林間学校
登場人物
日下部拓也48 PTA書記
日下部千香44、
智勇と由縁8、実7
芳川社長 68 スーパーヨシカワ社長
芳川薫 46 100円ショップ、PTA会長
海児祐子 45 主婦 PTA副会長
春日井康友 45 旅行会社 新瞳支店長
孤島敦子 31 PTA会計
孤島勝夫 33 敦子の夫
孤島洋樹 8 敦子の息子
孤島幸子 53 敦子の姑
堂島直美 30 PTA書記
堂島洋二 30 直美の夫
堂島香 8 直美の娘 (主人公の子供の同級生)
堂島治貴 10 直美の息子
堂島良美 58 直美の姑(義理の母)
堂島源治 63 直美の舅(義理の父)
夜です。主人が多量の書類を抱えて帰ってきました。まともなスーツ姿で夜に出かけるなんてめずらしいと思えばこれです。そして、いつものくつろぎ着に着替えて、テーブルの上に書類を広げて真剣な顔でにらんでいます。
「おう。すごい量の書類ねえ。どうしたの?」
「PTAの役員になったからね。林間学校の仕事を頼まれたんだよ。」
「ふむふむ。わあ、大変ねえ。がんばってね。」
「それだけかい!・・・まあ、いいか。」
私はぼんやりとたくさんの書類を眺めていましたが、その中で『林間学校のお知らせ』という書類を見つけてびっくりしました。
「え? これ何!保護者から集金って、これ何よ!」
「どうした?」
「林間学校っていうのはもっと安いものでしょ。修学旅行じゃあるまいし。なんでこんだけかかるのよ。うちは、この掛ける3なのよ。一体どうする気?!」
「おう、なるほどね。高いなあ。ちょっと調べてみるか。まずは、薰に電話してみよう。」
芳川薫、46才は、PTAの会長です。PTAの書記である主人は、本来は上司という立場のはずですが、主人にとっては年下の遊び友達です。
「おう。たっちゃんか。ちょうどののどが渇いたところだ。どこへ集合だ。」
「違うよ。飲み会の誘いじゃないってば。林間学校の保護者集金が高い。どうしてだ?」
「それかあ。ユウカプランニングの支払いのせいだよ。ほとんどはそこだ。施設は公共の施設でそうかかんねぇけどよ。そこに、いろいろと雑用たのんでんだ。しかし、自分でやるのは大変だぞ。」
「ふん・・なるほどなあ。しかし、それって、業者に丸投げしてるからじゃねぇか。癒着してんじゃないの。変えていいか。」
「ユウカプランニングを変えるのか。まあ、いいだろ。地元のヤツじゃねえしな。第一、市教員組合のお勧めというのが気にくわねえ。協力するが後は大変だぞ。」
「なんか。おまえ、知らないうちに変な対立攻勢に巻き込んでないか?」
「ははは、気のせいだよ。」
(やってみるか。しかし、調査が大変だよな。)
「どっかに、代わりの業者しらないか。イベントや広告の会社、旅行会社とかがいい。」
「うーん、そうだな。商店街に旅行会社の支店があったろ。」
「ああ、あるな。使ったことないけど。」
「同じ商店街なんだから、ちったあ、使えよ。確か、やすべぇが、あそこで結構偉くなっているはずだ。電話しておいてやるよ。」
「やすべぇがねぇ。まあ、頼むよ。急ぐんだよ。ユウカプラニングの見積もり資料をFAXするから、やすべぇに見せてくれ。どこをどう削れば安くなるか。暴利を貪ってないか。一度、調べてほしい。」
「おお、なるほど。同業者ならばそのあたりがわかるか。了解した。FAXしろ。」
こうして、商店街の旅行会社に見積もりを依頼することになりました。
ここは、新瞳商店街の大手旅行会社のロビーです。とは言っても、小さな支店であり、あまり大きくはありません。数名の社員がいますが客もなく暇そうにしています。そこへ色っぽい女性が入ってきました。なかなかの美人ですが、どうも夜のお仕事ぽいです。
「いらっしゃいませ。旅行のご相談ですか。」
「すみません。やすべぇ・・もとい、春日井康友さんいますか。」
「支店長ですか。失礼ですがお名前を頂戴できますか。」
やや、年配の女性社員が聞きました。
「はい。日下部美希といいます。」と、その女性がにっこりとほほえんで答えます。
「ちょっと、お待ちください。あなたは、お茶をだして・・」
程なく、春日井康友支店長が出てきます。支店長は女性を見て怪訝な顔をしています。
「えーと、日下部美希さんでしょうか。」
「はい、そうです。」
「ここでは何ですし、応接室に来ていただきませんか。」
「わかりました。」
美人と支店長が応接室消えました。
「ヒェー、あれは支店長の女か?」と言って男性社員が小指を立てています。
「あんた、こないだ見積もりを頼まれていたわね。確か、顧客名は『日下部様』じゃなかったの。」
「えー、どういう関係なのかしら。」
「バーの親睦会じゃないのか。」
「あの人が母親でPTAの役員? 世の中わからないわね。」
また、主人はあらぬ誤解を受けているようです。まあ、確信犯ですけど。
ここは、応接室です。支店長の春日井康友と美人の主人が応接室に座っています。主人はややセクシーな出で立ちで、黒パンストの膝をそろえて座っています。春日井康友はやや困惑した顔で声を掛けました。
「ホントに、タクにぃか?」
「ああ、日下部拓也だ。」と言って、伝家の宝刀の運転免許証を見せます。
「ホントだ。いやぁ、噂で女になったと聞いていたが・・・見違えたぞ。」
「それはもういい。早く本題に入れ!」
「わかったよ。」
春日井康友は、書類を整理しながら、ニヤニヤしつつ主人を見ています。男のスケベェ心をそそるような格好をするくせに、主人は男のいやらしい目つきが嫌いなのです。やすぺぇの好奇の目にいやな顔をしています。
「おまえなあ。俺とツーショットを上司と家族に送るぞ。セクハラしているかのようにしてな。」
「・・・」と、春日井康友はきょとんとした顔をしています。
「なめんなよ。実績もある。金原もこれで堕とした。早くしろ。」
「・・そんなことしてんのか。恐ろしいやつだ。わかったよ。結論から言うと不正はなかった。まあ、良心的なほうだな。」
「何?!じゃあ、どこに頼んでもこんだけかかるのか。」
「ああ、ウチだったらもっととるな。ウチは大手だから、ここが頼んでいるような零細業者は使えない。」
「なるほどな。どうするかな。なんか、安くする手はないか。」と、眉を寄せて考え込みます。
「あるさ。ユウカプランニングに頼まなきゃいいんだ。」と笑顔で言います。
「えー、でも、おまえところに頼んだところで安くならないといったじゃないか。」
「違うよ。大体、ここに頼りすぎなんだよ。おんぶにだっこだ。これじゃあ金がかかるわけだ。自分たちでやれば金がかからなくなるんだ。」
「そうか。なるほどな。」
「例えば、写真代だ。プロに頼んでいるだろうけど。いまどき、カメラの持ってない親はいないだろう。PTAのなかのだれかに頼んでもいい。」
「それはそうだな。」
「こちらの見積もりを詳細な説明付きでやるから、検討してみろ。」
「わかった。」
こうして、主人は旅行会社を後にしました。
ここは、我が家です。そこには、孤島敦子さんと堂島直美さんがしぶしぶという顔で来ています。レクレーション委員に任命され、副会長の命令とあらば仕方がありません。向かいに座るのはスーツ姿の主人です。私はお茶出しです。たくさんの書類を広げて主人は言いました。
「・・という訳で、みんな集まって頂いた。さあ、アイデアを出せ!」
「何をいきなり、無茶振りしないでください。」と言う孤島さんです。
「無茶ぶりされているのはこっちだ。なんか、良い方法ないだろうか。考えてよ。いきなり、3人分の出費だ。家計が破綻する。」
「その理由は、個人的すぎませんか。」と堂島さんが突っ込んできました。
「ち、違うぞ。だからだな。貧しい家庭の方でも参加しやすい林間学校にして、子供が寂しい思いをしないようにするんだよ。」と、主人は苦笑いをしています。
「つまり、高すぎるので安くするにはどうするかということですか。」と言う孤島さんです。
「そもそもこれって、普通ですよ。上の子のときもこんなものでした。」と言う堂島さんです。
「業者に丸投げしているから楽で良いのに・・」と孤島さんが小声でいいます。
「そんなことをしているからマンネリ化するんだ。ほら、この欠席率を見てみろ。理由はさまざまだが、毎年少しずつ上がっているだろ。これは値段だけではない。面白くなくなっている証拠だ。」
「欠席率? 休んで良いのですか。参加は絶対と思っていたわ。」と、驚く堂島さんです。
「ああ、やむえない理由があればよいことになっている。見ろよ。2割近くになっているこれは異常だとおもわないか。子供達に聞いてみたが、同じことの繰り返しでつまらんとのことだ。」
「兄弟がいるから上から下へ情報が伝わるのね。」と堂島さんが頷いています。
「でもな。本来、こいつらは、3年生だから初めてのはずなんだ。参加する前から面白くないということは、ありえないんだよ。よほど、内容が陳腐で興味を示さないか、悪いウワサが伝わっているんだよ。」
「業者を変えてみたらどうですか。」
「確かに、いろいろ面白いことをやる業者はあるので、それもひとつの手だ。しかし、それをするには、余計な金がかかる上に、あたりはずれがある。それじゃあだめなんだ。こうなんと言おうか。手作り感、親たちで自ら作った林間学校でなとだめなんだよ。学校に言われてお着せのプログラムで参加するからつまんないんだよ。」
なかなか、高尚なことを言っていますが、本音はボランティアです。ボランティアで無ければ安くならないのです。主人は言葉巧みにそちらに誘導してゆきます。策士です。
「既成のプログラムでなく自分で考えたプログラムだからこそ燃えるんだよ。」
「そんなのめんどくさいだけですよ。」と言う孤島さんです。
「それに、会合を設けるだけでも大変なんですよ。無理です。その上、会合でアイデアだしたら自分がやることになるに決まっています。だれも手を上げませんよ。」と言う堂島さんです。
「そうだよなあ。多分そうなるだろうな。」
みんな黙り込んでしまいました。
会議が煮詰まったので、お茶出しの私が介入しました。
「一度にやろうせずにひとつひとつかたずけていきましょうよ。一番の問題点は何?何が足りないの。」という私です。
「指導者だな。裏方の作業はどうにでもなる。テント張り方とか飯ごう炊飯とかを教える人がいるんだ。ここをプロに頼まざる得ないから、丸投げになっちまうんだ。」という主人です。
「それって、アウトドアよねえ。そんなの好きな人どこでも転がっているような気がするわ。カーキャピングとか流行っているじゃない。」と私が答えます。
「そうなんだよなあ。じゃ、これはどうだ。アウトドアに強い人を知らないか。」
「誰かしらん?」と言って堂島さんは顔を見合わせます。
「商店街のスポーツ店はどうなんです? 日下部さんは、商店街に知り合いが多いんでしょ。」と孤島さんは言います。
「それは、いいわね。宣伝にもなるし、喜んでしてくれるんじゃないの。」
「やったよ。三日も店を開けられないというんだ。それに競技用の用品が中心で、山岳用品は得意でないんだ。最近、熱心な客がからの問い合わせがあるんで、せいぜい、消耗品を中心に取り寄せ始めただけなんだとよ。」
「その熱心な客というのはだめなんですか。」
「うーん。じゃ、聞いてみるか。あそこは、同級生でもないし苦手なんだけど。」
そう言って、電話をする主人です。行動が早いです。
「すみません。先日、お伺いしました。日下部ですけど。」
「ああ、あんたか。いくら商店街のたのみだと言っても、できないと言ったろう。ウチは球技用品が専門だ。ほとんど、わかんねえ。」と面倒くさそうに言うスポーツ店のおじさんです。
「ええ、それはわかっています。ちっょと、お願いがあるんですが、山岳用品を求めてくるお客さんがいると言っていましたよね。名前を聞いたことなかったでしょうか。」
「コジマとか言っていたな。あれからこねぇぞ。梅田か難波にいったんじゃねぇか。あそこなら専門店があるからな。」
「ん・・コジマ?どっかで聞いた名前だな。」
「あっ!きっとそれは、うちの主人です。」と孤島敦子さんが叫びます。
「えー?」と驚いた主人は、孤島さんを見ました。
「どうかしましたか?」というスポーツ店のおじさんです。
「あっ、なんでもありません。解決しました。ありがとうございました。」
そう言って、主人は電話を切りました。
電話を切って、改めて孤島さんに尋ねます。
「孤島さん、ご主人は山歩きやっているの。」
「先日、商店街のスポーツ店に行って、碌な品揃えをしてないとかぼやいていました。」
「装備品のことを聞くなんて、なんかハイキングじゃなくて本格的山岳登山みたいだな。」
「そう言えば主人は、大学時代は山岳部出身でした。結婚以来、行っていませんが山の写真をいくつか見せてもらいました。でも、あの人無口なうえに、私は興味がなくて・・」
(なんて、言いぐさだ。旦那の趣味に興味がないのか。よく夫婦関係が続いているな。姑さんとうまくいかないのはそのあたりに問題があるんじゃないかな。)
「大学生の山岳部か。テントの張り方やロープ扱いは得意だな。ちょっと会って見たい。お願いできますか。」
「まあ、主人なら今日は家でゴロゴロしているはずですから呼びましょうか。」
30分ほどして、孤島さんの旦那さんの孤島勝夫がやってきました。でっぷりとしたお腹の人です。とても山岳部出身だとは思えません。
「敦子さん、なんだい。」
「あなた。ごめんなさいね。ちょっと、この人があなたに会いたいというものだから。」
孤島さんは玄関で旦那さんを迎えてそう言いました。
美人の主人がニコリと挨拶をします。
「初めまして、日下部美希というものです。PTAの書記をやっていまして奥さんにはお世話になっています。」
「ああ、あなたが・・・日下部さんですか。こちらこそ妻がご迷惑をお掛けしています。」
孤島勝夫はびっくりした顔をしています。PTAの会合であり、副会長の命令で、日下部さんのところの家にいくとは聞いていました。そして、主人のことは孤児敦子さんより年上と聞いていたのです。ところが、思いの外の若々しく美人であることに驚いていたのです。
主人はメンバーの紹介を始めました。
「こちらか、つ・・、義理の妹の日下部千香です。そして、こちらが同じくPTAの役員をしてもらっている堂島直美さんです。」
「初めまして、千香です。」
「堂島です。奥さんと親しくしてもらっています。」
主人はにこにこして、要件を切り出しました。
「突然、お呼びだてしてすみません。実はですね。ご主人が山岳部出身とききまして、本当なんですか。」
そう言って、でっぷりとしたお腹をみます。孤島勝夫さんは、太鼓腹をなでながら言いました。
「そうです。すっかり、中年太りしてしまいましたが、学生時代の休みはほとんどテントか山小屋暮らしでした。都会より自然の中がいいんですよ。」
「そうですか。自然はいいですよね。山頂での風かたまらん。あの空気の香りが都会にないですよね。」
「気が合いますねえ。そうそう、大自然の風を受けて立ったとき、ちっぽけな自分に気がつくわけですよ。それでも、果敢に挑んできた歴史があって、今の自分があると思うんです。」
「そこですよね。装備に工夫を重ねて、体力の限界に挑み続けた歴史が、より安全な登山を確立していったわけですからね。」
なんだかこんな美人と意気投合して、孤島勝夫さんもうれしそうです。
「あのう・・・登山談義より、本題に・・」と、孤島敦子さんが会話を止めに入ります。
「いやあ。すみません。」という孤島勝夫さんです。
「実はですね。本日は、お願いがありまして、林間学校の講師を務めてもらえませんか。」
「講師?何をするんですか?」
「テントとか。飯ごう炊飯のやり方を教えて頂きたいんです。」
「いいですよ。そんなことなら、造作もない。」
「ホントですか!」
「林間だったら、ボーイスカウトの方がいいかな。山仲間にボーイをやっているやつがいるから、そいつにやらせますよ。」
「え?そんな人いるんですか。」
「学区が違うけど。日取りさえ合えばたのめると思いますよ。よくかり出されるとぼやいてましたから・・でも、ボーイスカウトに勧誘されますよ。」
「いいですよ。そのくらいなら。費用が安くなるんなら、広告付きの企業協賛だってやりたいくらいだ。千香、電話を貸してくれ! 孤島さん、今、電話してください。」
「え? 今ですか。あいつはいるかな・・」と、渡された電話の子機を持って孤島勝夫さんは言います。
「じゃあ。後で連絡くださいね。だめならご主人にして頂くということでいいですね。」
「わかりました。そうします。」
「いやあ。助かった。探せば人材というものはいるもんだな。しかし、ご主人はどうして山歩きをやめたんです?」
「それは・・・こいつが嫌がるからなんです。」
「へぇ、孤島さんは、ハイキングや山登りは嫌いなんですか。敦子さん、今回の林間は大丈夫ですか。」
「ジムに行っているので体力は問題無いし、花とは嫌いじゃ無いけど。ヤブ蚊にさされるし、碌な事がないじゃない。第一、ハチがいるわ!」と言う孤島敦子さんです。
「ハチ?」という主人です。
「花があればミツバチぐらいいるだろう。しかし、刺されるなんて滅多にないことだぜ。」と言う孤島勝夫さんです。
「私、あれが怖いの。昔、刺されてひどい目に遭ったのよ。」
「そのトラウマかあ。蚊は大丈夫なんですか。まさか、蜂アレルギーとかはないですよね。アナフィラキシーショックとかになると危ない。」と心配そうに言う主人です。
「いや、ハチだって、ちょっと厚地の服を着ていれば大丈夫だよ。パニックになって、下手に興奮させなければ刺すことはない。」と言う孤島勝夫さんです。
「まあ、ガキどもがスズメバチの巣にちょっかいを出すことがあるからな。下見をしておこう。」と言う主人です。
孤島勝夫さんは男ぼっい言葉遣いの主人に内心驚ろいていましたが、だれも気にしている様子はありません。そこでそのまま会話をつづけました。
「下見なら私も行きますよ。居そうな場所の見当がつきます。」
「助かります。」と笑顔で主人が答えます。
「さて、次だな。材料は商店街の八百屋に原価で入れてもらうとして、その前処理だ。全部を子供達にさせるわけには行くまい。」
「ちょっとまって、八百屋に原価??大丈夫なの。」と言う孤島さんです。
「鉄ちゃんがいる。いやとは言わせない。」
その言葉にあきれ顔のみんなです。孤島勝夫さんが心配そうに言いました。
「日下部さん、だれかに恨みを買っていないでしょうね。夜道は気をつけたほうがいいですよ。」
「大丈夫と思いますよ。たぶん・・その当たりは配慮する人ですから。」と私は小声で答えます。
「おまえら何を言っているんだ。大丈夫だよ。特別に格安で納入して頂いたと宣伝するんだよ。鉄ちゃんの評価が上がるし、八百屋の宣伝になる。ともかく、問題はこの加工費なんだ。なんとかゼロ付近に持って行かないといけない。」
「どんな作業をしているんですか。」
「カレーのじゃがいもの皮むきとか。小口に切り分けとか。そんな作業だな。この費用からして、アルバイトを使って、作業をしているのだろう。結構な金額だ。」
「当日、子供にさせるのはどうなんです?」という孤島さんです。
「5,6年生ならば、家庭科の実習もあるし、子供にさせても大丈夫だけど。3年生だと心配よね。」
「そうすると、親が家でやって持参か。」
「家で加工するのも、衛生面が心配だわ。気温が高いから腐らない?どうやって持ってこさせるの。クラーボックスもあるとは限らないわよ。」
「やっぱり、現地で加工だね。冷蔵庫も調理室もあるらしいからな。今までは、そこにアルバイトを送り込んで、前日に加工していたらしい。」
「今回もその手しかないわね。しかし、アルバイトをどう雇うのですか。」
「そんなことするか。お母さんのボランティアだよ。どうやって、集めるかだな。どっかで料理教室をやっていないか。」
「ウチの母がしているけど・・・」と、堂島さんが言いました。
「じゃあ。決定だ。お母さんに頼んでくれ。」
「そんなあ。できこっないですわ。私とお母さんの仲を知っていますか。断られるに決まっています。」
「仕方がないなあ。僕が頼むよ。その教室は何人ぐらいなんだ。」
「十数人かしら。でも、有機野菜が好きだから、そこら辺の八百屋のものだと嫌がります。」
「人数は問題ないが、うーん。面倒だな。有機野菜はなべて高いんだよなあ。でも、なんとかしてみよう。まったく、あんたとこの母親は、添加物嫌いと言い、食品添加物を売っているウチの会社の天敵だ。」
「しかし、これで参加者が増えますかね。参加費が安くなっただけじゃないですか。」
おお鋭いツッコミです。確かに安くなっただけでは参加者は増えません。
「ボランティアが増えるといいだが、それも限界があるだろう。ひとついい考えがあるんだ。大丈夫だよ。それよりも、頼める仕事を探し出して、出来るだけ頼んでくれ。意識がこちらに向いて、向いてくるから。」
「そうなんですか。」
「ああ、それから、これは大事なことだが、ボランティアは、時間と労力には金は払わないが、材料費と経費には出来るだけ金を払うんだ。要求してくれたら僕が立て替えるからね。」
「どうして、そんなことをするんですか。結構、家計と混じってしまうから分ける方が面倒だと思いますが。」
「わからなかったら、見込みや推定でいいから払ってくれ、負担に思うと次からやってくれなくなる。それと、口先だけでもいいから、しつこいぐらいに感謝の言葉と賞賛の言葉を言い続けるんた。これも、次回も頼むコツだ。」
「なるほどねぇ。はいわかりました。」
「さて、次はメニューだ。2回ある夕食のカレーとバーベキューは確定として、朝と昼がそれぞれ2回分のメニューを決めないといけないんだ。」
「朝は、パンとコーヒーじゃだめなんですか。」
「そんなの栄養的に通るわけがないだろう。まずは、朝だ。サラダやスープ、卵にソーセイジかな。」
「サラダやスープを子供に作らせるんですか。」
「そこだよなあ。ボランティアを頼のめるのは、前処理だけだ。」
「サラダは刻んでもえれば、分けるだけで済みますよ。卵はゆで卵や卵焼きにして、冷蔵しとけばいいでしょう。ハムやソーセイジは火を通さずにそのままで、スープはインスタントでというのはどうでしょうか。」
「なるほど。後は昼だな。」
「キャンプでは、バーベキューの残りと焼きそば、カレーはカレーうどんとかにしますけど。最近は、リゾットもありかな。バーベキューの定番はこんなものですね。」
「焼きそばとかカレーうどんか。冷凍麺をお湯でもどせばなんとかなりそうだな。」
「できるだけ、あったかいのをあげたいですね。」
「保護者の人数と生徒の人数を考えてくれ。お湯を沸かすだけにしておかないと大変だぞ。」
「ある程度は生徒にさせたらどうですか。お湯を沸かしたり、ソーセイジを暖めたりす。るくらいならできるでしょ。」
「見守っていないといけないから、楽でもないんだが、それも教育だな。なんとかしよう。危なくないかどうかは、ウチの子で確かめてみるか。」
会議は続きます。次々と問題点の洗い出しと、対策が協議されて行きます。はじめは、渋々の参加だった堂島と孤島さんは、主人の行動力と洞察力に舌をまいて、この人に任せてついて行けば良いという確信にかわっていました。
ここは孤島さんの家です。
「日下部・・えーと、美希さんだっけ。すげぇ美人だな。あれで、50の手前だなんて信じられん。」
「そうよねえ。」
「なかなか、てきぱきとしているし、会話も論理的だ。働いているのかな。」
「ああ、キャリアウーマンよ。製薬会社の開発だとか。」
「へぇ、すごいなあ。それに、山にも興味があるみたいだし・・」
「ええ、ハイキングどころか。登山も結構やってたそうよ。」
「ホントか! 今度、久しぶりに、計画して誘ってみようかな。」
「そうしたら・・私はいかないから。2人で楽しんできたら、カメラも趣味だからツーショットもとらせてくれるわよ。」
「ホントか!」と喜色を含んだ声で言います。
「ホントよ。但し、言っとくけど。あの人は男よ。いわゆるオカマ。」
「ホントか?」と悲壮な声に変わりました。
「副会長から聞いた話よ。ホントらしいわ。」
「男じゃなあ・・・・」
「あなた、それより、ボーイスカウトのお友達に電話してよ。」
「わかった。」
なんか元気ないです。奥さんはにやりと笑っていました。
「もしもし、川田さんいますか。」
「おお、孤島勝夫か。何用だ。」
「ウチの新瞳小学校の林間学校の講師を頼めないかと思ってたな。」
「かまわねぇが、いつだ?」
「来月の第3金曜日なんだか。」
「平日じゃないか。それは勘弁してくれよ。会社を休めというのか。自分の子供の学校ならともかく・・」
「それも、そうだな。すまん。じゃあ。おれがやるわ。」
「ちょっと待てよ。新瞳小学校・・・確か、ドージマさんとこの近くじゃないかな。」
「だれだ。それは?」
「ボーイスカウトのOBだよ。堂島源治という人で、確かおまえところの家と同じ町内のはずだ。知らないか。確か、会社は定年退職しているから暇なはずだ。」
「そんな人がいるのか。町内会に聞けばわかるな。ありがとうよ。」
「あなた。どうだった。」
「平日だから無理だった。でも、同じ町内に堂島源治というボーイスカウトの先輩がいるそうだ。おまえ、知らないか。」
「ドージマゲンジ? まさか、堂島さんの舅さんじゃないでしょうね。」
「ちょっと、電話してみてくれないか。」
「わかったわ。」
孤島敦子さんは、すぐに堂島直美さんに電話をします。電話をするとやっぱり堂島源治さんは、堂島直美さんの舅さんでした。
ここは居酒屋です。PTA会長の芳川薫と主人が一杯やっています。
「ほう、元山岳部の旦那か。良かったじゃねぇか。」
「それに、ボーイスカウトのOBまで、現れましてね。これでなんとかなりそうです。」
「それで、野菜は鉄ちゃんとこか。肉は朋美か。よしよし、商店街で固めたな。地元に金が落ちるし、結構なことだ。」
「そうか。ユウカプランニングを外した。狙いはこれだったんだ。はじめから、商店街から調達すると踏んでいたんだ。やられた。」
「まあな。修学旅行は既に商店街の旅行会社が押さえている。林間学校は、毎年、ユウカプランニングへの丸投げが続いていたからな。」
「来年は、ユウカプランニングを使ってもいいんじゃないかな。毎年、ボランティアを集めるのは大変だからな。」
「食材の発注は、商店街にしろよ。」
「努力するよ。競争だからな。品質が良くて安い方に決まっている。」
「う・・・手強いな。品質で思い出したが、近頃、有機野菜や無農薬野菜なんてものがはやっているだろう。あれはなんだ? 鉄ちゃんところでも入れようかと考えているらしい。」
「まあ、野菜の高級品だな。有機野菜はうまいらしいし、無農薬野菜は安全だ。農家が育てるのに手間暇をかけて高く売ろうとしているんだ。見た目はかわらないから、偽物がでやすい。信用を買うことになるが、コストパフォーマンスが良くないんだ。だから、ネット販売が主流だ。」
「ネットなんて余計信用できないだろう。店頭販売の方がましな気がするがな。ネット販売が主流ということは、そんなに客はいないということか。しかし、それは難儀だな。」
「もう少し安くなればな・・・ちょっと、待って!鉄ちゃんとこで、有機野菜を販売したいと言ったな。」
「ああ、ここは、結構人通りがあるからな。業者が売り込みにきたらしい。差別化のために検討中だそうだ。」
「固定客があるぞ。小さく始めれば、たぶん、大丈夫だ。しかも、宣伝もできるから、将来性もあるぞ。これから行ってくる。」
「どういうことだ?」
「有機野菜信仰の料理教室の先生がいるんだよ。林間の食材に使えば、そのまま宣伝になるだろう。実は料理教室にその材料の前処理を頼もうと思っていたが、これで喜んでやってくれるぞ。」
「おいおい、もう行くのか・・・・・ああ、行っちまった。ちぇ、美人の酌に一杯いける貴重な機会なのになあ。」
あわてて出て行った主人の背中を見て、ぼそりとつぶやいていました。主人のことを親切にしてくれると思ったらそんな下心があったんかい。ばれたら嫌われるぞい!