「佐伯……ああ、局長が参入を強くお望みになっていた理由がたった今分かりましたよ……しかしあれの血縁関係となると、蛙の子は蛙などという表現にも勝る説得力を感じさせますね?彼等もきっと納得して下さる事でしょう、無知な私が無用な説明を付け加える必要などありませんね」驚く様な反応など一切見せず、目を瞑ったままで微笑み頷く。
香流はそれを見て食えない男だ、と感じるのだ。
――『局長』をしっかり『局長』と呼んでしまう所からしてもう……
「その事なのですが苑城さん、『彼等』は本当に信用に足る――」八雲が放とうとした言葉を、香流は左手を挙げて遮る。その挙動を見て王塚は初めて目の表情を変える。口角は持ち上げられたまま。
「いえ、彼女は本当に『あなたがた』が仮想空間を駆使しての『現実侵攻』を、本来ゲームのために開発された空間で対抗するという行為に対し、本当に信頼を置いてサポートしているものかどうか不安に思っているのです」香流は口を開く。
「……そのことなら説明したはずですよ、彼等は危機感を抱いているという訳ではない……自分に責任がある内はその事態が降りかかるなどという事は思っていないでしょうからね。彼等には彼等なりに得をする事があるのです、だから設備を与え、資金を与え……」
「いいえ、その通りです。愚問でした、貴方はその代表者ですね……この学校の地下という土地を与えてくれたのは貴方だけだ、それに局長に為し得ない責任という物も担って下さっている」
「それは貴方も同じでしょう、重い責任をね」
香流は丁寧に一礼し、他人にあまり見せない作り笑いを浮かべてみる。弥生が滅多に見れないぞとでも言わんばかりに、必死に覗きこもうとするのを意にも介さず。
「『あなたがた』のサポートにはいつも感謝しています」
「そうですか、私も、貴方たちには期待していますよ」
王塚の声が一層低くなる。
それが「私だけは貴方達の味方だ」という表明なのか、それとも牽制の意であるのか、香流にはよくわからなかった。




