第24話 供花の意味
老人は、宮城の片隅にある小さな祈祷庭へ私たちを導いた。
導いた、というのも妙な話だ。王都の宮城に勝手知った顔で歩く巡礼老人など、本来ならその時点で問題だろう。だが、彼はためらいなく回廊を曲がり、低い門をくぐり、白砂の敷かれた小庭へ出た。
そこには小さな祭壇と、水鉢と、数本の背の低い木。
そして祭壇の前に、白い花が幾筋も供えられていた。
エナが立ち止まる。
「ここは、内廷用の供花庭」
「知っておる」
老人が答える。
「王のための花を、王以外の死にも回す場所だ」
私は祭壇の花を見た。
村でエナが持っていた花、宿場町の像の足元にあった花、宮城の中庭にも落ちていた花。
同じ白い花が、ここでは束ではなく、一本ずつ丁寧に並べられている。
「前から気になってた」
私は言った。
「この花、何なんだ」
エナが答える。
「葬花です」
「死者の口に入れるやつ」
「はい」
「ここでは何のために」
「供花です」
老人がくぐもった笑いを漏らした。
「それだけではないがな」
彼は祭壇の前にしゃがみ込み、花の一本を持ち上げた。
茎は細く、花弁はほとんど半透明に近い白。光がない庭でも、わずかに浮いて見える。
「この花は、言葉の代わりだ」
老人が言う。
「埋葬官見習いからはそう教わった」
私はエナを見る。
「はい」
彼女が頷く。
「死者がもう喋れないので、言葉の代わりに口へ」
「それだけでは足りぬ」
老人が言った。
「花は、死者へ向けた言葉であると同時に、生者が忘れぬための形でもある」
「忘れぬ?」
「この国の人は、飢えを忘れる。怒りを忘れる。名を薄くする。ゆえに、忘れてはならぬものを花の形で残す」
私は祭壇の供花を見た。
王のための花。王以外の死にも回す花。
白い花は、美しいというより薄い。だが薄いからこそ、何かが消えるぎりぎりを留めている感じがある。
「供花の意味は、誰に向けるかで違う」
老人は続けた。
「王への花は、“おまえが引き受けよ”という花だ」
「慰めじゃないのか」
「半分は」
「また半分か」
「残り半分は、押しつけだ」
その率直さに、私は少し面食らった。
だが確かに、この国で王へ供えられる花が、純粋な敬愛だけでできているとは思えない。
痛みを引き受けろ。順番を保て。飢えを背負え。死を持て。
花はその無言の要求でもあるのだろう。
「村の墓に供える花は?」
私はエナへ向けて聞いた。
「返事のない者への言葉です」
「ここでは?」
「ここでは……」
彼女は少し迷い、やがて言った。
「返事をしてほしくない者への確認、かもしれません」
老人が満足そうに頷いた。
「ようやく耳が育ってきたな」
「耳?」
私が聞き返す。
「言葉を聞く耳ではない。言葉の重さを量る耳だ」
老人は祭壇の前へ花を戻し、こちらへ向き直った。
「十三が二度数えられていると告げたな」
「ああ」
「一度は、王宮の数え方で」
「継承順位とか制度上のやつか」
「そうだ」
「もう一度は?」
「供花の数え方で」
私は意味が飲み込めず、眉を寄せた。
「花で王を数えるのか?」
「死を受け取る器には、花が集まる」
老人が言う。
「王へ向けられた花の数は、王の名ではなく、席へ注がれた期待と負債の数だ」
「じゃあ十三は」
「すでに二つの席として数えられておる」
エナがはっとしたように祭壇を見る。
「第十三王と、第十三王墓」
「近い」
老人は答えた。
「生きている王と、すでに口を開いた墓。ひとつの番号に二つの器がある。ゆえに数えがぶれる」
私は息をついた。
「だから第十四が入り込める」
「そうだ」
「器が二つあって、番号が一つだから」
「数えの余りが出る」
王都の制度も、墓標の文も、ようやく一本につながる感じがした。
王本人と、先に用意された王墓。
すでに二重化した十三。
その隙間へ、十四が王として記録され始める。
「供花は、その二重化を示していた?」
エナが問う。
「気づく者はおらんかったか」
老人はやや呆れたように言った。
「この庭の花は、ここ数日ずっと十三に対して二列で供えられておる」
私たちは反射的に祭壇を見た。
たしかに、今並べられている花は一本の列ではない。中央を挟んで左右に寄り、二列に分かれているようにも見える。
今までただ“たくさんある”としか見ていなかった。
見方を教えられなければ、意味にならない。
「誰が供えた」
ハルヴァが低く問う。
「内廷の者たちだろう」
老人は肩をすくめた。
「だが、おそらく意味は知らぬ。ただ、そうせねばならぬと感じてそうした」
「制度より先に習慣が動く」
私は呟いた。
「そうだ」
老人が頷く。
「この国は、理屈より先に供え、記録し、祈り、そのあとで意味を作る。ゆえに遅れて本当になる」
比喩の遅れる土地。
またその言葉へ戻る。
花の並べ方ひとつさえ、後から制度の異常を告げる印になってしまう。
老人は一本の花を私へ差し出した。
「持て」
「何で」
「おぬしにも必要だ」
「俺、まだ死んでない」
「だからだ」
私は渋々受け取った。
花は軽い。
だが、手に乗ると妙に冷たかった。
その白さが、紙でも骨でもなく、ちゃんと生きた植物の白であることがかえって不気味だった。
「供花は言葉の代わりだ」
老人が言う。
「ならば、おぬしがまだ言葉にできぬものも、いずれこれに乗る」
「縁起でもないな」
「王墓に触れた時点で、縁起などもう残っておらぬ」
あまりにそのとおりで、私は返す言葉がなかった。




