不老不死の彼と感情のない少女の話
昔、森の奥に古い古い館があった。
これは、遠い遠い昔の話……
その館には不老不死の『彼』がいた。
その日は雨でふと、窓を見ると遠い向こうに人がいた。
「きれいな髪の色だな・・・」
第一印象はそんな感じだったそうだ。
そして『彼』はその人をとても愛おしく思い、傘を持ち外へと出た。
その人は女性で、『彼女』は泣いていたのだろうか、目を瞑っていて、
傘を傾けると雨が当たらなくなったことに気付いた『彼女』は、
目をそっと開けた。
「私が住んでいる館に来ないかい?」
『彼』はそういい、『彼女』をさそった。
館に戻った『彼』は、初めて知った。
『彼女』には《感情》がないことを……
そして『彼』は
〔『彼女』に《感情》を教えてあげよう〕
そう、思ったのだった。
まず『彼』は《嬉しいとき》から教えた。
「《嬉しいとき》はね、【心】がほわぁってするんだ。」
「じゃあ、今、そうなのかも・・・」
『彼女』は、はにかんだ。
この時、『彼』は顔を赤らめたという。
「あとね、《悲しいとき》っていうのもあるんだけど・・・
それは、【心】が、キュウッてなったりするんだ。」
「なったりって・・・他にもあるの?」
『彼女』は、首をかしげ聞いてきた。
「んー・・・人にもよるからね。まあ、僕のはそんな感じかな・・・」
「へー・・・」
そのあとも『彼女』は沢山の《感情》を知った。
怒り,寂しさ,つらい,楽しいなど、と……
ある日、「買い物に行こうか」ということで二人は町に行くことにした。
まず、服や肌着を見に行き、そのあと野菜や肉類を買い、
最後にパン屋に行くことにした。
そこのパン屋には十七、八歳の青年がいた。
「いらっしゃい。初めて見る顔だね。」
そう青年はいった。
「最近此処の近くに住み始めたので。」
『彼』がそういった。
「あ、そーなんっすか。ここはいいところですよ。」
青年は笑顔で答えた。
「そうだ。ここにパンを買いに来たんですよね?」
と、『彼女』に問いかけた。
けど『彼女』は、首を縦に振るだけで下を向いていた。
どうしたのかと心配になり、『彼女』の顔を覗くと……
真っ赤な顔をした『彼女』の顔があった。
そして、その『彼女』の顔の赤さが『彼』に向けられず、
青年に向いていたことがわかった『彼』は、少し悲しくなった。
『彼』は『彼女』に恋をして、『彼女』は青年に恋をした。
だが、それを誰もが悲劇の始まりだとは知りもしなかった。
食事のとき、『彼』は『彼女』に青年のことを聞いてみた。
「パン屋の彼のことどう思ったの?」
『彼女』は突然の質問に戸惑ったが、
「あの時、見たとき何かに気づいたんです。
彼ともっと話がしたい。けど・・・顔を見てしまうと恥ずかしくなってしまうんです。
何か不思議な感じでした。
これは私がまだ知らない《感情》なのでしょうか?」
この時『彼』は、
〔ああ、『彼女』にもうこんな時が来たのか・・・〕
そう思った。
そして、
〔この《感情》はできたら僕に向かってきてほしかったな。
けど、それは『彼女』の自由だ。知りたいのなら、教えてあげよう。〕
少し考えていた『彼』の口が開き、
「その《感情》はね、恋っていうんだ。今の君みたいな《感情》は。」
正直に言った。
だが……
「う・・・そ・・・」
『彼女』は驚いていた。
普通なら大抵喜ぶはずだ。
『彼』がそう思い、
「何か・・・あったのかい?」
と、訊ねてみた。
そして『彼女』は、
「私は・・・人に好意・・・恋愛感情を抱いてはいけないの。」
悲しそうにそう、言った。
「なぜ?誰かに言われたの?」
率直に『彼』は『彼女』に聞いた。
「祖母に、〈あなたは、人に恋愛感情を抱いたら、その人を殺してしまうのですよ〉って。」
「え、」
『彼』は驚いていた。
「ああ、ごめんなさい。簡単に言いすぎました。
正確に言うと・・・その人が私の呪いによって、死んでしまうんのです。」
「ご、ごめん。」
「いえ、いいんです。そのうちわかることだったので。」
その声はひどく美しく、悲しい声だった。
翌日、『彼女』が好きになった青年は、心臓発作で亡くなった。
葬式が村で挙げられていた。
「やっぱり、死んじゃったのね。」
『彼女』は泣きながらそう言いながら、『彼』のほうを向き、
「あなたも、死んじゃうわよ。」
と、静かに言った。
けど、『彼』はそんな『彼女』が愛おしくなり、抱きしめ……
「僕は死んだりなんかしないよ。」
「嘘よ。ありえないわ、そんなこと・・・」
「うん。普通はそうなるよね。
けど、これは嘘じゃない。断言できる。
ああ、でも君には黙っておこうかと思ったんだけどね、これは・・・」
『彼』は悲しそうに微笑んだ。
そして……
「僕にも呪いがかかっているんだ。
いつまで経っても老いも、死にもしない、不老不死の呪いがね・・・」
『彼女』は静かに聞いていた……
「僕の一族は、不老不死を継いでいかなければならない一族だったんだ。
けれど、その一族は僕だけを残し、滅んでしまった。」
そう言い終わると、
「それじゃあ、あなたは死なないの?」
『彼女』が信じ難そうに、泣いていた顔で訊ねた。
「そう・・・なるね・・・」
そして、
「君の呪いを・・・解きたいんだ・・・
だから、君の残りの時間を・・・僕にくれませんか?」
『彼』は『彼女』に告白するようにいった。
しばらくして、『彼女』の口が開いた。
「こんな私がいて、いいんですか?
あなたの隣にいていいんですか?
あなたを、失いたくないから、他の人に、好意を抱き、殺して、あなたに嫌われて、
あなたから、離れようと、思ったのに・・・
こんな私なのに・・・」
最後のほうは『彼女』は泣きじゃくっていた……
そんな『彼女』を『彼』は、壊れてしまいそうなものを優しく包むように、
そして、離さないように強く抱きしめた。
「そんな君だから離したくない。ずっと一緒にいてほしい。
それに、君の呪いを解くって、言ったでしょ?」
「ええ、確かにそう言ったわね、そんなこと。・・・でもっ!」
そう言う『彼女』の言葉を遮るように『彼』は……
「それで・・・いいんだよ。僕を、頼ってくれないか?
そんなに僕は頼りないかな?」
『彼』は意地悪そうにそう言った。
そんな『彼』の問いに『彼女』は
「・・・それでは、私のこの呪いを解いてもらうために、あなたに、
私の残っている時間を差し上げます。」
涙を拭きながら答えた。
そして、そのまま……
「そういえば、あなたの呪いはどうやって受け継がれたの?」
不意に『彼女』が問いてきた。
「え、ああ、確かね・・・
〔同じ血族の一番愛していた異性だけに受け継がれていく〕だっけな。
何百年も前の話だから曖昧だけどね・・・」
『彼』はそう言っていた。
「そういえば、あなたは何百年も生きてきたのね。」
「ああ。まあ、あまりいいことはなかったけど・・・」
『彼』は遠くを見てそう、言った。
「どうして?」
「だってね、最後に僕に呪いをかけた人は、僕を恨んでいるだろうし・・・
まず、生きている心地がしないんだよね、不老不死って。」
『彼』は悲しい表情で言った。
「・・・じゃあ、私が、あなたを恨まず、愛してもいいですか?」
遠慮がちに『彼女』が訊ねた。
「なにを言ってるんだ・・・
もちろん、いいに決まってるよ。逆に、嬉しいくらいだよ。」
それからは、幸せな日々が始まった。
そして、またそれから数年経ったある日……
「ねえ、やっと見つけたよ、君の呪いを解く方法をっ!」
『彼』はひどく悲しそうに、嬉しそうに笑って言った。
そんな『彼』に『彼女』は駆け寄り、
「それは、どんな方法なんですか?」
と、訊ねた。
「それはね・・・僕の呪いを君に渡すんだ。」
「え、それだったら、あなたが死んじゃうじゃないっ!」
その答えを聞いた『彼女』は泣きそうになっていた。
そんな『彼女』を『彼』は抱きしめ、そして……
「この解き方は、僕の呪いも関係あるから大丈夫だよ・・・」
「ほ、んとに?」
『彼女』は、泣いていた。
そんな『彼女』を慰めるかのように
「ああ。だからよく聞いてね。」
と、『彼』は告げた。
「僕の呪いは同じ血族にしか渡せないのは知っているよね?」
コクン、と『彼女』は頷いた。
「それでね、違法なんだけど君に僕の呪いを渡す。
それで僕の呪いは無くなって、君の呪いで死ぬ。」
「やっぱり死んじゃうじゃないの」
悲しい声で『彼女』は言った。
けど、『彼』は微笑んでいた。
「そうだけどね、違法って言ったじゃん。僕の呪いにはある規制がかかっているんだ。」
「ある規制って?」
「それはね・・・
その渡した相手が死んじゃうの。」
「それじゃあ・・・」
『彼女』も気づいたらしい。
「そう。君も死ぬことになる。けど、それがいやなら、他にも方法はあるけどね。」
だが、『彼女』には迷いもなく、
「いいえ。その方法でいいわ。
だって、あなたは死なずに私を愛してくれた。
だから・・・私が死んでも、あなたが死んでも、愛するわ。」
少ししてから、
「あなたの隣に一生いることを許してくれますか?」
そういうと『彼』の目からは、涙がこぼれていた。
「も、ちろん・・・もちろんいいよ。
ずっと、僕の隣にいてください。」
初めて『彼』は『彼女』の前で泣いていた。
そして、合図が今、
「愛しているよ、ナオ・・・」
そう言って、ガクッと倒れこんだ彼は、息を絶っていた……
そんな『彼』抱きしめながら……
「私も、愛していますよ・・・カナタ・・・」
そのあと、『彼女』の姿を見た者は誰もいない。
『彼女』は『彼』に会えたのでしょうか。
それは、『彼』と『彼女』の 二人だけの物語
パタン、と本を閉じる音が部屋の中に響いた。
ここまで読んでくださった方々ありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。