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林間学校の下見

登場人物

日下部拓也48 PTA書記

日下部千香44

智勇と由縁8、実7

金藤俊治 48 新瞳小学校 教師 低学年主任

芳川薫 46 100円ショップ、PTA会長

海児祐子 45 主婦 PTA副会長

孤島敦子 31 PTA書記 蜂恐怖症

孤島勝夫 33 敦子の夫、元山岳部

孤島幸子 53 敦子の義母(姑) 料理教室の講師

堂島直美 30 PTA会計

堂島源治 63 直美の義父(舅) ボーイスカウトOB

郡山勝治 33 自然センター職員


丹波の山奥です。ワゴン車に、孤島敦子、孤島勝夫、孤島幸子、堂島直美、堂島源治、金藤俊治の6人が乗り、セダンの自家用車に、日下部拓也、日下部千香、智勇、由縁、実の5人が乗っています。


「え? 本当に利用料金は、いらないのよね。」

「ああ、今回だけだがな。」

「子供を連れてきちゃったけど。」

「ああ、子供のモニターを必要だと言ってある。大丈夫だ。それに日帰りだしな。」


 本日は、施設の下見です。昼にはバーベキューセットを借りる予定となっていますが、その利用料金は施設側がサービスしてくれることになったのです。我が家にとってはタダで行楽ができると言う訳なのです。私は、ちょっと、心苦しいのですが、主人は平気でした。まあ、今回のイベントで一番がんばっているのですから、これくらの役得はあってもいいのかも・・。尚、今回の下見のガソリンや高速代は、予算に計上されていますが、実質は赤字です。まあ、行楽を兼ねたボランティアンティアですから。


2台の車が駐車場に泊まりました。当日は、貸し切りの予定ですが、本日は、他に借りている人もいるようです。数台の車が止まっています。


「自然センター職員の郡山勝治です。」

「新瞳小学校の金原です。ことしもよろしくお願いします。」

「こちらが、PTAのかたで・・・・」

 そう言いかけて、唖然としました。何しろ、みんなが個性的で様々な格好をしいたからです。


「孤島敦子さん、その帽子、良く手に入れましたねぇ。」

「ええ、これなら安心でしょ。子供用も注文しました。」

 孤島敦子さんは、全身がほぼ真っ白です。やや、厚地の長袖の服に軍手をはめ下はホワイトジーズンです。そして、養蜂家がよくしているあの網付き帽子をすっぽりと被っていました。ハチどころかヤブ蚊も寄せ付けない虫に対する完全防御です。やり過ぎと言う気がします。


「孤島勝夫さん、それ暑くないですか。」

「山をなめてはいけないよ。それに、これは以外に涼しいんだよ。」

 その夫の孤島勝夫は、山岳ファッションです。羊毛製のタータンチェックのシャツにニッカポッカと孤島さん毛糸の靴下、靴は立派な山岳靴です。ポッカニッカ・・まちがった!ニッカポッカなんていつの時代の登山家なんでしょうか。


「孤島幸子さんは・・やる気まんまんですね。後で、調理場にご案内します。」

「よろしく、お願いします。」

 孤島幸子は、着物姿に割烹着、足は草履です。とても、山歩きの格好ではありません。自然観察のための場所を視察する予定でしたが、そこは無理です。もっとも、はじめから、ついてくる気は無かったようですが・・


「堂島直美さんもその帽子を買ったのですか。それ少しおかしくないですか。」

「そうですか? ヤブ蚊除けになるとか聞いたので、いろいろ探したんですよ。なんか粗いネットつき帽子しかなかったので苦労したんです。」

 堂島直美さんもネットつき帽子です。但し、養蜂用ではないようです。黒いですし、うまく体をおおっていません。多分、あれは喪服帽子ではないでしょうか?首から下は、オーバーオールなのですから、アンバランスです。


「堂島源治さんは・・・お元気ですね。」

「おお、元気だぜ。若いもんには負けてられるか。」

 確かに元気です。ベージュの上着とカーキ色の半ズボンです。こいつもいつの時代のやつや!白髪頭で半ズボンをはくとは!確か、こないだ公園で見たボーイスカウトの会合では普通の大人はほとんど長ズボンだった。役員クラスの年寄りは背広だった気がしますが・・


ワゴン車のメンバーでまとものは、綿パンに麻のジャケットを着た金原先生ぐらいのです。さて、主人はどうかというとこいつもあまりまともとはいえません。

黒のロンググローブ、黒のウェアー、ショートパンツ、黒のタイツと黒のショールなどと黒づくめです。忍者かい?!こんだけ個性ある服装を見ていると自分たちがまとも過ぎて恥ずかしいような気がするから不思議です。


「では、いきましょうか。まずはテントの場所から・・」

そう言って、自然センター職員の郡山さん芝生の広場に案内されました。

「おお、広いな。貸しテントはいくつだっけ。」

「4人用を30用意しています。」

「足りねえなあ。」

「いえ、あそこのバンガローも使いますんで・・見ますか?」

「ああ、半分はバンガローで、入れ替えるんでしたね。」

「人数の関係で、今回はそうなります。」

「テントはどこだ。」という源治さんです。

「あそこのコンクリートの倉庫ですが、ここにひとつ出してあります。」と言う郡山さんです。

「おっ、最新式のやつじゃねぇか。こりゃ、楽だね。これなら子供でも難なくできるじゃねぇか。」

「今年、更新したんですよ。旧式だったんで、組み立てるのさえも大変で、不評でした。」

「今はナイロンタフタなんですね。これなら軽いや。テントは油を染み込ませた帆布みたいなやつじゃないですね。」と言う主人です。

「よくそんなことを知っているな。大体、それって、いつ時代のテントだ。」と源治さんがいます。

「いやあ。子供のころです・・この長いカーボンのポールは何に使うんだ。」と苦笑いする主人です。

「説明書が付いていますんで、それを見てください。」と言う郡山さんです。

「絵入り説明書か。なるほどなあ。千香とおまえら、やってみろ。」

「えー、そんなあ。」

 主人は何事にも寄らず手先が器用ですが、私はその反対です。こどもはどうかと言うとこの中で一番器用なのは智勇サトルでした。

「おねえちゃん、それは違うでぇ。」

「ちょい待て!ここにつなぐんじゃないの。」

「あかん!手出しなや。」

「にぃちゃん。ここに通すんやないか。」

「いやまて、ほれ、こうや。」

 智勇サトルの指示のもと、瞬く間にテントができあがるのに、主人は驚いています。

「速い!おまえらやるじゃないか。へぇ、今は支柱を立てないんですね。ロープも張らないですか。」

「ロープは張るよ。ホントにおまえいくつだ。今時、小型テントは、支柱は使わないよ。アルミ製のアームを使うか、カーボーンポールを曲げてその張力を利用するかのどっちかだろう。」と言う源治さんです。

「そうなんですか。大きなテントはこんなに簡単じゃないですよね。運動会のテントは、支柱も使うんで大変でした。」

「あれは違うよ。ほら、もうたできた。」

 ロープで引っ張り、ペグで固定して完成です。

「いくつか突っ込むところがあるが、それは本番で説明しよう。風向きとか地形の選び方とかノウハウがあるからな。」

「ようし、次はたたんでみようか。」と主人が言いました。

「え? これをたたむの。」

 私は唖然とした顔で主人をみました。

(どうたためと言うのよ!わかるわけないじゃない。)

「広げた工程の逆をやればいいんだ。簡単だろう。」

「へぇ?簡単に言わないで、そんなの覚えているわけないじゃない。」

「まあ、もっともだな。」と源治が笑っています。

「はは、ウソだよ。無理だとわかって言ったんだ。郡山さん、教えてください。」と主人はテントを持って郡山さんに尋ねました。

「それも説明書にありますんで・・」と郡山さんがすまなそうに答えてくれました。

「そうですか・・」と言う私です。

 私は不安げな目で主人を見ましたが、主人はニコニコして見ているだけでした。説明書とにらめっこしながら、ああだこうだと言いながら子供達とテントをたたんでゆきます。しかし、『船頭多くして船山登る』といいますが、なかなかできないのです。

「ちょっと、貸してみろ。こうやんるんだよ。」

主人がやるとあっという間にたたんでしまいました。しかも、こういうところはやたら丁寧できれいにそろっています。こんなところで変に女子力を示す主人です。くそ!また女子力が・・・・家では一番に散らかしているくせに!

「おお、さすがだな。」という堂島源治さんです。

「しかも、綺麗だ。」と孤島勝夫さんも感心しています。

笑顔でどや顔の主人です。女性陣もうなっています。


「では、次に行きましょうか。」

そう言って、歩き始めたときでした。

「きゃーーーーーー!」という、叫び声がしました。

 何事かと、みれば、孤島敦子さんが、堂島直美さんに抱きついて、震えています。

「どうした!!」と、主人が慌ててかけ寄りました。

「ハチ!ハチが居たの!」

「どこだ!」

「あそこよ。」

「キャー、こっちに来た!」と言って、慌てて逃げ出しました。

「ひーー、やめて!」

「落ち着けってば!」と主人がいいますが、もう、パニックです。

「ありゃ、大きいな。」

 その時、青いものが目の前を横切りました。孤島勝夫さんの補虫網でした。孤島さんはさっと軍手をはめると、ハチを確認します。この網はどこからだしたのでしょうか?

「スズメバチだな。」と言う勝夫さんでした。

「刺さないですか。」と郡山さんは心配そうです。

「刺すよ。結構、被害が多い。巣を確認するか。」

 そう勝夫さんが言うと、さっと足に綿を付けます。

「離すから後を付けてください。」

「はい!」と答えたの主人でした。

他のみんなは、ボケーと見ているだけでしたが、ハチが飛んでいくと、その後を追いかけます。生け垣もなんのその軽く飛び越え、道無き道の藪を平気で駆け抜けています。

「綺麗なフォームねぇ。ベリーロールだわ・・・」と小声でつぶやく孤島さんです。

「あなた、ちょっと、・・・・」と、私は止めようと手を伸ばします。

「ああ、行ってしもうた。まるでイヌやな。」と智勇サトルが言っています。

「お母はん、あかんでぇ。」と言うのはミノルです。

「どうしんたですか。何があったんですか?」と、自然センター職員の郡山勝治はあきれて尋ねます。

「ハチの巣を見つけるテクニックなんですよ。巣に帰るハチを追いかけるんです。」と解説する勝夫さんです。

「え、あの人が急に走り出したのはそんな訳ですか!」と驚く郡山さんです。

「あーあ、ありゃ。傷だらけになっているぞ。」という金原先生です。

「姉御・・大丈夫かな。」という孤島敦子さんです。


 しばらくして、主人の声がしました。

「巣を発見!こっちです。」

どうも、物置小屋の裏のようです。みんなが声の元に集まりました。

「これは、キイロアシナガバチの巣だな。」と源治さんが言います。

アシナガバチとスズメバチの違いは、巣を見れば明らかです。しかし、本当に『キイロアシナガバチ』といえるかどうかは、あやしいです。別の名前の亜種がいますが、源治さんには区別が付きません。

「キイロスズメバチは攻撃的だが、こいつは比較的おとなしい。良かったな。まだ、小型の巣だ。」と源治さんが言います。

「どうする? 確かに、みだりに近づかなければ危険はない。」

「駆除しましょう!危険よ!」と言う孤島敦子さんです。

「うーん。子供は何するかわかんないからなあ。」と言う主人です。

「わかりました。明日にでも業者に来て頂きましょう。」と、郡山さんは答えました。

「そんなことしなくても、枝でたたき落として、パーと逃げれば大丈夫だよ。」と言う源治さんです。

「完全装備の敦子がいる。少し離れての殺虫剤を吹っかければいいんだ。」との勝夫さんの言葉に、全員の目が完全防備の孤島敦子さんに向きます。

「えー、私がやるんですか!?」

「何のために、養蜂帽を買ったんだ。結構な値段だったの知っているぞ。」

「あなた、私を殺す気なの!」

ハチでそこまではないと思いますが・・

「まあまあ、殺虫剤はどうするんですか。」と取り直す堂島直美さんです。

「ハエ・カ用ならありますよ。確か、車に積んできたはずです。」と言う主人です。

「それで、十分だ。ハチにも効くよ。」という源治さんです。

「問題は高さだなあ。本当は水平やや上から吹き付けるのがいいだけど。」と言う勝夫さんです。

「台が居るわね。どこかにないかしら。」言う堂島直美さんです。

「低いけどカメラ用の脚立があります。」と主人が答えます。

「ネコ型ロボットみたい。ほんとに、あなたは、いろいろ、持っているのね。」と感心する私です。


 結局、主人がショールで顔を覆った姿でやることになりました。完全防備の孤島敦子さんが、一番遠くでみています。私と子供は、どのようにするのが興味津々で主人の近く見ています。なまじ離れるより、主人の側でいる方が安全な気がするのが不思議です。

 主人が巣に向かって殺虫剤を吹き付けると、蜂の飛行が乱れパタパタと墜ちてゆきました。主人の方に2、3匹ほど飛んできましたが、軽く払いのけるとそのまま地面おちました。後は、長い棒で巣を落とすだけです。さらに、念のために、足で踏みつけてゆきます。

「はい、これで大丈夫ですよ。」

「ありがとうございました。」

「へぇ、おまえさんも、女伊達らに、やるじゃねぇか。怖くなねぇのか。」と、やや離れて見ていた堂島源治さんが言いました。半ズボンで膝むき出しなのでハチから逃げているのはわかりますが、離れ過ぎな気がします。

「敦子さんと違って、蜂はあんまり怖く無いですからね。」

 主人は「女伊達ら」と言う言葉に少しカチンと来ていましたが、笑顔で片付けていました。そして、孤島敦子さんの信頼がさらに厚くなったようです。


 次は、宿泊施設と調理設備です。まずは宿泊施設です。宿泊施設は利用者が結構います。綺麗に掃除が行き届いていました。

「使用後は、自分で掃除をして頂く用にお願いしているんです。それでも不十分なので臭に1度は業者にお願いしています。」

「なるほどな。これなら問題無いなあ。」という源治さんです。

「季節もいいし、こんなものでいいだろう。」

「山って、意外に冷えませんか。」と言う金原先生です。

「それはそうだが、その場合は、ちょいと、重ね着をするんだ。どうせ、着の身着のままで寝るんだし・・」

「えー、寝間着に着替えないんですか。」

「山とはそんなものだよ。いちいち、寝間着に着替えるのに裸になっていたら風邪をひいてしまうだろう。」

「そう言えば、テントだから、着替える場所がないなあ。お知らせに書かないといけない。徹底させるのがめんどくさいなあ。連絡網で伝えるかあ・・・」

 そう言いながらぶつぶつと考え込む主人です。

「こいつは、ほっといて、調理場にいきましょう。」と私が言いました。

さあ、割烹着姿の孤島幸子さんの出番です。


しかし、調理設備はあまり使われていません。特に冷蔵庫は稼働していませんでした。ほこりも積もっています。

「うわぁ、何ですか。これは!」

稼働していなかった冷蔵庫の扉を開けたとたんに、中からかび臭い匂いがしました。

「すみせんねぇ。」

「まあ、いいですわ。冷蔵庫の掃除からはじめればいいことです。敦子さん、手伝ってくれるかしら。」

「わかりました。」としぶしぶ答える孤島敦子さんです。

「孤島のお母様、私も手伝います。調理台も掃除しないとだめでしょう。」という堂島さんです。

「こんなことだと思って、消毒液や雑巾を持ってきたの。バケツはあるかしら?」

「カビの殺菌には塩素系の漂白剤ですね。エタノールはだめですよ。調理台の殺菌とかにエタノールが使えます。手が荒れるなあ。ゴム手袋はありますか。2人前ならあるんですが・・」と主人が口を挟みます。

「助かるわ。自分のものしか無かったの。」

「あなた、本当になんでも持っているのねぇ。それに、何なのその雑学は・・」とジト目の私です。

「途中で頓挫しちゃったけど。会社で殺菌剤の研究していたことがあるんだ。ちょっと、車に取りに行ってくるよ。」

「おれも行くよ。お母さん、消毒液や雑巾はあの段ボールだな。」と勝夫さんです。

「その通りよ。勝夫さん、頼みます。」

「さてと、冷蔵庫の棚を外すか。金原先生、手伝って下さい。」という主人です。

「あ、は、はい。」

 洗剤でごしごしと洗った後は、水で流して、雑巾がけで乾燥させて、終了です。

「ありがとうございました。まだ、消毒が残っているけど。あとは、私達でやっておきます。」

「そうですか。我々は、バーベキュー設備を見に行きます。」

 そう言って、女3人を残して移動しました。


「ここがバーベキュー施設かあ。」という主人です。

「側溝方式ですね。最近は、もっと、ちゃんとしたものをつくるのが多いけど。」と言う勝夫さんです。

「すみませんねぇ。予算の関係で・・」

「鉄板と金網はこれですか。これも、手作り感が満載だ。」

「味があるじゃねぇか。まあ、問題無い。」と源治さんは取り直しています。

「今は、河原で石組みコンロを作らないんですか。」と主人が源治さんに尋ねました。

「いつの時代の話だ。そんなものやらないよ。まあ、バーベキューの道具が無いとできないと思い込んでいるやつがほとんどだけどな。」

「そうなんですか。それは問題だな。源治さんはできるんですか。」

「ああ、できるよ。」と源治さんが答えます。

「じゃあ作ってください。確か、河原がありましたよね。」

「いいのかよ。」

「ちょっと待ってください。河原でそんなことをしては困りますよ。火を扱うのはここだけにしてください。」と、自然センター職員の郡山勝治が困った顔でいいました。

「教育のためです。ひとつ、作ってみせるだけでいいです。あとは、崩して元通りにしますから・・」


 ここは川原です。丸い石がごろごろと転がっています。金網に、炭とバーベキューの道具を運んできました。

「おお、ここか。」

「さっそく、やりましょうか。」

 源治さんはさっそく石を拾い集めます。勝夫さんに命じて・・・自分でやらんかい!

「ごはんはどうしましょう。」

「炊いてみないと、どれだけ時間がかかるかわかんないよな。うちの子にやらせます。おい、おまえら、ママと一緒に米をといでこい。」

「はあい。」

 石を組み合わせて、天然のかまどを作ります。低い石の壁を作り、丸く囲って網をのせます。さらに、高い石の壁を作りその上に鉄の棒を渡して飯ごう用のかまどのできあがりです。石の組み合わせに妙かあるようです。

「へぇ、こりゃ。難しいな。」

 同じ物を作ろうして、主人は失敗していました。すぐに崩れてしまうのです。さすがの主人でも難しいようです。

「後はここに炭や薪を放り込んで火をつけたらしまいだが・・できるか?」

「いえ、初めてなんで・・」

「そうか。まず、紙や着火剤に火を付けるんだ。そして、うちわで仰ぐんだ。火ふき棒があればそれでもいいぞ。」

「なるほど。」

「ああ、そんな積み方はだめだ。」

「え?これじゃだめなんですか。」

「空気がよく通るようにしないとな。こう積み上げるんだよ。」

「ほうほう、なるほどねぇ。奥が深いなあ。あいつらできるかな。」

 炭の積み上げ方を変えて、うちわで仰いでいると火がおこってきました。

「よしよし、その調子だ。うまくいかないやつには、火の着いた炭を分けてやるといいよ。」

「そうですね。当日はそうしましょう。」

 炭は全体が赤くなってきました。

「熱いですね。もう、十分じゃないですか。」

「そうですね。あつら、おそいなあ。」

「薪も加えたらどうだ。」

「そうします。」

 薪にはすぐに火が着きません。ちょいと時間がかかるようです。それを眺めていた主人がいいました。

「あっそうだ。この間に、金原先生、孤島勝雄と堂島源治さんは、自然観察の下見に行ってくれますか?」

「それもそうだな。」

「郡山さん、たのみます。」

「こっちです。ここの河原に魚もいますが、ちょっと上流の沢に行かないとだめなんです。」

「なるほど。」

 そう言いながら、金原先生、孤島勝雄、堂島源治と郡山勝治さんの4人は川沿いに森に入ってゆきました。


 そうこうしていると、孤島幸子、孤島敦子と堂島直美さんがやってきました。なんだかご機嫌です。

「敦子さんは、力が強いわね。助かった。」

「子供抱いたりして、鍛えますからね。お母様こそ。さすがですね。手が早いですわ。」

「堂島さんもさすがですね。あんな掃除の仕方は知らなかったわ。」

「え?あれって、TVの『家事の裏技』ですよね。」言う敦子さんです。

「ええ、実はそうなんです。」と言う堂島さんです。

「へえー、そんな番組があるの。」

「日曜日の8時からですわ。」

「ああ、その時間は、勝夫さんが野球を見ている時間ね。」

「そうなんですよ。仕方が無いので私はキッチンの小型テレビでみてますけど。」

「それは、もったいないわ。勝夫に言って、『家事の裏技』に変えさせましょう。うん、あんな物を見ているよりよっぽどためになるわ。」

「それはそうですけど・・・・」

 幸子さんと敦子さんは、姑と嫁の仲でお互いに喧嘩ばかりしていましたが、掃除をきっかけに嫁さんと仲がよくなったようです。


「お疲れ様でした。」と主人が声をかけます。

「いやあ。二人とも大活躍でした。これで前日の準備の目処がたちましたわ。」

「よろしくおねがいしますね。僕も立ち会いますから・」と言う主人です。

「私もいきます。」と直美さんが言います。

 直美さんは、仲の良い敦子さんをいつも助けています。

「ところで、敦子さん、あのスポンジみたいな白いのはどうやって手入れるの。よく落ちるわ。すごいわね。」

「どこでも売っていますよ。スーパーとかホームセンターとか。どこでも売っていますよ。日下部さん、そうですよね。」

「ああ、ウレタンスポンジですか。ホームセンターなら安いですよ。」という主人です。

「そうなの。今度、ホームセンターへ連れてって。」

「いいですよ。勝夫さんと一緒にいきましょう。」と言う敦子さんです。

「うちの人と行っても、工具コーナーばかりなのよ。」

「勝夫さんも同じですよ。男は好きなんですよ。」

「僕はキッチンコーナーが好きですけど。新しい調理道具が気になってね。『どんだけ使うんだ』と奥さんに怒られています。」

「いや、私だって同じですよ。あれがあれば、おしいしいものができると思うんですがもったいなくて・・」

「そうよね。ついつい、家計のことを考えてしまうと・・女はやっぱり損ですわ。」

(その・・僕は男ですけど・・・)

 かしましく、女3人がしゃべるのを1人聞く男の主人でした。


 そうこうするうちに、私と子供が戻って来ました。

「パパ!米、洗ってきたでぇ。」と智勇サトルが飯ごうを持って言いました。

「計量カップがあったから、水も計ってきたわ。食器も持ってきたわ。」と言う私です。

「よし、火に掛けよう。」

「えーと、30分間つけて、煮立ってから14分だったな。」

「そうそう、蒸らし7分だよ。」

「あらら、タイマーがないわね。」という私です。

「あるよ。」と主人が答えます。

「・・・ホントに何でも持っているのね。」とジト目でみる私です。

「まあ、まずはカレーから始めようか。煮込んでいると30分ぐらい立つから・・」という主人です。

「日下部さん、こちらの鍋の湯が沸いたみたいですわ。」と、鍋を見ていた堂島直美さんがいいました。

「よし、そこのアイスボックスから野菜をだしてくれ。」と主人が言います。

 アイスボックスから野菜を取り出した、孤児幸子さんがいいまた。

「これですか。あら、ちゃんと切ってありますね。しかも、火が通っているんじゃないの。」

「今日はバーベキューもやるんで、スピード重視で用意しました。電子レンジで半煮えにしてあります。」

「当日は、大きく切っておきますね。ゆっくり煮込むのも楽しみのひとつですからね。」と言う幸子さんです。

「そうそう、意外と失敗して、半煮えでもおいしいものよ。」と笑って言う敦子さんです、

 すぐに鍋はぐつぐつと煮え始めます。

一方、フライパンに主人は油を引きました。そして、タマネギを炒めます。タマネギは火を通してあり、あっという間にきつね色になりました。ついで、そこに肉を入れて炒めます。それを鍋に入れると残りの油を利用してカレー粉を炒め始めました。

「カレー粉を炒めるんですか。」

「こうすると香りが良いんだよ。」

「本格的ですね。」

「カレールーも使うよ。使わないと肉のうまみがで足らないからね。」

 これを入れて、さらにカレールーを入れるとほぼカレーは完成です。後はじっくりと煮込むだけです。

「普通、ここでひとつ隠し味を入れるのよね。」と言う私です。

「今日は何もしません。でも、当日は班ごとに何を入れるか決めてもらいます。そして、何がおいしいかコンテストをするんですよ。」という主人です。

「コンテスト?!林間学校にですか。」と驚く孤島幸子さんです。

「題して、カレー隠し味コンテスト!」と胸を張って言う孤島敦子さんです。

「日下部さんのアイデアなんです。おもしろいでしょ。結構、各班で何を入れるか議論して楽しかったみたいですよ。」と堂島直美さんが解説します。

「参加率が上がったんですよ。何しろ、みんな結果が知りたいからいろいろ話題になったんですよ。親の興味や感心も大きくなったみたいですよ。」と言う敦子さんです。

「なるほどねえ。」

「おい、ご飯はどうだ。」

「沸騰してきたでぇ。」と言うミノルです。

「これで、後、14分やな。」と言う由縁ユカリです。

「普通、電気炊飯器任せでしょ。この子達は、よく知っていますね。」と感心する幸子さんです。

「ウチは鍋で炊いているんで、慣れているんです。」と言う私です。

「よし、これで男連中が帰ってきたら、バーベキューをやるか。」

「この網をこちらにおいたらいいかしら・・」

「そうだ。」


ここは森林の中です。堂島源治さんと孤島勝夫さんが生き生きとしています。

「クヌギやコナラの木がいっぱいあるな。」

「おっ、樹液がででいるぞ。」

「おっと、カブトムシだ。こいつは喜ぶぞ。」

 二人の会話を聞いて郡山さんは自慢げにいいます。

「そうでしょう。大人の腰の位置にわざとキズをつけてあるんですよ。」

「なるほどな。それはスゴイな。」

「よし、当日は、おれが特製樹液を造ってこよう。翌日にはわんさか集まっているぞ。」と言う源治さんです。さすがにこんな知識は豊富です。

「それいいですね。ついでに作り方を伝授すると喜びますよ。」と言う金原先生です。

「いいねぇ。それをやろう。」と勝夫さんも賛同します。

「えーとだな。あった。あの石がいいかな。たぶん!」と源治さんが石を指さしました。勝夫さんが石に近寄り、それを持ち上げます。

「おっ、いましたよ。」

 そこには沢山の足をもった虫が!気持ち悪いと思うのですが、二人は逆に喜んでいます。

「ゲジゲジですね。ムカデもいるぞ。」

「孤島君、あの木の根元はどうだ。」とまた源治さんが指さしました。

「あれですか。確かにいそうですね。こいつで突っついてみましょうか。」

 そう言いながら、勝夫さんが拾った小枝で木の根元を突っつくと・・

「おっと、やっぱりいましたよ。」

「蛇じゃないですか。危なくないですか。」と金原さんは心配そうです。

「大丈夫だよ。こいつは無毒の蛇だ。」と言う源治さんです。

「このあたりには毒蛇はいませんから、安心して下さい。」と郡山さんが補足します。

「おっと、キノコもあるぞ。食べられるかな。」と言う勝夫さんです。

「そいつは大丈夫だ。持ち帰ろう。」という源治さんです。

「お二人とも見つけるのが上手ですね。」と感心する郡山さんです。

「子供ために置いておいたらどうですか。」と言う金原先生です。

「いや、これだけ笠の開いたやつは間もなく枯れちまうよ。」という勝夫さんです。

「うん、一週間も持たないな。今、食べた方がいい。」

「いはや、ここは自然の宝庫だな。いろいろあるぞ。」

「おい!あれはミツバチじゃねぇか。」

「ヒャッホー!蜂蜜だぜ。」

「はは、楽しいな。最高だ。」

 なんだか本人が喜んでいるようです。子供はそっちのけです。林間学校はどこへいったのでしょうか。


「うん?匂いがしてきたな。」と勝夫さんが言います。

「ご飯の用意ができたんじゃねぇか。」という源治さんです。

「そのようですね。そろそろ、もどりましょうか。」という金原先生です。

「良い頃合いですね。」と言う郡山さんです。

 そのときです。ガザガザと不気味な音がしました。そして、バブバフという鼻息の音が!

「おい!今の音は何だ。」という源治さんです。

「何かしましたか?」という金原先生です。

「せ、先生、そこにいるの・・」と言う郡山さんです。

「え?」

 その声に驚いて、金原先生は藪に倒れ込みます。ギャフと言う大きな音がしました。

「わお!なんだこれは!!」と叫ぶ金原先生です。

「何だこれは!!へぇーー、い、いぃーイノシシだ!」と叫ぶ勝夫さんです。

 ドンという音ともに、金原先生の腹に突っ込むイノシシ!源治さんはその場で尻餅です。勝夫さんは、藪に分け入り逃げ出しました。これが不味かったのです。唯一の動く物にイノシシは狙いを定め、突進し始めまた。さらに、不味いことに、山岳部出身の勝夫さんは、山道を駆け抜けるのも得意だったので、イノシシは追いつけません。そこで、ますます、いきり立って勝夫さんを追いかけることになりました。


「パパ、あっちでなんか騒いでいるでぇ。」

「何かしら・・あら、勝夫さんみたいね。」と言う敦子さんです。

「えらい、慌てているわね。どうしたのかしら・・」と目を細める直美さんです。

「うーん・・・何だろう。何かに追いかけ・・」と言う私です。

「ありゃ、イノシシじゃないの!」と言う幸子さんです。

「うそ!」と思わず箸を落とす敦子さんです。

「こっちに来るでぇ!」と言う智勇サトルです。

「やばいなぁ。」と言いつつ河原の石を握りしめる主人でした。

「大変!」と言う私です。

「きぁーーー。どうして、こっちへ来るのよ!」

 ここは、女ばかりです。堂島直美さんと孤島敦子さんはお互いに抱きしめあい。私は主人の後ろに隠れるようにして見つめているばかりです。勝夫さんは必死で逃げています。


 そのときです。主人がずいっと前に出ました。正確には私が思わず体を預けたので、追突されたように前に出ただけですが・・・

「わぉ・やめろよ。何すんだ! 千香!」

「パパ、なんとかして!」

「父ちゃん!」

「う・・・えーい。」


 主人が石を手に持ったまま前にでました。そして、足を大きく踏み出し、腕を大きく振り上げます。ウィンドミルです。

「勝夫さん、どいて!避けて!」

 そう言いながら、腕を振り落としました。主人が投げる一握り小石は、一直線に勝夫さんのもとへ飛んでいきます。

「え?? 何?」

 石が勝夫さんに当たろうとした瞬間、勝夫さんの姿が消えました。石はそこを素通りして、一直線にイノシシの頭に!コーン!という澄んだ音とギャウンいう鳴き声青空に響きます。ざわざわという石が飛び跳ね音・・・とその後の静寂。


「え?・・・ウソ!」


 ざわざわという音ともに、孤島源治さんと、それをささえる金原先生がでてきました。そして、郡山さんも腰をさすりながら出てきました。


「あれは、何だ!」と言う源治さんです。


 広い川原です。一人の黒い服の美女にしがみつく女4人と子供3人。その数メートル前にうつぶせの男。さらに、数メートル離れて小山がひとつ。


「どうなった。」という金原先生です。

「あれは・・イノシシじゃねぇか。」と驚く源治さんです。

「何があったんだ!」と首をひねる郡山さんです。


 その声に我に返り、男達の元に走り寄る女達です。


「勝夫さん! 大丈夫?」

敦子さんは、そう言いながら勝夫さんをやさしく抱き起こし、土を払いました。

「勝夫、しっかりおし!」

幸子さんは手ぬぐいで勝夫さんの顔を拭きます。

「ああ、ひどいめにあった。」

「お父さん。大丈夫?」と言いながら源治さんの足の傷にハンカチをあてる直美さんです。


「一体、何がどうなったのですか。」という郡山さんです。

「日下部さんが、イノシシを倒したのよ!」と言う堂島敦子さんです。

「どうやって!?」という金原先生です。

「石をあいつに投げつけたのよ。」という直美さんです。

「ホントですか。」と言う郡山さんです。


「パパ、鍋吹いとるでぇ。」と言うミノルです。

「わあ、カレーが焦げる!」と、主人は鍋に走り寄ります。

「あらら、大変だわ。」という私です。

「ははは。」と笑う源治さんです。

「まあ、ともかく、食おう!」という勝夫さんです。

「ああ、腹減ったな。」

「飯だ。飯だ。」

「カレーができたでぇ」と智勇サトルが言います。

「おお、よそってくれるか。」という勝夫さんです。

「肉も焼けてきたわよ。」という敦子さんです。

「この皿に頼む。」と勝夫さんが皿を出します。

「おっ、旨そうだな。ビールはあるか。」という源治さんです。

「もちろんあります。」という主人です。

「いつのまに・・・ホントにあんたは!運転どうするの。」という私です。

「大丈夫です。これありますから・・」と言って、ノンアルコールビールを出す主人です。

「わはは、さすがだ!」と言う源治さんです。

「いいわね。私にもそっちを頂戴!アルコールに弱いから。」という直美さんです。

「いいですよ。こっちも結構ありますから・・」と主人が笑って答えます。


 折りたたみのテーブルが出されて紙皿が並びました。食事が始まりました。肉の焼けるいい匂いがします。カレーもいい匂いです。小山はいつの間にかに消えていました。


「あれ?イノシシがいねぇぞ。」という源治さんです。

「あいつ死んだじゃなかったんだ。」という金原先生です。

「しまった!猪鍋を食い損ねた。」という勝夫さんです。

「あれを食べる気なの?かわいそうよ。」という敦子さんです。

「冗談だよ。まあ、解体ができねぇからな。無理だけど。」

「そうだな。わしも、そこまではワイルドじゃないからな。」という源治さんです。

「おお、このキノコうめぇな。さすが、孤島さんですね。」という郡山さんです。

「敦子、これは、俺がみつけんだぜ。」という勝夫さんです。

「へぇ、あなたもやるのね。ねぇ、お母様。」

「おまえら、肉ばかり食うな。野菜も食え。」という主人です。

由縁ユカリちゃん、野菜も食わねぇと、お父さんみたいに美人になれないぞ。」と言う金原先生です。

「あのそこは、お母さんと言って下さい。」と言う私です。

「ははは。」と大笑いの源治さんです。


 日が傾き、空があかね色に染まる頃、宴会は終了しました。


 さあ、明日は林間学校です。

「パパは?」と由縁ユカリが聞きました。

「パパは、料理学校のみんなと宴会よ。」と私は答えました。

「えー、なんでぇ。」という由縁ユカリです。

「だって、今日はあんたらのために下ごしらえに行ったのよ。ボンティアだからご苦労さん会をしないといけないと言っていたわ。」

「まあ、飲み会やな。パパは好きだから・・」という智勇サトルです。

「えー?明日の服を見てもらおうと思ったのに・・」としょげる由縁ユカリです。

「昨日、見せたのじゃなったの。」と言う私です。

「だめよ。林間のシオリに間違いがあったと言って騒いでそれどころじゃなかった。」

「・・・まあ、しゃないわね。本番の楽しみにしておきなさい。今夜は遅くなるから先に寝ときなさい。」


 さて、林間学校に行く服はみんな決まったのでしょうか。新しいリュックはいい匂いがします。新品の靴下もあります。お菓子も買いました。林間学校のシオリを呼んで持ち物をチェックします。もうすぐです。期待で胸を一杯にして、眠りにつきます。


 以上で林間学校の話は終わりです。肝心の林間学校の当日の話が無いって? その通りです。主人公は子供ではありません。子供が林間学校を楽しめるように親たちいかに苦労したかとい話ですから・・

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