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キルトリ KILL-TORI  作者: モノクロック
Ep.01 カソウへ落ちる
14/63

1-11 Stage:街[下層]/???th BUG “In the forest”

「ゆづ……?」


 将司はビルの壁面で立ち止まり、風穴の出来た反対側のビルを凝視した。背後に聳え立つ怪物の挙動にも目を配らせながら。やがて、風穴から少年が飛び出してきた。助走をつけて駆けてきたらしいが、すぐに彼の身体は上を向き、上昇気流の流れに乗るかの様に押し上げられた。


「悠月!」


 将司は歓喜の声をあげ、悠月の飛ばされた先――将司の今居るビルの屋上へと急いで駆けた。あと1メートルで屋上という所で、G(グラビティ)・スクエアの射出上限が、規定量を越えてしまったらしく、彼の身体はあるべき重力の元に落ち始めた――所で、悠月が手を伸ばし、将司の左手をしっかりと支えた。


「お前は人の名前を……」


 悠月は将司の身体を引き揚げながら、溜息をつくように言葉を漏らした。


「連呼する趣味でもあるんかい」

「へへ、わりーわりー」


 将司の両足が屋上のコンクリートについた所で、悠月はフェンスの影に彼を引き込んだ。異様で巨大な怪物を背にして。


「G・スクエアが回復するまで、ちょい休憩な」

「で、あれは?」


 悠月は横目でその怪物を凝視した。怪物は内側から赤い光を発している様だった。鎧を身に纏った龍の様な姿で、鎧の隙間から赤い光が漏れているのだ。何かを――おそらく、悠月達を探しているかのように周りの建物を巻き込みながら身体をうねらせている。


「ここは奴が生み出した空間」口を開く将司。

「何だって?」

「俺達二人とも引き摺りこまれたんだよなあ、……あのデカブツの空間、て奴に?……先生とさっきから通信が出来ないのもその所為ってことだよ」

「そういえば……でも、モニターか何かを介さないと結局通信出来ないんじゃ」

「あれは気持ちの問題だよ、『BUG』が作り出した空間じゃなきゃあこっちの声とかは届いてるしモニターなんて無くても通信は出来る、ただ脳内に直接語りかけられてるみてーで気持ちわりーんだけどな」

「……それで、俺は、俺達は何をすりゃいいんだ?」半分分かっていながらの疑問を、悠月は再び投げかける。

「俺は……アイツらとの戦い方知ってるけどなぁ……お前は、まあ、どっか隅にでも隠れてろ」

「え?」

「元々今のお前は、奴の世界に取り込まれる事無く入り込むための『鍵』として働けばそれで十分だったんだからよ……一時的にGスクエアが働いたといっても、それを今うまく働かせて戦え、なんて言えねえ……先生はどう言うか分からんが、俺的には今のお前を危険に晒す事なんて出来やしねーよなあ」


 将司がそう溜息をつきかけた時だった。ビルの下方から、轟音。悠月が視線を下ろすと、巨大な頭部が今自分達のいるビルの破片を巻き上げながら巨大な頭部が、ドリルの様にうねっていた。


 挿絵(By みてみん)


「ったく、黙っても寄ってくるんだかんな……」将司はすぐに戦闘態勢を作る。カードをまた一つ手に取り、今度は巨人の腕では無く、大鷹のツメを模した様な装備を粒子と共に具現化させる。

「二匹……!?」


 悠月は立ち上がりつつも、凝視していた後方を確認して驚愕した。


 ――『向こうの頭部』は未だのたうち回っている。


 彼の視線は再び眼下の頭部へ。今にもこちらを向き悠月達に喰らいかかりそうな勢いだ。


「あの無駄にかっけー奴、尻尾が無いらしいな、正確に言うと、今迄尻尾だった物がいつの間にかアタマになってたって感じさ」

「……」


 将司の声はあまり悠月の頭に届いていなかった。この巨大なカイブツを目の前にして、戦うつもりなのか、この将司という男は。もし自分すらも戦わなければならないとすれば……痛覚が無い事を除けば、感覚が余りにもリアル過ぎる。何故だろう、現実では無い事を知っているというのに、奴に食われれば死んでしまうという感じは余りにもリアル過ぎる程に構築されている……構築されている?刷り込まれている?


「いつまで握ってんだよ!躊躇わなくていいんだぞ、いいから隠れてろって」


 右手に剣を携えているという事に、悠月は今初めて気づかされた。今までずっと握り締めていたのだろうか……悠月は、あの白い路を脳裏に浮かばせた、頭の中のその風景にはもう誰もいなかった。考えていた途中で、巨大な影が悠月の影を覆い隠した。


「ばっ……」


 唐突に将司が、悠月の腹目がけてエルボーをくらわせてくる。彼等の身体は強烈な重力によって、反対側のフェンスに叩き付けられた。同時に、悠月達が今座っている場所は、巨大な龍の爪によって支配されていた。


「馬鹿っお前やられちまうぞ!」

「やられる……」


 猛烈な勢いで叩きつけられた、でも痛みを感じない頭部を擦りながら、彼は将司の言葉を復唱する。将司はその声を聴きながら、気が付いた様な表情をする。彼はそれから俯き、巨大な恐怖を前に、頭を抱え込む。


「悠月、あのな――」


 ――佐伯悠月。信じられないかも知れないだろうがね……


 不意に音が静止する。空気が流れなくなる。

 そうではない、時間が止まっているのだ。


 ――この世界で死ぬ事は、現実のそれと同じなんだよ。


 どこからか、誰からか。分からない声に、悠月は益々顔を上げられなくなる。声をあげたくなる。


 ――それでも君は、前を向かなくてはならない。君が選択した道ならば……

 ――逃げてはいけないんだ。中途半端にただ安息を求めていれば、やがて……


(アンタ、今の俺に何を求めてるんだ? 人なんだから、選択ミスる事だってあんだろうが……それで責任突きつけられたって、俺わかんねえよ……)


 ――間違いだと……今、誰が決定づけたのかい?

 ――間違った選択だと今君が決定づけた、それこそが間違いだと思えない理由は何だい?


(何、だって……)


 ――君の身体は震えている。そっちの世界に接続されたままで全てがそっちの世界にあるはずの君の身体は――否、君は怖がっている?

 ――何故だろうね、君の身体はここにあるのに、僕だってちゃんと見ているし、そこにいる龍は君の身体を、引き裂こうとしているわけでもないのに……何を怖がる必要があるのかね?


(お前、外にいるのか? 現実に……)

(それも今、俺がいる部屋の中に)

(俺が怖がる理由だって……今お前が)


 ――そう、死ぬという事

 ――結果を見ればそうだ。そして更に結果を見れば悠月、君は今のままでいたいというのならそれでもいいが、その方がきっと確実に死ねるだろうね?

 ――僕はそう思うよ……


(そうやって俺を……追い詰めるのか)


 ――違うさ。君を救いたいと思っている。

 ――そして君の可能性を信じている、君はこれくらいの事で追い詰められる存在では無い。


(お前……何で俺を)


 白い一本道で選択を迫ったあの声音の様に、冷たく、優しい感じ。

 だが何か違う。


 ――大丈夫さ、今の君には力がある、否、力を発現できる可能性を秘めている。

 ――ここは[Another]なのだから……


(お前は一体)


 ――知りたければ、先ずは『彼』を倒して生きて、戻って来る事だよ。

 ――君の今の戦う理由は……それだけで……



 時は動き出す。

 今のが彼の話しかけられる限界だった、という感じだ。悠月はそう直感した。風の音がフェードイン、将司の声が耳元で跳ねる。


「悠月、信じられんかもしれないけど、この世界でやられるって事はな――」

「待って……」

「え?」

「ちょっとさ、気持ちを整えてる」

「気持ち……何のさ」

「あのでっけーのに、死ぬ気で突撃してみるって、気持ち」

「ばっ」


 龍の頭部はせりあがってくる。将司は珍しく平静さを失った調子で、声を荒げる。


「何言いだすんだ突然……ってか、あんなでけーのにアタマから行って勝てるわけねーだ――」


 龍の巨大な眼球がぎょろりと彼等を捉え、咆哮をあげた時だった。


「っつ!」

「悠月ぃ!」


 蹴り出す地面。

 加速。

 その瞬間に左手を突き出す。


 ――出ろよ!


 射出される正方形。

 即座に彼は引き寄せられ。

 龍は食らいついてくる。


 大口を開けた龍の体勢が、悠月の目に焼き付く。

 彼の影はとうに飲み込まれていた。

 そして彼の形も、今正に飲み込まれた。


「悠月っ! くっそ……待ってろ!」


 自分も一か八かだという思いで、カードを切り替え、将司も巨大な拳を龍の喉元に抉り込ませようとしたその時だった。

 龍の後頭部が開き、光が噴出した。

 否、そうではない。

 龍は爪を痙攣させながら弱々しい咆哮をあげ、ビルに倒れ込んだ。

 赤の残像がぶれ、点滅している。

 龍は屋上に掴みかかり、将司はそいつの爪と爪の間で驚嘆に駆られて動けなくなる。


「まさか……」


 龍の体表に走っていた赤いライン状の光は消え去り。何もかもを飲み込んでしまいそうな黒を放っていたはずの巨躯も、頸部から灰色に呑み込まれつつあった。

 

「貫通しやがっ……」


 首元から転げ落ちる身体。将司は身体に向かって飛び込む。それが悠月であると確認した所で手を掴み。着陸する瞬間に上方向に重力を射出し、悠月と共に柔らかく地面に足を着ける。将司は片手を地面につく。巨大な拳が地面と空気を震わせ、コンクリートだと思っていた道路面にはガラスの様な亀裂が走った。


 悠月は力なくしゃがみ込み、灰色と化した形骸の方に目を遣った。


「や、やった?」


 程なく、彼の頭部に鈍い振動。


「てっ」

「ばっか野郎!命惜しいんかいらんのかどっちなんだお前は」


 将司に拳骨された頭を擦りながら、大声に肩を竦める。


「いや、全然痛くねえんだけど」

「心にでも刻んどけ!ったく、猪みたくよう」


 悠月は舌を打ちながらも、灰色の形骸のその半分に注視する。龍の頭部は二つある。その事を忘れてはいない。彼の思った通りで、形骸の転倒で半分食い尽くされたかのように倒壊したビル、その背後で巨大な影は未だ鈍く蠢いている。


「でもよ――」


 ついた巨拳をもたげ、将司は臨戦の体勢を整える。しゃがみ込んだ悠月と背中合わせに。さあ、お前も構えろ――神町将司は背中でそう云っている。そう感じた悠月も手から抜けかけていた刀を握り直し、最後にどこで見たかも覚えていないうろ覚えの脇構えを取る。


 龍はようやく半身、もう一つの頭が骸と化した事に気が付いたらしい。フェードクロスで灰と黒に分離した自身の身体を眺め、叫喚する。きっと痛がっているのではない。悲しんでいるようだ。苦しんでいるようでもある。一度だけでない、断続的な叫声に地面は激しく震え、あちらこちらに亀裂が走る。自らの体躯に爪を立て、頭部は上へ下へと激しく揺れる。荒ぶっている。周りの建物を存分に巻き込みながら。


「あれに近づくのは、流石に気が引けるかな……」将司は振り返って苦笑いを浮かべる。

 互いが目線を合わせた時。

 フラッシュ。

 将司の巨拳が、悠月の身体を突き飛ばす。

 一閃に包まれたのは、将司だけだ。


「!!ジ……!?」


 光が消え、将司が膝をついて崩れる。肩越しに見え隠れする右腕の全体が、灰色に包まれていた。ものの一瞬で。


――おい、まさかな……


 『死』の一文字を脳裏に浮かばせた所で、悠月は慌てて将司の元に駆けよる。


「おいっ!」

「意外と食らっちまってさ……盾使ってもこんなもんかよ」


 将司が巨拳の消えた右腕を地面に何度か叩き付け、悔し気な笑みを放つ。灰色は彼の肩の下までを浸食し、そこで止まっていた。光線が放たれたのは龍の口からだ。現に今も、乱舞しながら無茶苦茶に光線を振りまいている。


「安心しろい、気分も悪くねーし、痛みも相変わらずねーよ」

「すまねー」

「謝らねーでいいって」

「てか傷すらついてないのに……これって……状態異常でも浴びたのか?」

「簡単に言えば、数字で見れねー受けたダメージ量がここに顕れてるって事さ……つまり、食らい続けて身体がこの色に包まれた日にゃ」


 沈黙。


 遠くでの咆哮。二人はハッとした様に龍に目を向ける。


「悪いが今は一々エグイ反応してもらう暇とかねーんだよな……さあ、どうするよ?」


 怒りを爆発し少し落ち着いたのか、龍の双眼はターゲットをしっかりと捉えていた。今にも食らいつく勢いで。悠月の身体は既にその牙に、爪にあらゆる方向から串刺しにされてしまったかの様に動かず、息を止めていた。将司の中には既に考えはあるのだろう。悠月はそう直感していた。そしてその思考を――まだ全ては読み切れていない思考を、それでも読み通すかのように、口を開いた。


「こっちはまだ『二つ』残ってる」

「……そいつは結構」


 それでも単体としての悠月達に、やる事は一つしかない。あの巨躯に投じなければ。この小さな身体を。窮まっている……一方通行だ。攻撃しなければ、打破できない状況。


 しかし……

 悠月はこの世界での重力支配――G・スクエアについて、まだ上手く把握し切れてはいなかった。どれだけ飛べるのか……龍の皮膚を突き破る程の消費量が、今どれだけ回復しているのか。それが不安で仕方なかったのだ。それでも剣を握りしめ。突撃、の合図を待つ。


「『右のルート』は譲ってやるよ」

「え?」

「行くぜ、イノシシ!」


 将司は唐突な言葉と共に、走り出す。

 悠月は右側のビルを捕捉。

 死んだ龍が倒れ込み、足場が出来た半壊のビルを。

 深読みせずに走り出した。将司と速度を同調させるために。


 後脚――どちらかと言えば真ん中の部分にある足だが――を最初の足場として、灰の背中を駆け上る。

 生きている方の龍が小刻みに震えだし、その口より赤い光が漏れる。

 赤いライン上で、巡る血の様に光がせわしなく移動している。

 光は、龍の口元へと集合していく。

 進め!

 速く、

 速く。だがここで重力を射出する訳にはいかない。足だけで速く。


 互いがビルの屋上を走り、将司がカードを切り巨大な爪を具現させた瞬間。

 二人は龍を囲んだ二つの建物から、身体を切り離す。

 龍は頭を右へ左へ。

 光線の吐く場所を惑っている。


「命取りなんだよ!」


 将司は抉る様に右目を狙い殴りかかり。

 悠月はここぞとばかりに重力で加速し、左目を突き刺す。

 瞑った瞼が剣を挟み込む。

 

 一方の将司の攻撃は、あと一歩届かない。

 龍の掌が、その攻撃をガードしたからだ。

 まるで――攻撃を受けた人間が自然に反射するかのように。


 悠月は、挟み込まれた剣の握りに手を掛け、ミネに足を掛け。

 跳ぶ。

 目の端、

 捉えたカード、

 それだけに手を伸ばし、

 祈り、

 具現されたのは野太刀。


 そいつを、龍の右眼と掌の間に滑り込ませ。

 そのまま力押す将司。

 何かが潰れるような音。

 将司の手を掴み、離脱。

 急速に近づく地面。

 二転三転して停止した身体に、少しだけ灰色を被る。

 

「って……」


 悠月は頭を振り乱しながら起き、龍を振り返る。どうやら長大な刃は、龍の目だけでなくその内側をも突き刺したらしい。力を無くした様に、身体が沈み込んでいく。


 しかし――様子がおかしい。

 口に蓄えられた光が消え失せないのだ。

 それどころか拡大し、とうとうラインからも眩い光が漏れだす。

 これは――


「間に合え!」


 将司が悠月の前に立ち、また一枚カードを切る。

 しかし何も具現しない。彼はそれを前方の宙に浮かべた。

 

 眩さが龍の体内に収束し。

 一気に拡散。

 形は崩落。溶けるように

 周りの建物も、光に飲み込まれ消えていく。


 だが、悠月と将司だけは無事だった。将司の浮かせたカードがそのエネルギーの奔流を裂くように。それを頂点として、巨大な光の盾が展開していたのだ。

 全ての動きが止み、ようやくあたりに静けさが訪れた。遠くの建物達は半球の形に綺麗に破壊されてしまっていた。その崩壊の衝撃は、悠月達の足元、地面をさらに蝕んだ亀裂に至るまで、優に爪痕を残していた。


「これ」


 終わり……悠月はそうだと理解すると共に、気の抜けた様な声を出してしまっていた。


「ん?」

「これ……『C(キャラクタリスティック)・スキル』か?」

「そ、スキル準備設定をかける事でデッキのどんな一枚だけを消費しても具現できる便利なやつさ……1デッキにつき一つしか無いが、ってそこがいいんだけどな、切り札感があって」

「『盾』、って……意外だな」

「そんな事よりも」


 将司は悠月の事を振り返り、ニッと頬笑みを浮かべながら生身の右手を顔の位置まであげた。


「……なんだそら」


 言いながらも悠月は、その右手を思いっきり平手打ちしてやった。

 二人の姿はその瞬間に消え、廃墟と化した街に、ハイタッチの反響だけが残留し続けた。

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