1-13
既に日は落ちて、下町の人通りも少なくなっていた。 悠月は朱里と、外の景色の見えるカウンター席の端っこに座っていた。朱里が母から教えてもらった美味い食堂だと、悠月は聞いている。誰かが座れないほど混んでいるという風でも無かったので、二人の間は一席開いていた。
「それでさあ……」
名物であるバームクーヘン揚げを頬張る悠月に、朱里は首を傾けて切り出す。
「てかなんで今日のあんたそんな食いっぷり良いの?気疲れ?」
「気疲れで腹って空くの?」
「しーらね……じゃなくて」
「気疲れじゃねえかな」
「なんで今日の帰りはこんなに遅くなったんですか」
朱里はわざとらしい口調で吐き、バームクーヘン揚げに食らいつく。
「せっかく駅で待っててあげたのにさ、一時間も後の便で来るってんだから」
「駅で待って無かったじゃん」
「あんたが来ない間に買い出し済ませちゃったよ」
「てか、一時間か……」
悠月は喧騒にかき消される程度の声で呟く。一時間。それくらいしか帰るのが遅くならなかったとは、信じられない。それに、あんなに、振り回されるように激しく動いて。あんなに恐ろしい気持ちになって。なのにどうしてか全てが夢の様にすら、今は感じられるのだ。
本当に現実では無かったのではないか、とすら思う。
それが今一番悠月の中で有力な説だと言える程に。
「さってー、帰るかね……あー今日は私の奢りね」
考えている間に、二人の皿には何も無くなっていた。朱里は既に立ち上がり、財布を中から取りだそうと鞄の中身をごそごそ混ぜ繰り返していた。
「あれれ?」
「エコバッグ」
「あっ」
立ち上がる時に、悠月が座っている端とは反対側の端の席にあの時モニターで見た香流晃一が座っている事に気付いた。だが、悠月は何も言わなかったし、ただ一瞥するだけだった。現実の彼と本当に言葉を交わしたという証拠なんて、どこにもなかったからだ。




