きっかけはいつだってなんてこと無い。
テレビではコメンテーターが、最近ニュースでよく流れている経済問題について、正しいとも正しく無いとも言える意見を強い語気で述べている。俺はこの手のコメンテーターやら、ジャーナリストやら、コラムニストっていうのがあまり好きじゃない。意見ってのは、だいたい立場や視点で変わるもので…
「ピエロだな…」
脚本家が番組を面白おかしくする為の役割を、忠実にこなす為にこいつは名門大学を出て、一流企業に就職し、キャリアを重ねてここまで来たのだろうか?
地方で公務員やってた親父みたいにはなりたくなくて、俺はでかい事がしたいと、親の反対を押し切ってほとんど飛び出す形で無理矢理上京した。やりたい事は決まってなかったが、都会だったら、何か起きると思っていた。だがそこで待ち受けていたのは厳しい現実だった。
就職も満足にできず、目標もなく、バイトで生計をたてながら、中途半端な生活を続けていた。見兼ねた姉が、つてを頼って去年俺に働き口を作ってくれて今の職場で働く事になった。
もう家を出て、3年が経つが何も変わらない自分に苛立ちを感じていた。
「もう、こんな時間か」
時計は14時を指している。起きたばかりで頭も働かない。昨日の夜は部屋に戻ってから少し飲みすぎた。ソファに沈み込んだ身体はそう簡単には動き出そうという気にならない。
♪
テーブルのうえには、発泡酒の空き缶が無造作に置かれている。その横に置いてある携帯が鳴り出した。重い身体をゆっくりと起こし、携帯を手に取る。
着信の名前にはぁっ…と思わず溜息を付いてしまった。
「あ?何の用だよ?」
「な、開口一番、何の用はないっしょ!僕はジョージさんが暇してると思って電話してやってんのに…」
電話で生意気な口をきくのは、参堂栄太。俺の仕事場での後輩になる。俺の名前、九条総司から親しい友人にはジョージと呼ばれているという話をした次の瞬間から、このあだ名を使い出す図太さである。あ、俺のことはサンドでいいんで!なんて恥ずかしいこともさらりと言ってのけるこのお調子者の交友関係の広さは俺の想像の及ぶところではない。この間も、面白い集まりがあるからと強引に連れていかれたのは、アメリカ空軍のパイロットであるという黒人のバースデーパーティーだった。何処で知り合ったと問いただしたところ、電車で隣り合って、日本人女性の素晴らしさを語り合い、意気投合したという。もはや聞く気も失せた。
そんなサンドから電話がかかって来て、たいてい六なことは無かった。だいたい職場で毎日顔を合わせ、席も隣同士なのに…
「今晩空いてます?空いてるでしょ?」
これだ…
「はぁ?何で俺なんだよ。俺は忙しいんだよ。小池とかにしろよ。あいつなら暇だろうし…。」
「ジョージさんに来てもらいたいんですよ〜。だいたい、うちの職場で休日誘えるのって、独身で彼女もいない哀しいジョージさんだけだし、それに本当はひまなんでしょ?今日は可愛い女性もいますから!こないだ最近俺干からびそうって言ってたじゃないっすか!」
語尾に(笑)がついている。いちいち一言多いのが悪い癖だ。
だが正直可愛い娘という言葉には、俺の心は揺れ動いた。このお調子者は、その性格故に女性関係も幅広い。これまでも何度か女性を紹介してもらった時は、まぁ確かに綺麗な女性が多かった。だが、俺はそれを物にできなかったのは言うまでもない。ただよくよく考えると、交友関係の広いサンドがこんな俺をしょっちゅう誘うのも不思議な話だ。もしかしたら、こいつはこの寂しい俺の為に出会いの場を設けようと頑張ってくれているのかもしれない。
「……何で毎回、俺をさそうんだ?」
「だって、ジョージさんみたいな、地味な人と一緒にいれば、僕の爽やかさが目立つでしょ。」
…そうか、おれはこいつに直接説教をする為に、会いに行くのだな。
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にこにこチャット
20XX/1/15/02:15:03
デンツーさんが入室しました。
ジョージさんが入室しました。
デンツー:お久しぶりです
ジョージ:お久しぶりです(^-^)/
ジョージ:どこにいたんですか!?
デンツー:まぁ最近色々と立て込んでて…
ジョージ:でもまぁお元気そうで…って顔も見えないのに、おかしいですねw
デンツー:いやいや、元気ですよw
ジョージ:良かった、僕のほうは忙しくもなく…なんら変わりませんorz
デンツー:いいじゃないですか、普通っていうのが一番安定ですよ。
ジョージ:そうですかねぇ…
デンツー:そうですよ。最近物騒な事も多いじゃないですか。
ジョージ:物騒?僕の周りは平和過ぎてなんの面白味もないですよ^^;
デンツー:もしかしたらジョージさんが知らないだけで、すぐそこまで来てるかもしれませんよ…
ジョージ:怖い(-。-;そんな事言わないでくださいよ!
デンツー:すみませんwでもほんと物騒ですから。知ってるでしょ謎の変死事件。昨日もあって、今月で3件ですよ。怖いですよね。
ジョージ:あれって若い独身男性ばっかりのあれでしょ?ケーサツは何やって…
デンツー:ですねwでもあれ、少し前に流行った都市伝説にちょっと似てるんですよね…
ジョージ:?
デンツー:知りません?夢喰いって。
ジョージ:夢喰い?
デンツー:チャンスも可能性もあるのに、夢を実現しようとしない人間の希望とついでに命を奪っちゃう死神なんですよ。
ジョージ:それだったら、僕なんて今ごろ死んでますよ。