表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やわらかな王の墓  作者: たむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/39

第24話 供花の意味

 老人は、宮城の片隅にある小さな祈祷庭へ私たちを導いた。


 導いた、というのも妙な話だ。王都の宮城に勝手知った顔で歩く巡礼老人など、本来ならその時点で問題だろう。だが、彼はためらいなく回廊を曲がり、低い門をくぐり、白砂の敷かれた小庭へ出た。

 そこには小さな祭壇と、水鉢と、数本の背の低い木。

 そして祭壇の前に、白い花が幾筋も供えられていた。


 エナが立ち止まる。

「ここは、内廷用の供花庭」

「知っておる」

 老人が答える。

「王のための花を、王以外の死にも回す場所だ」

 

 私は祭壇の花を見た。

 村でエナが持っていた花、宿場町の像の足元にあった花、宮城の中庭にも落ちていた花。

 同じ白い花が、ここでは束ではなく、一本ずつ丁寧に並べられている。


「前から気になってた」

 私は言った。

「この花、何なんだ」

 エナが答える。

「葬花です」

「死者の口に入れるやつ」

「はい」

「ここでは何のために」

「供花です」

 老人がくぐもった笑いを漏らした。

「それだけではないがな」


 彼は祭壇の前にしゃがみ込み、花の一本を持ち上げた。

 茎は細く、花弁はほとんど半透明に近い白。光がない庭でも、わずかに浮いて見える。


「この花は、言葉の代わりだ」

 老人が言う。

「埋葬官見習いからはそう教わった」

 私はエナを見る。

「はい」

 彼女が頷く。

「死者がもう喋れないので、言葉の代わりに口へ」

「それだけでは足りぬ」

 老人が言った。

「花は、死者へ向けた言葉であると同時に、生者が忘れぬための形でもある」

「忘れぬ?」

「この国の人は、飢えを忘れる。怒りを忘れる。名を薄くする。ゆえに、忘れてはならぬものを花の形で残す」


 私は祭壇の供花を見た。

 王のための花。王以外の死にも回す花。

 白い花は、美しいというより薄い。だが薄いからこそ、何かが消えるぎりぎりを留めている感じがある。


「供花の意味は、誰に向けるかで違う」

 老人は続けた。

「王への花は、“おまえが引き受けよ”という花だ」

「慰めじゃないのか」

「半分は」

「また半分か」

「残り半分は、押しつけだ」


 その率直さに、私は少し面食らった。

 だが確かに、この国で王へ供えられる花が、純粋な敬愛だけでできているとは思えない。

 痛みを引き受けろ。順番を保て。飢えを背負え。死を持て。

 花はその無言の要求でもあるのだろう。


「村の墓に供える花は?」

 私はエナへ向けて聞いた。

「返事のない者への言葉です」

「ここでは?」

「ここでは……」

 彼女は少し迷い、やがて言った。

「返事をしてほしくない者への確認、かもしれません」

 

 老人が満足そうに頷いた。

「ようやく耳が育ってきたな」

「耳?」

 私が聞き返す。

「言葉を聞く耳ではない。言葉の重さを量る耳だ」


 老人は祭壇の前へ花を戻し、こちらへ向き直った。

「十三が二度数えられていると告げたな」

「ああ」

「一度は、王宮の数え方で」

「継承順位とか制度上のやつか」

「そうだ」

「もう一度は?」

「供花の数え方で」


 私は意味が飲み込めず、眉を寄せた。

「花で王を数えるのか?」

「死を受け取る器には、花が集まる」

 老人が言う。

「王へ向けられた花の数は、王の名ではなく、席へ注がれた期待と負債の数だ」

「じゃあ十三は」

「すでに二つの席として数えられておる」

 

 エナがはっとしたように祭壇を見る。

「第十三王と、第十三王墓」

「近い」

 老人は答えた。

「生きている王と、すでに口を開いた墓。ひとつの番号に二つの器がある。ゆえに数えがぶれる」


 私は息をついた。

「だから第十四が入り込める」

「そうだ」

「器が二つあって、番号が一つだから」

「数えの余りが出る」


 王都の制度も、墓標の文も、ようやく一本につながる感じがした。

 王本人と、先に用意された王墓。

 すでに二重化した十三。

 その隙間へ、十四が王として記録され始める。


「供花は、その二重化を示していた?」

 エナが問う。

「気づく者はおらんかったか」

 老人はやや呆れたように言った。

「この庭の花は、ここ数日ずっと十三に対して二列で供えられておる」

 

 私たちは反射的に祭壇を見た。

 たしかに、今並べられている花は一本の列ではない。中央を挟んで左右に寄り、二列に分かれているようにも見える。

 今までただ“たくさんある”としか見ていなかった。

 見方を教えられなければ、意味にならない。


「誰が供えた」

 ハルヴァが低く問う。

「内廷の者たちだろう」

 老人は肩をすくめた。

「だが、おそらく意味は知らぬ。ただ、そうせねばならぬと感じてそうした」

「制度より先に習慣が動く」

 私は呟いた。

「そうだ」

 老人が頷く。

「この国は、理屈より先に供え、記録し、祈り、そのあとで意味を作る。ゆえに遅れて本当になる」


 比喩の遅れる土地。

 またその言葉へ戻る。

 花の並べ方ひとつさえ、後から制度の異常を告げる印になってしまう。


 老人は一本の花を私へ差し出した。

「持て」

「何で」

「おぬしにも必要だ」

「俺、まだ死んでない」

「だからだ」


 私は渋々受け取った。

 花は軽い。

 だが、手に乗ると妙に冷たかった。

 その白さが、紙でも骨でもなく、ちゃんと生きた植物の白であることがかえって不気味だった。


「供花は言葉の代わりだ」

 老人が言う。

「ならば、おぬしがまだ言葉にできぬものも、いずれこれに乗る」

「縁起でもないな」

「王墓に触れた時点で、縁起などもう残っておらぬ」


 あまりにそのとおりで、私は返す言葉がなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ