sun and moon
初作品でございます。どうか、暖かい目でご覧ください。
心臓の位置がはっきりとわかるくらい、罪悪感に似た胸の重みを感じながら歩いた家までの路。足を止め、息を吸い込むと、生ぬるい空気が流れ込む。ふと顔を上げると太陽が身体中の水分を蒸発させるように全身を照らすから、憎たらしくなって、呟いた。「バーカ」
「いってきまーす。」
気の抜けた声で家を出る。十五分くらい歩いたところで、気がついた。弁当忘れた…。取りに戻るのも面倒で、そのまま歩き続ける。まぁ、いい、そこのコンビニで買えば。いつもと同じワンパターンな日々。違うのは、銀色の弁当箱が、100円のメロンパンだということくらいだ。コンビニの店員の気だるさも、茶色い犬を連れたじぃちゃんも、いつもと変わらなかった。その日常に、安心感さえおぼえるほどに。
「…永瀬。おはよー!」
後ろから、息切れとともに聞こえた自分の名前に振り返る。この時間帯には珍しい顔。
「おはよう。松田。」
何でお前がいるんだよ。松田は、同じクラスの野球部で、朝練があるためか入学してから登校中に会ったことは一度もない。松田義和。俺とは真逆。日向をスキップしながら行進するような男だ。朝からうるさいのに捕まった。めんどくさい。
「お前、いつもこの時間かよ…。遅刻常習犯め!村っちがまた泣くぜ?」
あー、はいはい。と二つ返事をした後、なぜ松田がこの時間に登校しているのか聞こうとしてやめた。これ以上、この太陽みたいな男と話していたら、蒸発する。俺のことはお構いなしに松田は話続ける。校門の前には、生活指導係の腕章をつけた生徒が、遅刻者リストに名前を書いている。
「こっち。」
ペラペラと口を動かしていた松田は、「え?」と瞬きをしてこちらを見る。説明するのも面倒だったので、俺は松田のYシャツの裾を引っ張り、角を曲がった。グラウンドのフェンスの隙間をすり抜け、陸上のトラックを横切ると保健室の窓が開いているのが見えた。俺はそこを指差し、まさかと言わんばかりに目を見開いた松田に言った。
「こっから入んの!」
よいしょと窓に足をかけ、はい上がる。松田は、よっと身軽にとび上がった。運動神経がいいのを無意識に見せつけられた気がして、少し腹が立った。
「あらあら、友達と一緒なんて珍しいわね。」
「おはよう。裕子さん。」
「おはようございます…。」
裕子さんは俺の兄の恋人で、この学校の保健医をしている。遅刻魔の俺のために、いつもこうして保健室の窓を全開にしておいてくれるのだ。教室に向かう途中、松田が裕子さんとの関係を探ってきたので、さぁ?という表情で松田を見た。案の定、変な妄想をしてパニック気味の松田が可笑しかったので、そのままにしておくことにした。
「なぁ、オレさ…、口は固い方だから!」
そう言って、自分の席についた松田の背中に、呟いた。「バーカ」
夢を見た。九回の裏ツーアウト満塁。野球漫画ではよくあるベタなシーン。ここを守りぬけば勝てる。どうってことないセンターフライだった。ただグローブを出すだけでも捕れたはずなのに、たった一瞬ボールを見失った。あの時ほど、太陽を恨んだことはない。二年でレギュラーのオレには終わらない夏ともう一度くる夏が待っている。だが、先輩にとっての夏は終わった。そしてまた、朝がくる。
「練習試合?」
「そう。見にこいよ!」
あの日以来、永瀬とつるむようになった。べつに特別仲がいいというわけではない。ただ、こいつの落ち着いた態度と口調は、何だか妙に心地よい。永瀬ゆづき。どこかオレに似ている。そんな気がするのだ。
「何時から?」
「九時からだったかな…。」
「早いよ。起きれない。」
そうだった。こいつが遅刻常習犯なのを忘れていた。今週の土曜日、都内の野球名門校との練習試合があるのだ。むこうは甲子園出場が決定していた。そして、オレ達が負けた相手。正直気が重い。悪夢がよみがえり、オレは永瀬に絶対にこいと念をおし、階段をかけ降りた。何かを変えたくて、永瀬が何かを変えてくれそうな予感がしたから…。
「暑い…。」
うだるような暑さが続き、低血圧の俺には辛い朝だ。今日に限って保健室のエアコンが壊れて、うちわをパタパタ動かしながらベットに横たわる。
「ほんとに、毎日暑いわねぇ。」
裕子さんは壊れたエアコンの修理をするため、休日出勤。午後からは兄と式場の下見に行くらしい。俺はというと、松田になかば強引に約束を取り付けられ、わざわざこうして試合開始を待っているのだ。
「そういえば、最近松田君と仲いいのね。」
微笑ましそうに俺を見つめる瞳が母親のようだったので、べつに仲がいいとは思ってないが、そうだね、と曖昧な返事をした。AM8:45。そろそろか…。ベットから身体を起こし、ゆっくりと立ち上がった。グラウンドに向かう途中、プレイボールと聞こえた気がして、少しだけ小走りになった。雲ひとつ無い青空に、太陽だけが自身の存在を主張していた。
「来てたのか。」
「お前が来いって言ったんだろ。」
エアコンが修理された保健室。試合の結果は2-1。相手が名門校なら、かなり良い結果だろう。なのに、松田は浮かない顔をしていた。
「嬉しくないのか?」
という俺の質問に、松田は、あぁ、とどちらともない返事をした。日向を歩く太陽のような男は、誰よりも小さく、頼りなく見えた。思わず、俺は松田の首に腕をを回す。目を見開き、どこかで見たことのあるような顔で俺を見て、それから目を閉じて俺の腰に腕を回した。真夏の、しかもこんなに暑い日に男同士で抱き合うなんて…。そう思いながらも絡めた手には力がこもる。見つめ合い三秒。唇と唇が微かに触れた。
何も変わらなかった。勝ったからといって、あの夏が戻るわけもない。けど、確実に変わり始めている。これから続く夏も、これからまた訪れる夏も、きっと何かが変わった。ただ、オレを太陽が照らしている。そんな気がするのだ。
心臓の位置がはっきりとわかるくらい、罪悪感に似た胸の重みを感じながら歩いた家までの路。足を止め、息を吐くと生暖かな空気が外に溶けてゆく。これは思春期特有の甘い感情なんかではない。そう自分に言い聞かせ、この目眩も汗も息切れも鼓動も、全部、夏の暑さのせいにした。
今思うと、弁当を忘れたあの日から、非日常は始まっていた。コンビニの店員は真面目なきびきびとした人に変わっていた。茶色い犬を連れたじぃちゃんは、白い猫も連れていた。何も変わらないワンパターンな日々は終わり、毎日が少しずつ変わっていく。
「いってきまーす。」
「永瀬!おはよー。」
「おはよう。松田」
松田は、月に一度、朝練をサボる。走るぞ、そう言って俺は松田のYシャツの裾を引っ張った。
「え?なんで?」
「永瀬裕子は寿退社」
松田は笑いながら俺を追い抜いた。振り返ると太陽みたいな眩しい笑顔で、そりゃ残念、と俺の腕をつかむ。
「急げ、運動音痴。」
な…。なんだそれ。少しむすっとしながら走る俺に松田が何かを言った気がした。
「ー…。」
ちょうどよく風が吹き、木の揺れる音に紛れ、何一つ聞こえなかった。
「なんて?」
「何も言ってねーよ!」
ふーん、と鼻で返事をした後に、松田の背中に呟いた。「バーカ」
あいつが太陽ならおれは月だな。
正反対の交わるはずのないものだけれど、どこか似ている。
今回、初めて小説を書かせて頂きました、anoです。拙い表現とわかりにくい文章だったと思いますが、最後までご覧いただいた皆さま、本当ありがとうございました。また、この様な機会を与えてくださった本HP創設者様にも感謝しております。この小説は、私が15歳の時に、受験勉強の息抜きとして考えたものです。読者の方よりも人生経験は浅く、まだまだ未熟者ですが、これを読んで頂いた方の心に、少しでも残るものがあれば幸いです。これからも感性を育てるべく、思いつき次第本HPに投稿させて頂きますので、その際は、ご覧いただけたらと思っております。それでは、またの機会を楽しみにしております。
2013.7.3 ano