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仕方がないので三階の本校舎と生徒棟を繋ぐ渡り廊下に向かう事にした。
扉を開けると、清涼に溢れた流れが一気に悠月を浸した。空気は本当に甘く、ああ汚れていない、と感じる。前住んでいた所と比較すれば、ずっとだ。青空の面積は少ない。だが空から天使の梯子がいくつか伸びている。
数十秒間立ち止まっていた。
「ちょっと」
唐突な声に振り返った。そこには誰もいなかったが、彼は見る方向を間違っていたのだ。声を発した少女は、食べかけのパンを右手、文庫本を左手に携え扉の影、渡り廊下の壁際にもたれ座り込んでいた。それまで頭の中で響いていた透明なアンビエントに、順々に辿る様に昇る様な、実態のはっきりしないベース音が付加される感覚。
肩の辺りまで垂れ下がる黒。
僅かにそよぐ前髪の奥から、銀色の眼が見え隠れする。こちらを向いていないので、一瞬聞き違えではないのかと悠月は思う。
聞き違えとも取れる声量ではあった。
「佐伯悠月?」
相変わらず此方を見ないままで、少女は発言する。
「え?」
「よね」
「……だったら何」
少女は、パンの残骸を握った右手の立てた小指でページを軽く撫で、それからパンに食らいついて二口くらいで飲み込んでしまい。物静かそうだと思ってその少女を見ていたので、悠月は少々面食らう。若干よろけながら立ち上がり、少し揺れた髪の毛を弄ってから悠月の方を一瞥。そのまま通り過ぎてしまいそうな勢いで悠月の傍らまで接近。耳元。鋭利な刃物の様な横目遣いに悠月は唾を呑み、そのまま動けなくなる。
「いい気になってんじゃねえぞ、イノシシが」
囁き、一秒、離脱。
頭を巡る物の中断。
彼女の早い足音だけが、悠月の中に響き、溶けていった。




