1-1
初夏。
少年は目を開いた時に、今が一体いつなのか、それを思い出す。
高速で流れるのは、窓の外の風景。
青い稜線だけが緩やかに動き、彼はその麓に広がる住宅街を見下ろすようにして、普通列車の座席にもたれかかっている。
今夢の中で見たのと同じ感じだな、と彼は思う。
自分が知らない物がそこには広がっている、という点に関してだ。
自分が知らない物がそこに広がっていると、
ここに自分は本当にいるのか、なんてつい考えてしまう。
対面式の座席だが、前の座席に人は座っていなかった。
確かにまだ朝早い時刻だが──そうだとしても座席が空きすぎている。
「起きたの?」
隣で彼を呼ぶ声がある。溜息交じり。
「もうそろそろ着くから、準備しときなーよ」
呼び声の主――佐伯朱里は、そういいながら膝元に置いたメモ帳にシャープペンシルで何事か記録していた。彼はそれを横目でちらと見たが、窓から差し込む光のせいで、彼女の顔色すら確認することは出来なかった。日の光をもろに受ける彼女を見て、眩しくはないだろうか――と少年は少しだけ思う。
「あそこにほら、学校が見える」
彼女が指さした先に、校舎は見えた。
山の中腹にある白い校舎は、ここからだと本当に小さく見える。
「良かったよね、母さんの病院が近い高校が取れて」
朱里の言葉に何も返さず、少年は微睡みに引き摺られたままの視線を白いものに向けていた。やがてトンネルに差し掛かり窓の外が暗転すると、彼はまた目をゆっくりと瞑っていった。