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キルトリ KILL-TORI  作者: モノクロック
Ep.01 カソウへ落ちる
17/63

1-結

「うっまー、バームクーヘン揚げ」


 本当かよ、と言わんばかりの目線で香流は横目で喜ぶ弥生の顔を眺める。


「本当にいいんですか?急に奢りだなんて、なんか香流さんに優しくされると逆に怖いですよ」

「裏は無いぞ」

「では、遠慮なく」


 香流は言葉通りの食べっぷりを見せる弥生から一度目を反らす。前方に置かれた楊枝入れの木目調を、何度も目でなぞる。大縄跳びの縄に入る時の様な気持ちで、切り出すタイミングを見計らっている。


「君が解析した戦闘データを確認したが……」

「ほらあ、早くも魂胆の片鱗が」

「いや、これは別に込み入った話ではないぞ」

「聞きましょう」

「初めての『転移体験』でああも戦えるものなのか?」

「それは彼次第ですね……って、如何なる場合においてもそうなのでしょうが……[Another]での戦闘状況においては特に、個人の蓄積した経験値なる物はあまり関係が無かったりするのです」


 摩訶不思議な食べ物を飲み込んでしまった後で、彼女はすぐに臨戦態勢へと移行する。


「あの特異な空間での順応という点で特にその個人差は顕著であり、現実より鋭敏に感覚を働かせ、しっかりとした頭を働かせる事が出来るケース、それに伴ってゲームと全く同じ、或はそれ以上の機動を見せるケースも稀にあれば、現実とさしてパフォーマンスに変わりが無いケースは多く、G・スクエアによる機動で最初の『重力を射出する感覚』に惑うというケースなんてものは特に多い――件の公式大会の上位者からその順応能力というフィルターを通して選定されたのが『あの二人』で、佐伯悠月は特例だったはずです」言葉を一通り吐き出してしまった後で、水の入ったグラスを持ち上げる。

「現時ならそうだが、君を含めれば三人だな……それから特例ももう一人いる」一瞥。彼女がグラスを口につける所で、また意味も無く目を反らす。

「しかし彼の場合不可解なのが、当時の精神状態です」

「精神状態……確かに子供が水の中に突然顔を突っ込まれる様な物だからな、あれの体験は」

「彼は特に何の説明も与えられず……目隠しをして何か得体の知れない空間に突き落とされた様な物のはず――それでも『鍵』としての役割を果たすだけでなく」

「少々果たし過ぎたという部分はあるが」

「彼はあの空間で泳げと言われるどころか真反対の退避勧告を神町君から受けた、にも関わらず彼はあの得体の知れない怪物に突っ込んでいった……」

「それはそうだ、どうにもならない状態では生きようとする人間の本能が現れるもの」


「そう流石香流さん、そう考えればそこに違和感は見出されません……しかし、問題はその後」

「その後?」反芻するようなリズムで訊く。

「その後彼は神町君の指示通り動いた……そして彼は最後のとどめの際、龍の瞼に挟まれ固定された剣を駆使して『G・スクエア』を用いない空中機動を見せた。そして、武器を的確な場所に配置し神町君をサポートした……その時彼は、『G・スクエア』を用いて空中の一点に長剣を配置したのです」

「そんな細かい事をしていたのか……あれは」

「信じられるものではないです、幾ら気持ちがクールダウンしたからと言っても、少しは興奮とか、混乱とかが残留している物じゃないです?少なくとも事が終わるまでは」


 香流は眉間を押さえてから、天を仰ぐ。否、天井を。


「マシロなら……分かるかも知れんがな」

「そうか、彼の名前を最初に挙げたのはあの人でしたからね」

「うん……そういう問題では無くてだな……」


 沈黙。とはならない。誰かの高い笑い声が響いたり、無駄に声量の大きい世間話が聞こえてきたり。色々な物が混ざり混ざって、次に自分が吐くべき言葉などもう考えられなくなる。ああリラックスしているな、と香流は考えている。弥生は氷がグラスの中で微妙に、少しずつ形を変えているのを見つめていた。

 言葉を待っている様だった。


「自身に直接訊いてみた方がいいと思うけどね」


 声。

 周りが急に鎮まっていく感覚。

 そうではない、取り残されつつあると言った方が正しい。

 瞬く香流。

 

「ああ……なんだ、そこにいたのか」


 目線を変えず、呟く彼。

 何事も無かったかのように、何も聞こえていなかったかのように。

 今の会話はそれで十分だ、という意味だ。

 僕にはそれがすぐに理解できたので、その場から離脱。


 外。

 混雑。

 アスファルトに映る、朧気な輪郭が明滅を繰り返す。

 人の造った光しか、今ここには無い。

 頭に合わない音楽。

 どこから流れているのだろう。

 確かめるために、

 目線すら変えず、静まってみる。

 

 明滅、光。

 BGM。

 互いのリズムがほんの一瞬だけ混じり合い。

 それからまたずれていく。

 

 瞬く瞬間に、目線は変わる。

 捉える像。

 少年の影。

 彼は振り向いた。僕という存在に気付いた。

 身体ではなく、

 存在そのものに。


 黒。伸びた前髪の下から、ぎらついた目がのぞく。

 街の暖色に照らされていても、その視線は冷たさを保っている。

 黒の上着からのぞくカッターシャツ。

 細長いシルエット。

 視線以外にその風貌を、はっきりと視認する事は出来なかった。

 だが、それで十分。


 そう、そして君は気のせいだと思って前を向き直り、また歩き出す。

 今はそれでいいんだよ。


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