【美貴】 実力行使
「はぁ……? 何、してんだよお前」鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で和也が言った。
「何って、バイトの面接に決まってんでしょ」
ここは和也の働く「ピザキャット茅ヶ崎店」の事務所の中。ゴツいオカマの店長さんとすっかり意気投合して談笑しているところに、寝癖頭の和也が出勤してきた。
――あれから一週間、いろいろ考えたけど結局分からなくって、とりあえず和也の近くにいてみようと思ったわけで。
「ちょっとこっち来い」いきなり和也に腕を掴まれて、私は店の倉庫に連れて行かれた。
「どういうつもりなんだ」腕組みをした和也が私を睨む。「女医の娘がバイトする必要なんかいだろ?」
「私が何しようと勝手でしょ? 他人のあんたに文句言われる筋合いないし!」
和也が、お前なあと凄む。
「ま、彼氏の言うことなら耳を貸さないでもないですけどー」
「ふざけるな! 俺の前をちょろついてヨリ戻そうって魂胆だろうが、そうは行かねぇぞ」
とうとう和也が怒り出した。そんな奴を華麗にスルーして、「それはそうと、なんで私があんたの親戚になってんの?」と訊いた。
「そ、それは……」和也が急にバツの悪そうな顔で口ごもった。
「ちゃんと説明してもらおうじゃないのよ」今度は私が腕組みをして奴を睨み付けた。
原因は注文の時に私が奴を指名した事。仲間に冷やかされた和也は、私の事を咄嗟に引っ越してきた親戚だと言ってしまったらしい。
「呆れた……」
「お願いだ美貴、黙っててくれ」目の前の幼馴染みは、情けない姿で私を拝んでいる。
「分かったわ」私は大きくため息をついた。
事務室に戻ると、和也の先輩が出勤してきていた。イケメンだけど遊んでいそうなカンジ。堅物の和也とは対極だ。後で奴に「先輩には注意しろ」とクギを刺される。そんなに心配なら自分の手元に置いておけばいいのに。
仕事を始めて一週間、なるべく和也と顔を合わせたくて毎日朝から夕方までシフトを入れてみた。これがやってみると案外大変。でも和也は朝から晩まで毎日休みナシ、しかも仕事を始めてからずっと――。だからあんな風にくたびれてしまったんだ……。
『でもなんで?』
その理由を店長に聞いてみると、意外な事実が判明した。
「カズちゃんが仕事しまくる理由ぅ? イトコだから知ってると思ってたけどぉ……」
三年前和也の唯一の肉親である母親が病気で倒れた。それ以来一人息子の彼は、家計と治療費のためこの店で働いている。彼の母親は、今でも入退院を繰り返しているという。
当時高校を中退すると言ってきかなかった彼に、援助をして卒業させたのは店長だった。
私は早速、配達から戻った和也を店のガレージで捕まえた。「どうして黙ってたの?」
「何の話だ」配達用バイクのトランクを片付けながら、和也は投げやりに答える。
「三年前、お母さんが倒れたこと」
和也の動きがピタリと止まった。「店長か……。口止めしとけばよかった」
「どうして教えてくれなかったの?」
「言えば金が降ってくるのかよ!」和也は怒鳴ってトランクを乱暴に閉めた。「母親がいつ死んでしまうかと不安だった。親戚は誰も手を貸してくれなかった。お前に会いに行く交通費さえ惜しかった……」彼は肩を震わせ、嗚咽を漏らした。和也は私の知らない所で、孤立無援で追い詰められていたんだ……。
「和也……、言ってくれれば……」
そっと抱き締めてやると、彼は私の肩に頭を押しつけ、腰に手を回した。――それはひどく悲しい三年ぶりの抱擁だった。
和也は震える声で、「言えば、お前は進学を諦めて一緒に働くとか言い出すに決まってた。俺のせいでお前を不幸にしたくなかった。だから……言えなかった」と本心を語った。
「そんなの勝手だよ!」
「今だって、状況は何ら変わっちゃいない」
「和也が苦しんでるのに、私、自分だけ幸せになりたくない。一緒にがんばろうよ。ね?」
「病気の母親を抱えた俺なんかじゃ、いくら愛してたって、お前を幸せに出来る訳ないんだ……。頼むから、俺のことは諦めてくれ」
乱暴に袖で涙を拭うと、和也は足早に店の奥に消えていった。
……どうして自分だけ犠牲になればいいって思ってるの? 私だってもう子供じゃない。好きな人を支えたいと思って何が悪いのよ。
――あれ以来、和也は口をきいてくれない。そのくせいつもチラチラ厨房の私を見ては、目が合うとすぐに顔を背けて露骨に避ける。
毎日こんなんの繰り返しじゃ、いい加減私も精神的に疲弊してくるわけで……。
そんなとき、例の先輩から告られました。おもいっきり奴の見てる前で、「カズくんとミーちゃんって、親戚同士なんだよね。じゃ、僕がもらってもいいよね?」とかいう理屈でイージーかつライトに交際を迫られる私……。和也に目でSOSを発するけど何故かスルーされる。先輩は断っても何度も何度もアタックしてくるし……。
……やっぱこれって兎の護符の効果なんだろか。でも肝心の和也がちっとも食いつかず、これじゃぁ本末転倒なわけで……。
「じゃ、先輩とお付き合いします」先輩の十何度目かのアタックで、私はOKを出した。
『ガチャン!』
そのとき、店内に大きな金属音が響いた。和也が思いっきり床に金属トレーの束をぶち撒けたのだ。「す、済みません……」と、慌てて床に散乱したトレーを拾い集めている。
……動揺するくらいなら止めればいいのに。
和也はあれから仕事でミスが増えた。でも私は容赦なく先輩との仲を和也に見せつける。無論これは作戦なわけだけど。……あのバカ、さっさと先輩から奪い返しにくればいいのに。




