弁当協奏曲
日下部拓也48、日下部千香44、智勇と由縁8、実7、金藤俊治 48、三隅淳子 38
芳川薫 46、海児祐子 45、孤島敦子 31、堂島直美さん 30
真っ青な空で良い天気です。ここは、新瞳小学校の運動会の桟敷席です。化粧美人の主人が、念願のお弁当を作って、子供に自慢しています。
「どうだ。おえら、うまいだろ。」と主人はモグモグと食べる子供達にいいます。
「おしいでぇ」という実です。
「うん。やっぱり、パパのおいしい。」という智勇です。
「これからも食べたいと思うだろ。なあ、弁当を作らせよ。」
「それとこれとは別や。こんなの学校に持って行ったら笑われるでぇ。」と言う由縁です。
「えーーえ。だめなのか。」といううなだれる主人です。
こうして主人がうなだれていた頃です。孤島敦子さんは、地面に座り込んで呆然としていました。目の前には、美味しそうな卵焼きが散乱していました。揚げたてのから揚げアスファルトに点々と落ちていました。そして、ひっくり返った重箱から無惨にこぼれ落ちたオニギリが見えていました。
「あ・・・・・」という言葉と悔し涙です。
そう、孤島敦子さんは、とってもいいお母さんです。そして、今日は子供の応援もそっちのけで、素敵な重箱を作ったのです。それは、完璧な重箱をでなければならないのです。そうしないと姑がネチネチと文句をいうのです。1週間前から着々と準備を整え、早起きして、タイムスケジュールを組み、あつあつの完璧なお弁当を作ったのです。事の起こりは、姑の言葉でした。
「あら、もう、運動会の時期なのね。洋樹ちゃん、おばあちゃんも応援にいくわ。」
「わあい。おばあちゃん、唐揚げ作ってね。」
「いいけど、おまえたち、給食じゃなかったの。」という姑さんです。
「それが、今年からお弁当になったの。」と洋樹は元気に答えます。
「それって、本当なの?」と驚くお母さんです。
「月曜日に、先生が言っていたよ。お知らせのプリントにもあったでしょ。」
「プログラムにはなかったわよ。なんで、PTAの書記の私に連絡ないのかしら。」
「大丈夫かい。子供の面倒もろくにみないで、PTAの役員やっているくせにどうなっているんだい? 」
「そんなことありませんよ。」
「まあ、ともかく、親子でお弁当を食べられるということはいいことだ。おばあちゃんが腕によりをかけて作ってあげるよ。いやあ、久しぶりだね。」
「お母様、大丈夫ですか・・この間も作るといって、結局、腰が痛いとか言って、間に合わなかったじゃありませんか。」
「そうだったかね。じゃあ、唐揚げだけにするか。」
「唐揚げだけにするって、他のものは・・・」
「そりゃ、母親の仕事だろう。」
「う・・忙しいのに、余計なことを」
「なんか、言ったかい?昔は、便利な家電なんてなくてねぇ。それはもう・・」
「わかりましたよ。洋樹ちゃん、お母さんがおにぎりに卵焼きを作ってあげますからね。」
「わーい。」と無邪気に喜ぶ洋樹です。
洋樹にとっては、やさしいお母さんのお弁当に、大好きな唐揚げが加わるのです。こんなうれしいことはありません。おばあちゃんの作る唐揚げは、絶品なのですが、誕生日とかクリスマスとかのハレの日にしか作ってもらえません。今回は、とっても珍しいことなのです。もちろん、洋樹は同居する嫁と姑の激しく冷たい戦争など想像もできません。ああ、ウチは別居でよかった!
運動会の前日です。皿を洗い明日の準備を整えていると、携帯がなりました。32才の孤島敦子さんは、ヘッドホンマイクのスイッチをいれます。カッコいい! 食器を洗う手を止めることなく電話の応対ができるのです。電話の相手は会計の堂島直美さんでした。ちなみに、孤島敦子さんはPTA書記です。
「敦子さん、聞いたあ。」という堂島さんです。
「何を?」と聞く孤島さんです。
「今回の運動会のお弁当の騒ぎの張本人は、あたらしい書記さんですって!」
「あたらしい書記・・え?そんな人事いつ決まったの。」
「(仮)とか、とか言っていたけど。会長の独断できめたのよ。」
「ウソー。副会長さんが入院しているからって、やり放題じゃないの。」
「どうも、会長とよからぬ関係にあるらしいわよ。それで、お店で奥さんともめたらしいわ。」
それは、ややこしい悩殺ポーズで行った主人の責任です。しかし、綺麗な女の人が会長と懇ろ《ねんごろ》になり、ちゃっかりと書記の座におさまるようすがめに写るようです。
「そんな人を書記にするなんて・・芳川会長たら!」
「それより、あんたはどうするの。お弁当は」
「ふふふ、着々と準備を整えているわ。洋樹はおばあちゃんの唐揚げが食べられると喜んでいるわよ。」
「え? 唐揚げ入り、豪勢ね。しかも、姑さんが作ってくれるの! そんなとこは、同居っていいわね。ウチは料理人が一人だから大変よ。なんだか、主人の両親と小姑も来るらしくって、一体何人分作れって言うのよ。」
「うわぁ、子供二人に、親二人、祖父母二人、小姑・・・エート、七人か。スゴイ!」
「まあねえ。ウチは誕生日とかクリマス会をよくやるのよ。ときとぎ、これくらのメンバー集まってくるけど。弁当というのはね。一体、おにぎりいくつつくりゃあいいのかしら。」
「姑が手伝うと言っても、唐揚げだけよ。しかも、材料の買い出しから何やらはすべてこっちまかせ。しかし、洋樹が喜んでいるから・・」
「そうね。こんなの久しぶりだものね。体育館では、お弁当も販売するらしいわよ。それも、200円よ。」
「え?本当なの。お得ねぇ。来年はそれですましたいわ・・・だめだわ。姑がなんというか。」
「一体だれがこんな企画をしたのかしら。」
「大丈夫?最初に言ったでしょ。今度の新しい書記さんよ。」
「まったく、はた迷惑なことねぇ。いつものように給食でいいのに。」
「そうよねぇ。私達、親は家に帰って食べればいいんだし・・」
その後、孤島敦子さんは、がんばりました。夜遅くまで。そして、万全の準備を整えて、当日を迎えたのです。私は、主人ほどの情熱はないんでさっさと寝ましたけど・・
運動会当日です。さすがに、孤児さんと堂島さんは、PTAの役員です。今回はなんの仕事もありませんが、役員席にも席があります。新しい書記さんというのに会いに行くことにしました。
「会長、おはようございます。」と言う孤島敦子さんです。
「おはようございます。良い天気ですね。」と堂島直美さんも会釈しました。
「やあ、おはよう。あれ?今日はなにも頼んでないはずだけど・・・」という会長の芳川薫さんです。
傍で、カメラのセッティングをしているのは主人です。悩殺的なファションで、下は黒のポットパンツに黒のタイツ、上は体にピッタとした黒のランニングウェアとベストです。頭にはバイザーをかぶり、サングラスをかけてハイヒール履いていました。赤い唇に派手目の化粧美人です。いつも不思議に思うのですが、主人は若く見えます。どう見ても30代しかみえません。二人は主人を同年代と判断しました。
「あのう。そのかたは・・」
「おっ、そうだった。紹介するよ。新しい書記さんだ。日下部達也・・」
「日下部美希です!達也は僕の兄貴です。」と主人は横目でにらみながら言いました。
「おお、そうだ。副会長の海児さんが入院中だろ。代わりにPTAにきてもらったんだ。」
PTAの会長はそれなりに経験をつんだ年配の人しか務まりせん。その相談役としても副会長の海児さんが歳も近くて最適だったのです。しかし、その海児さんは入院中です。同じく同年代の主人のような仕事能力の高い人材がほしかったのです。まあ、ここで、会長と主人が同世代に見えたら、年長者を立てる大人社会ですから問題はなかったのです。
「えーと、商店街の日下部酒店って知っています?あそこの娘で、達也にぃさんの家に居候しています。芳川会長とはちっちゃい頃よく一緒あそんでいました。」と、主人は自己紹介をしました。
「ああ、それで・・」
二人は、会長と親しげにしている訳を理解しました。地元民と外様民との間には超えられない壁があるのです。
「副会長さんは、ご存じなのですか。」
「いや、まだだが・・今回の運動会に、いろいろ、変更があってね。大変だったんで、仮の書記としてたのんだんだ。」
「変更といっても、昼食のことでしょ。あんな無理を独断でやるからじゃないですか。」
「いやそうなんだが、こいつが・・・」
そう言ってちらりと主人をみますが、主人はキョトンとした顔しています。それを見て、責任はやっぱり自分かと思い直して言いかけた言葉を飲み込みました。
「・・いや、実は、年寄りから昔のように、孫と一緒に食べたいという要望があってね。それに、商店街の親父の方から、商店街でも何かランチの客寄せイベントがほしいと言われていたんだよ。これ幸いとくっつけたわけだ。まあ、商店街の飲食店に頼んで回ったり、金券をデザインしたりとかいろいろ大変だったんで、こいつに頼んだわけだ。」
「会計とかどうしたのですか。先生にたのんだのですか?」
「いや、こいつにたのんだ。」と、会長は主人を指さします。
「エクセルの表ですけどみますか。」
そう言うと主人はモバイルのパソコンを取り出しました。毎度ながら、一眼レフカメラにパソコンと数キロ近い重い荷物を持ち歩いているバカです。
「これが1週間前に締め切ったときと前売りの販売枚数です。前売りの赤字がこれだけあるんでけど、商店会からこれだけ頂いています。でも、体育館の飾りの費用がありましてね。運動会のものを利用して、減らしたんですがこれだけかかっていましてね。領収書もありますよ。まあ、トントンになると踏んでいるですがね。」
「え?黒字じゃないですか。」
「使わなかった券の買い取りがありますのでまだ数が確定していないんです。それに、今日、どうしても売ってくれという人が現れるに決まっていますから・・」
そう言って、主人はお弁当券を取り出して見せました。白黒印刷でしたが可愛い絵柄の入ったものです。しかも、切り離し券と通し番号まで入っていました。
「これを作ったんですか?」
「うん、ワープロでね。管理と集計は、キンちゃん…もとい、金原先生に頼んだのですけど。あいつ、いい加減なところがあって、こっちでチェックしてみると同じ番号があったりしてね。結局、僕がやる羽目になっちゃったんです。」
二人は、学年主任のあの金原先生に、堂々と文句を言う主人に目を丸くしています。
「ははは、まあ、あいつ、任せるとそうなるわな。体育館の飾り付けも大変だったろう。」と、笑う会長さんです。
年長者の会長が、『あいつ呼ばわり』するのは許せるのですが、このオンナが言うのは許せません。少しムカッとしましたが、二人は会長の言葉で体育館のお弁当選手権の飾りを思い出しました。
「あの飾り付けを・・一人では無理ですよね。どうやったのですか。」
「ああ、それは3年1組のみんながやってくれました。終わったら会長がお菓子を提供してくれたんでみんな喜んで帰りましたよ。あっ、会長!あのお菓子の請求書くださいね。黒字になったら払いますから。」
「黒字になったらか!・・・まあいいよ、遅くでがんばっていたからな。しかもねウチの店の商品だ。原価は安い物だ。」
「いや、それはいけません。半分、僕がもちますよ。」
それから、聞けば聞くほどいろんな作業を主人がこなしていることに気づかされるのです。金券を印刷して切り分ける作業、その配布方法の考案や販売枚数の集計作業と、確かに大変でした。さらに、いろいろ考慮して運営してゆく作業の大変さを考えると自分達にはとてもできないことに気づかされるのです。当然、二人も舌を巻きました。『この女、デキる!』と思ったのは確かです。男ですけど・・
そうこうするうちに開会式が始まりました。ファンファーレともに音楽が始まり、子供達が入場してきます。高学年の子供はやや緊張気味できちんとならんでいますが、低学年の子供は注意散漫です。あっち、こっちをみなながらチンタラと行進しています。お母さんを探しているのかもしれません。まあ、親も自分の子供のことしか見ていませんが・・
PTAの役員席にいる孤島敦子さんと堂島直美も同じでした。自分の子供の動きに夢中です。行進は続きPTAの役員席にかかります。子供達は、役員席にいるお母さんに手を振ります。笑顔を返します。
「やだあ。うちの子たら!体操服がめくれ上がっている。」
「あら、洋樹だわ。まあ、あの子たら、ちゃんと前をみなさい!」
PTAの役員から母親にもどって、キャーキャーと言っていました。
三隅先生のかわいい声が響きます。
“さあ、元気に入場が終わりました。まずは、校長先生のごあいさつです。”
続いて、PTA会長・・・と内容があるような無いような話が続きます。本人達は寝る間も惜しんで考えてくるみたいですが、だれも覚えていません。最近はこの時間で倒れる子供がいたりするそうですか、今年は大丈夫のようです。続いて、選手宣誓です。三隅先生のアナウンスが響きます。さあ、今年は誰でしょう。母親達の注目があつまります。
“選手宣誓! 選手代表、3年1組、日下部、由縁、智勇、実。”
今年の選手宣誓は、3年1組でした。金原先生のクラスです。やっぱり、低学年主任です。高学年主任は定年間近ですから、職員室の力関係が目に見えるようです。めずらしく、男2人と女1人の3人組でした。
「日下部?!」という堂島直美さんです。
「日下部って、確か・・」と言って、孤島さんは主人をみます。
主人は夢中になって、カメラのシャッターをおしています。日下部なんて珍しい名前の人がそうそういるわけはありません。二人は確信しました。この女がねじ込んだに違いないと。会長に取り入って圧力をかけたに違いない。会長をみればニコニコとしており、女と親しそうに話しています。どうも子供達とも知り合いのようです。
堂島直美さんはこっそりと小声でいいました。
「ねえ・・会長さんは、奥さんいたわよね。この二人の関係・・・?」
「まさか・・愛人?」
でも、その時は、こんなことがあってもいいかと言う気持ちでした。今日は苦労してお弁当を作ったのです。きっと楽しい昼食になることでしょう。それは、この女のお陰なのだと思えば、多少のことは・・という気分でした。
選手宣誓が終わりました。三人で分けて言うのは大変です。由縁がちょっとかんでしまい、笑いを誘ったのは愛嬌です。そして、いよいよ、競技が始まりました!孤島さんと堂島さんの二人はそれぞれ家にかえります。昼の決戦に向けての準備が待っているのです。いははや、お母さんすごいなあ。その頃、私は主人のお母さんを迎えにいっておりました。車いす、あれって大変なんですよねぇ。思わぬ障害で大回りをし、歩道の段差に引っかかって苦労していました。
昼前です。堂島直美さんは、山とつまれたおにぎりを目の前にして、一息をついていました。空になったプラスチックの梅干しの器、鰹節の透明な袋、アルミパックのたらこふりかけ、机の上に散乱した白ごまが激戦を物語っています。
今日は、いつもの炊飯器で2回炊いたのです。シオを付けるのが面倒だからと、炊くときに塩味をつけて、さらに、ゆかり、青のりやごまを利用して色合いをつけています。そのしわ寄せがおかずに行き、出来合のものを混ぜざるえないということになりました。しかし、完璧です。これを詰めたら終わりなのです。おかずは重箱に入れられています。出来合のものとはいえ、唐揚げもはいっています。
「ふふふ、できたわ。ご飯を1升炊くなんて、1生ないことだわ・・なんてね。どうれ、味見を・・」
そう言って、一つをつまんで口にいれました。
「う、辛い・・・何、この味は!そんなばかな。炊きあがりに確かめたはずだわ。エート、ちょっと、確か塩味を確認して、いつもように・・・あ、なんでここに塩があるの。私、塩ご飯に塩を付けて握ったんだ。」
堂島直美さんは唖然としました。時計をみましたが時間があまりありません。夫の両親がまもなく来る頃です。
「やばい!おにぎりはどうしよう・・やむ得ない。コンビニに走るか。ああ、時間がない。」
堂島直美さんは、重箱に詰め直すのをあきらめることにしました。タッパに入ったおかずと、買った総菜をパックのまま、紙袋につめます。そうして、自転車に積み込むと、コンビニへ向かったのです。
孤島敦子さんの家です。お弁当作りは、佳境にさしかかっていました。たっぷりと付け汁に浸されて、揚げ上がった唐揚げはホクホクです。卵焼きもジューシーでとろとろです。紅葉型のニンジンがきれいです。完璧な仕上がりでした。それらを重箱に彩りよく詰め込みます。赤に、緑に、黄色と美しい仕上がりです。ふと、時計をみると12時を過ぎていました。いけません。遅れてはすべてが台無しです。完成した重箱を風呂敷に包んで孤島敦子さんは家をでました。時間はあまりありません。孤島敦子さんは、学校へ急ぎました。
「はあ、はぁ・・もう少しよ。洋樹、待っててね。」
昨日はよく寝ていません。しかし、朝からがんばったのです。校門が見えました。急いだので息が上がっています。
「あっ・・・」
そのときでした。何にもないはずのアスファルトの小さな出っ張りに足が引っかかったのです。風呂敷包みは地面にたたきつけられ、重箱は無残に四散しました。その一瞬ですべてが終わったのです。
その数分後、なかなか来ない孤島敦子さんにしびれを切らした夫と姑さんが、洋樹をつれて校門までやってきました。そして、涙を浮かべ呆然とする孤島敦子さんを発見したのです。
「あらあら、敦子さん。遅いと思ったらこんなところで座り込んで・・私の唐揚げが台無しじゃない。ホントにできない嫁だこと。仕方がないわねぇ。洋樹、商店街に食べにいきましょうか。」
姑さんは冷たく笑い、洋樹ともに商店街に消えました。後に残った夫は唐揚げを拾い上げて、パクパクと食べながら言いました。
「おっ、この唐揚げ、うめえ。この卵焼きも最高だな。」
「だめよ。泥がついているから・・」
「いや、結構食えるぞ。土なんかかまうもんか。死にゃあしない。」
「だめよ・・・」
「いや、おまえの愛情の塊だ。不味いわけがない。第一、もったいない。よくやったよ。敦子。がんばったな。」
「そうよ。私、がんばったもの。もっとほめて・・」
「よしよし。おいしいぞ。」
「グスン・・・」
久しぶりに、夫の太鼓腹で泣く敦子さんでした。ちなみに、孤島敦子さんのご主人はふくよかな方です。うまいモノには目がなく、重箱の中身の無事だった部分をどんどん平らげてくれました。
堂島直美さんは努力をしたのです。今日は運動会の日です。おにぎりで済まそうというヒトは多くいました。コンビニも多めに仕入れていたのですが、なくなってしまいました。お弁当屋も壊滅でした。それでも何とかして、多量のおにぎりを買い集め桟敷席に向かいました。そこには、子供達と夫、それに夫の両親と小姑が待っていました。
「あら、直美さん。待っていたのよ。遅かったわね。」という姑さんです。
「すみません。おにぎりの買い出しに手間取ってしまって・・」と笑顔で、多量のおにぎりとおかずを出す堂島直美さんでした。
その袋をみて、夫の顔が青くなりました。
「おまえ・・家で作ってきたのじゃなかったのか。」
「え、一部、総菜を買いましたが・・」とキョトンとする堂島直美さんです。
見れば、姑さんはおにぎりの表示を見て、怪訝な顔をしています。小姑はパックに入った総菜の表示をみて嫌な顔をしていました。
「あ・・何これ・・」
「これも・・食べるものがないわ。」
その時、堂島直美さんは、思い出したのです。夫の家は、食品添加物恐怖症の一家だったのです。こうなることはわかっていたのです。そのため、おにぎりは自家製で天然のふりかけをしたものだったのです。一部のパック総菜も添加物の少ないモノを選び、自家製のおかずに添えるだけにする予定だったのです。ところが、慌ててそのまま持ってきてしまったのでした。
「あの・・大丈夫ですわ。このサラダは、有機野菜を使用していますし・・」と、堂島直美さんは取り直そうとしました。
「でも、サラダだけというのもなあ。食べに行こうか。近くに商店街があったはずだ。」という舅さんです。
「それがいいわね。あなた達はどうするの。そんな添加物いっぱいのものを食べると体に悪いわよ。カレーでなんでも好きなモノをごちそうするから一緒にいかない。」と子供達にいいました。
「え?カレー、私はそっちがいい。」と無邪気に喜ぶ子供達でした。
「あんたはどうするの。」と、姑さんは、堂島さんの夫に言いました。
「・・・いや、おれは・・これを食べるよ。直美がせっかく作ったんだ。もったいない。」
「そう?じゃあ、私たちは行ってくるわ。」
そう言って、姑さんは、子供を連れてゆきました。『これをどうするよ。』と多量のおにぎりとおかずを前に唖然とする堂島直美さんでした。