日下部親子の朝
日下部拓也48、日下部千香44、智勇と由縁8、実7
深い緑に薄紫色や白い花が咲き誇っています。ショウブです。いや、アヤメかな。時はコールデンウィークです。いろいろきれいです。ここは城北公園の菖蒲園です。本日はデート!サイクリングがてらやってきました。晴天の青空に暖かい日差しと気持ちいいです。主人は例のごとく、私をほったらかして、パチパチとシャッターを押しています。こうなったら夢中です。主人は、いつもの黒いスーツにスラックスと化粧美人です。主人は熱心に写真を撮っていますが、泥にハイヒールが突っ込んで足をとられています。
(毎度ながら、きれいな足や。しかし、危なげやなあ。そう言えば、あのハイヒールでうまく自転車に乗っとったなあ・・)
「あっ、ごめんよ。ほったらかしていたね。」と苦笑いをしながら、主人は、ベンチに腰掛ける私のところへやってきました。そして、私の隣にすわりました。
「いえ、いえ・・きれいですね。」
私はまだ先日結納を交換したばかり、まだ、まだ、猫をかぶっておかないといけません。
「透き通る花びらがたまらないよね。ここは菖蒲園だけど。目の前にあるのはほとんどが、正確にはハナショウブという園芸種なんだって!よく似た花には、アヤメとカキツバタとハナショウブがあってね。ややこしいことに、シヨウブとアヤメは同じ『菖蒲』という漢字を使うけど別物なんだよ。菖蒲湯に使うショウブは、サトイモ科できれいな花が咲かないらしい・・」
(芸術感性の高い主人はどこか学者肌です。うーんなんのこっちゃ?わけがわからん。)
となりに座った主人は、細い手を肩に回して言いました。うーんねいい気分!いい匂いがするなあ。毎度ながらうらやましい、おっぱいだこと・・。しかし、この人はいつも同じスーツだわね。それに、ブラウスはしわだらけ。
「拓也さんは、いつもこのスーツですね。」
「あんまり、服が無いんだ。このスーツは換えがあるからね。でも、洗濯やアイロンもできないから、クリーニングだけ。これが結構、金がかかってね。」
「ブラウスもアイロンしないんですか。」
「うん、できるだけ着回して、クリーニングなんだ。」
「へぇ?ご両親と同居でしょ。」
「いや、倉庫の2階に住んでいる。別居で、食事と風呂だけ同じなんだ。女物の洗濯物は、頼みにくくって、クリーニングにだすか、自分で洗っている。」
「大変ですね。」
「こんな体になっちゃっても、僕は男、家事がまるでできないんだ。結婚したら、千賀子さん、たのむよ。」
(おお、こないだ結納をかわしたばかりなのに、なんと大胆な頼みごとを・・私も母親まかせでしたことないの知っているのか?)
「ええ、おまかせくだい。」
(わお!言っちゃった。やり方なんて全然わからないぞ。箱入りむすめだからなあ。がんばります!)
ジリリリン!
(ん?朝・・・・夢かぁ。ううん、眠い!)
目が覚めると、隣の布団はからっぽでした。ここは夫婦の寝室、シングルベッドを二つ並べてねています。時計を見ると7時、主人はとっくに起きているようです。うう、眠い!ふらふらとした足取りでトイレに向かいます。幸いにもトイレは開いていました。
トイレをすませて、居間に向かいます。
「パパ、まだなの。」と由縁がさけんでいます。
「だから、昨日、アイロンはもう無いかと言ったろう。」
「だって・・弁当のシミがついているなんて、思わなかったの。」
見れば主人がゼッケンにアイロンをかけています。はやいです。結婚前は家事なんかしたことが無いと言っていたくせに!私が嫁にくるときに持ってきたアイロンのハウツー本を読んで勉強し、今ではフリーツのある難しい服でも難なくアイロン掛けしています。
「袋からだして置かないから、朝になってから、こんな大変なことになるんだ!」
「ごめんなさい。」
「他に学校へ持って行くものは無いのか?!」
「大丈夫よ。実、教科書は大丈夫なの。」
姉弟の権力関係は長女の由縁が一番です。次いで、長男の智勇で、下っ端は次男の実です。
「うーん、まだ・・」と答えるのんびり屋の実です。
「智勇、確かめてあげて!」
「わかった。」
「実は、由縁のやつを調べろ!由縁もやれ。」
「はあい。」
アイロンをかけつつ、主人が叫びました。我が家では、3姉弟がお互いに他人のランドセルを調べるのが習わしとなっています。姉弟は同じクラスで持ち物は同じはずです。
そのとき、赤い鞄を調べていた実が言いました。
「・・・ん?・・・これはだれのや?」
そう言って、見つけたもの智勇に渡します。
「姉ちゃんの鞄に、算数の教科書が2冊あるでぇ。」
二人で本をまじまじと眺めて言いました。
「『秋口祐二』と書いとるでぇ。」
由縁も参加して言いました。
「え!!・・・・これは、秋口君のやつや。」
「きょうは、ちゃんと返しとけよ。」と主人が言います。
「今日は算数無いよ。」と言う由縁です。
「無くても、持って行け!延ばすと忘れるから・・間違っても、自分のやつを持って行くなよ。由縁、そうだ、2冊持って行け。」
「なんでやねん。重たいやんか。」と由縁が文句を言います。
「だまって持って行け!」
「わかったわ。じゃ、智勇と実いくでぇ。」
言い合っている内に持ち物の確認とアイロンが終わりました。後は出かけるのみで、玄関に向かいます。
そのとき、降りてきた私を由縁が見つけました。
「あれ、ママ?」
「パパ、ママが起きとるでぇ。」
「どうしたの。こんなに早く起きて?」と驚く主人です。
「・・・・」と、寝ぼけた私は無口です。
「ママ、大丈夫か?」
「あは・・おはよう。」と言って、主人に抱きついて口づけを・・
子供達は唖然として見ています。しかし、我が家の常識は世間の非常識です。子供らに取ってはいつものこと。
智勇と実は、特に反応していません。
「ママ・・・寝ぼけてとったらあかんでぇ。」
「姉ちゃんいくで・・何を見とんや。」
由縁は少し赤い顔をしています。そろそろ、年頃なんでしょうか。おませなヤツです。
「・・・うぁ。ほんまにもう!」
そう言って、出て行きました。
「ひゃー、毎朝のことながら大変だ。」
主人はアイロンを片付けています。
「ほんとにねぇ・・あら、アイロンしてくれたの。」
「由縁やつ今朝になってから言い出しやがるんだ。」
私の頭もゆっくりと覚めてきました。部屋を二人で片付けています。
「ん?これはなんだ?」
そこにあったのは、紺色の四角い布きれでした。主人がそれを広げています。プリーツの入ったその布キレは・・・
「そ・・それは?スカート!?」
「え・・・?あいつ、何を履いていったんだ?。」
その時、バタンと扉が大きく開いて、由縁が飛び込んできました。
「お前・・・」と主人が声をかけると、由縁は真っ赤な顔で布きれを奪いとりました。もう半泣きです。その後、しゃがみ込んだ主人の胸に飛び込んで泣き始めました。
「うわーーん。」
「ははは、よしよし・・・ほら、ここに足を通せ。」とそう言って履くのを手伝うと涙顔でスカートを履きました。
「グスン・・」
主人が優しく涙を拭いています。私も由縁の頭を撫でてやります。
(おいこら、飛び込むのはお母さんのこっちの胸だろ。まちがうな。弾力がないけど・・)
そして、主人は由縁をぐっと抱きしめると、にこりと笑い言いました。
「そろそろ、行っといで。遅れるよ。」
「うん。」と言って由縁は出て行きました。
しかし、スカートを忘れた事件は彼女の一生の汚点となり、結婚式のような祝いの席で笑い話として一生涯言われづけることとなるのです。はははは、私の胸に飛び込まなかった罰だ!こっちもトラウマもなってんだぞ。
「さてと、こっちも用意をするか。」
そう言って、主人は3階に上ってきました。主人はまだ化粧もしていませんでした。身だしなみを整えるには時間がかかるのです。
しばらくして、スーツを着た主人が降りてきました。いつもの化粧美人です。
「朝ごはんは?」
「もう食べた。じゃあ行って来るね。」
「行ってらっしゃい!・・・おっと、いつもやつは?」
「エート、定期、お財布、ハンカチ、携帯・・・・あるよ。」
「ほら、わすれている。ブラジャー!」
「そんなもん・・・ああ、しているなあ。」
(おいこら、不安な顔して確かめるな。当たり前でしょう。普通は…)
「さて、行ったか。ふぁーあ、さて、もう、一眠りするか……と言う訳にはいかないか。」
朝の後片付けは母親の仕事です。辺りには子供と主人が散らかしたものが散乱しています。アイロン台は片付けてくれましが、裁縫箱はふたが閉められただけで出しっ放しです。子供ために色々やってくれているので文句は言えませんが、毎朝片付けているのは私だぞ!と何時もながら思うのです。もうちょっと丁寧にしてくれたらと片付けの手間がかからないのに。朝御飯を作ってくれるのはいいのですが、流台周りはひどいものです。野菜の切れ端が辺りには飛びまくっています。それを片付けるのは私です。それでも、掃除機をかけながら『良い嫁さんをもらった』という母の言葉を思い出すのです。