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やわらかな王の墓  作者: たむ


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第6話 首を抱く王の石像

 宿場町の門をくぐったとき、最初に目に入ったのは、広場の中央に立つ石像だった。


 やはり王の像である。

 やはり首がない。

 そしてやはり、その両腕には自分自身の首が抱えられていた。


「またこれか」

 私は思わず言った。


 灰白色の石で彫られた像は、村で見たものより大きく、二階建ての家ほどもある。冠を戴き、重たい外套をまとい、切断面の滑らかな首の上には何もない。代わりに、胸に抱いた首の顔だけがこちらを見ていた。閉じた瞼は穏やかで、むしろ安らいでいるようにも見える。

 不気味というより、もう趣味の問題だ。国家規模で趣味が悪い。


「この国の王は、自分の首を持つのが正式な姿なのか」

 私が問うと、エナは像を見上げたまま答えた。

「死を自覚している姿です」

「自覚的すぎるだろ」

「王は、自分の終わりを抱いて統治するものだとされています」

「誰が考えたんだ、そんな陰気な理念」

「最初の王たちだと思われます」

「迷惑な始祖だな」


 宿場町は村より活気があった。荷車、旅人、商人、兵士、食べ物の匂い、獣糞の匂い、鍛冶場の金属音。活気といっても、祝祭的な明るさではない。くたびれた生活の集積という感じだ。それでも人の多さは、否応なく都市の入口を思わせた。


 護衛兵たちは隊商を宿舎裏の荷置き場へ導き、私たちには「勝手に歩くな」と念を押した。だが、夕食ができるまで少し時間があるらしく、町の広場の縁までなら出ていいと言われた。


 私は足をかばいながら石像の前まで歩いた。近づくと、台座に細かな文字が刻まれているのが見えた。見たことのない文字列。しかし、またしても読める。


 ――王は自らの死を携え、民の生を支える。

 ――首は王冠より重く、墓は玉座より正しい。


「最悪の標語だな」

「名文ではあります」

「君、たまに価値観が危ないよな」

「この国育ちですので」


 石像の足元には花が供えられていた。白い花、黄ばんだ花、骨で編んだ小さな輪。旅人が祈るように触れていく姿もある。王への敬愛というより、災厄除けに近い所作だった。


「信仰されてるのか」

「半分は」

「残り半分は?」

「恐れられています」

「それもどこかで聞いたな」

「だいたい同じことです」


 広場の端で、物売りの老婆が小さな護符を並べていた。骨魚の形をしたもの、墓標の形をしたもの、王冠を半分に割った形のもの。私は何となく覗き込んだ。老婆は皺だらけの顔をこちらへ向け、にやりと笑う。


「異邦人かい」

「わかる?」

「靴がうるさい」


 確かに私の革靴は石畳に不釣り合いな音を立てる。


「どれか買っていきな。墓避け、王避け、骨魚避け」

「王避けって効くのか」

「効くなら皆買うさ」


 老婆はけろりと言った。商売っ気があるのかないのかわからない。私は半分に割れた王冠の護符を手に取った。

「これは?」

「王位の裂け目よ。身の丈以上の役を押しつけられないようにする」

「それはちょっと欲しいな」

「銀二枚」

「高い」

「役職を避けられるなら安いもんだろ」


 私は吹き出しかけた。異世界にも処世の知恵はあるらしい。


 結局、銅貨しか持っていないことに気づき、買えなかった。そもそもこの国の貨幣を一枚も持っていない。完全な無一文だ。今さらながら、かなり危うい立場である。


 エナが小さく言った。

「必要なら私が出します」

「借金から始まる異世界生活は嫌だ」

「王都で働けば返せます」

「王都で働くの確定なのか」

「少なくとも、すぐには追い返されないでしょう」

「それは慰めになってるのか?」


 広場の一角では、旅芸人らしい男が子どもたちを集めていた。小さな舞台を作り、紙と布でできた人形を動かしている。王と民と墓守の話らしい。子どもたちは笑っていたが、筋書きは妙に陰鬱だった。王が国を守るため自分の名前を捨て、やがて民に忘れられ、最後は墓だけが残る。

 寓話というより教育だ。

 この国ではたぶん、子どものころから王の死に慣らされる。


「君は子どものころ、何になりたかった」

 不意に私は訊いていた。

 エナは少し考えた。

「静かな人に」

「職業じゃなくて?」

「職業は、だいたい途中で死にます」

「その答え、重いな」

「リョウは」

「何に?」

「子どものころ」


 私は石像の首なしの胴体を見上げた。

「特になかったな。なる、というより、ならないようにしてた」

「何に」

「目立つものに」


 父が目立つことを嫌う人だった。人並みでいること、波風を立てないこと、正しい順番で進学して就職すること。それが一番安全だと信じていたし、私も長いことそう思っていた。

 だが結局、目立たないまま疲弊した。

 安全なはずの人生は、ただじわじわ削られるだけの場所にもなり得る。


「それで今、墓を読む異邦人か」

 エナが言った。

「目立っていますね」

「笑えない」


 鐘が鳴った。宿の夕食を知らせる音だろう。広場の人々が少しずつ散っていく。石像の影が長く伸び、その抱えた首だけが、最後まで薄明かりを拾っていた。


 宿舎の食堂では、薄いスープと黒パン、焼いた小魚が出た。護衛兵たちは私たちから少し離れて座り、ひそひそと話している。耳を澄ませば断片だけ聞こえた。「王都」「記録」「異邦人」「縁起でもない」。どこへ行っても同じだ。


 食後、私は水を取りに裏庭へ出た。

 そこには小さな祠があり、やはり首を抱いた王の浮彫が刻まれていた。もう見慣れたくないのに、次々出てくる。


 その祠の前で、年若い兵士が一人、膝をついていた。傷鼻ではない、まだ頬の肉の残る青年だ。祈っているのかと思ったが、近づくと違うとわかった。彼は吐いていた。


 私は足を止めた。青年は気づいて慌てて口元を拭った。


「見るなよ」

「悪い」

「別に、慣れてるからな」

「何に」

「怖いのに慣れてるふりをするのに」


 意外な言葉だった。彼は自嘲するように笑う。

「王都行きだろ。お前ら」

「ああ」

「なら覚えとけ。石像は立ってる場所ほど安全じゃない」

「どういう意味だ」

「皆、あれを見て安心する。王はちゃんと死ぬ、ってな」

「安心なのか、それ」

「この国じゃそうだ。順番通りなら安心できる」


 青年は祠の足元を見た。

「でも今、その順番が変だ」


 それだけ言うと、彼は立ち上がり、私の返事も待たずに戻っていった。


 私はしばらく祠の前に立っていた。

 王の石像。首を抱く姿。順番通りに死ぬことへの安堵。

 この国の人間は、王が生きて統治するから安心するのではなく、王が正しく死ぬことによって世界の秩序を感じているのかもしれない。

 だとすれば、昨夜の記録の異常は、単なる事務上の問題ではない。宗教にも似た生活感覚そのものを揺らす。


 私は宿舎へ戻りながら、広場の像を振り返った。

 抱えられた首は、暗くなる町の中で妙に白かった。

 あれは王の未来ではなく、この国に住む人々の安心の形なのだろう。

 気味が悪い。

 だが、気味が悪いという理由だけで否定できるほど、私はもう外側に立っていなかった。

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