1-12 DarkSide
暗闇の彼方。
白衣の男は息を殺している。座し、扉という名の仕切りの無い小部屋の窓からパケットの流星に彩られた空を眺めていた。
「刹那的な物だ……沈殿する混沌の道標、途切れる事の無い流動。それが明日どうなるかなんて、誰に知れた事だろうか? 勝手にあらぬ方向に走ってしまうかもしれない。ある日ぴたりと凍り付いてしまうかもしれない。隊列の様に組みあがった構築の破壊は、祈りや願いといった物だけで止められる物では決して無い。そう、こうしている間にも」
「子守唄聴きにきたんじゃねーぜ」
足音も無く、もう一人の男が現れた。白衣の男は溜息をつき、振り返らずに言葉を吐いた。冷静さを保持し、淡々と、詩でも読むかの様に。
「彼等の為せた業に、私はいつでも驚かされるよ」
「それにしても、やっとイベントが発生しやがったって感じじゃねーのか」
「何も無い時間も充満に満ちた時間も全て等しいというのが、お前の考え方だと私は思っていたがな」
「そりゃ理想だろーがよ……まあ、いつか……その感じが本物になる日が来りゃいいがな」
「そう、こちら側とあちら側のたった一つの共通点……時の流れを超える事は出来ない……思い知らされるよ。その証拠に私は昔の様な議論が出来なくなった。考えがはっきりしないというかな……時間の経過に伴い廃れていった物の一つだ」
「時間が立つのもこえぇ事だが、時間を絶つ事はとてつもなくこえぇ事だって、アイツは言ってたがな……俺達がやろうとしている事は、神様がこうだと決めた事柄を断とうとしていると言って過言どころか、そんな言葉でも生ぬるいのかも知れねえ」
「そう、全てを失う事になるのかも知れん」
「そういえばついさっきの話なんだけどよ」
「さっき?何かあったかな?」
「あーあー、とぼけてんじゃねえよ」
男は両手を上にあげて首を振る、大げさなジェスチャーを見せた。そして、白衣の男に背を向ける様に間仕切り壁にもたれ、続けた。
「あのボウズを目覚めに導いたのはてめえかって聞いてるんだ」
言葉の流れが止まる。
緊張。棘。
白衣の男は指を順々に折ったり開いたりし始める。
おそらくは、ここに自分が実存しているというのを確かめるために。
もう一人の男も身構える。
頭の中では、冷えた汗が頬を伝っている。
「いや、あれに私が干渉した覚えはない……おそらくは彼自身の目覚め……つまり、葛藤を過した故の進化と言ってもいいだろう」
「じゃあ、選択を促したのも幻影で、奴自身の葛藤だって言うのかい?」
白衣の男は答えない。
「……まあいいさ」
もう一人の男は壁から背中を離す。
「いずれにせよ、予定より早く動く様になりそうだしな……インドア気取ってる俺も、いい加減働く事になりそうだぜ」
「……我慢しろ、お前は本当に屠りかねんからな」
「無論、今はそのつもりだよ」
嘲る様な笑い声をあげた後で、男はどこかへと去って行く。白衣の男が瞬きした瞬間に、その姿は消えた。白衣の男の目線は最初から最後まで変わらなかった。揺らぎの無い空。変わらない刹那。悠久。足音一つ聞こえない程に、しんと静まり返っていた。




