1-7 起動
――まさかとは思うけれど……これ、本当に……筐体って奴か?
筐体、即ち、ゲームセンターやそれの趣味を持った方々の自宅などでお目にかかれるでっかい箱みたいな奴。
つまり……
――これで[Another]がもし、プレイできるとするなら。そこに『彼』の手がかりがあるとするのならば、プレイする価値はあるのか……いや、怖すぎるって。しかし、何故? 隣の大学の施設に研究対象としてもあるならまだしも、高等学校の地下なんかにあっていい物じゃないし。だが、実際にあるのだ。冗談ではない。
悠月は葛藤を巡らせながら、暗くてよく見えない座席の中を覗き込もうとした。シートの端にあったプレートの様な物に手を掛け。その時、唐突な光が悠月の目を襲った。
「えっ」
『血管・まばたきによる認証を完了致しました』
「はっ?……!」
急に筐体、正確には台座に乗る卵形の物体が動き出した。悠月はその動きから離脱する前に、バランスを崩し、そのまま座席部分に倒れ込んでしまった。
『こんにちは、マスター……外部からの指示により、待機状態は完了しております』
筐体が喋り出した。
――マスターって、指示だって。何言ってんだ、こいつ?
『安全のため、手元の機器をお掛け下さい』
悠月は自分の右手が握るさっきのヘッドホン状物体に目を留める。
――ここまで来たんなら、やるしか……
卵型の外殻のもう少し外側でぱっと青い光が、悠月の腹を取り囲む様にして回る。さらにその外側、今度は彼の大腿部を取り囲む様にして、青い光の帯が浮かぶ。急に視界が狭まってくる。卵型の座席を包む外殻が動き出し、扉を閉ざしはじめたらしい。ガスか何かが抜ける様な音。空気圧が肌を押さえるような感覚。既に何も見えない悠月には何が起こっているか分からず、不安は増長する。と、彼の真っ暗だった視界に突然文字が現れた。聞き覚えのある音と共にだ。心地良いストリングスの中を、8bitの旋律が右から左へと駆け抜けていく。この音は――間違いない。[Another]の制作された会社、「RE;REIS」(リーレイズ)のロゴサウンドだ。赤い文面が点滅を始める。[NOW STANDBING]__……もう後には引き下がれない、つーか死んでもいいやという気持ちで目を閉じた瞬間だった。
急に心地よい浮遊感が、彼の身体を包み込んだのだ。どこか別の場所に飛ばされてしまったみたいで、自分が何かにもたれていたという感覚すら完全にその瞬間に消え失せた。しかし、身体全体がそのまま何かに覆い隠され、別の場所に飛ばされたという表現に語弊があるという事に彼はすぐに気が付いた。自分の身体――身体と思われる、自らの器が、「自分」が日頃動かしているそれと違う事はすぐに感じ取ったのだ。「日頃動かしている それ」――悠月は今までそれを「動かしている」などと考えた事は無かった。しかし、今は考えた。否、気づかされたのだ。そう思えてしまうほどに、今の悠月の運動、動かしている「器」は、彼の思考に近く、鋭敏に反応していた。




