第21話 死の制度
翌朝、王都は昨日よりさらに灰色だった。
窓の外に空は見えないはずなのに、建物全体へ沈んだ色が染み込んでいる感じがする。夜のあいだに骨魚が何度も都の上を泳いだのだろう。朝の鐘が鳴っても、晴れたという感覚は生まれない。
私は硬い寝台から起き上がり、首の木札に触れた。まだここにいる。夢ではない。夢ならもう少し筋のいい悪夢であってほしかった。
控え間にはすでにネムがいて、書類を整理していた。彼は寝たのか怪しい顔をしている。
「おはよう」
「おはようございます」
「その顔、寝てないだろ」
「役所は寝不足でできています」
「嫌な真理だな」
少ししてエナも来た。彼女は洗面を済ませたばかりらしく、黒衣の襟元がきちんと整えられている。
「次官が、午前のうちに説明の場を設けるそうです」
「説明」
「あなたに、この国の死の制度を」
「今さら?」
「今だからです」
確かに今さらではある。
だが、王墓に触れ、井戸の歌を聞き、飢えの薄さまで体感した今、ようやく言葉の器が少しできた気もした。最初に聞かされても、たぶんほとんど理解できなかっただろう。
案内されたのは、宮廷埋葬部の小さな講義室のような部屋だった。壁には王家系譜の図、古い墓標の写し、王都地下見取り図が掛けられている。
セリオがすでに待っていた。机の上には分厚い帳面と、いくつかの石板の拓本。
「座ってください」
彼は言った。
「時間がありませんので、要点だけ」
時間がないのに要点だけで済む話とも思えなかったが、黙って座る。
「あなたはすでに、王墓、記録帳、古井、地下根に接触しました」
セリオは淡々と始めた。
「つまり、我が国の“死の制度”の外郭には触れた」
「外郭だけで十分重いな」
「中身はもっと重いです」
彼は壁の系譜図を指した。
王が十三代、名と年数だけ並んでいる。ところどころ空白があり、注記が細かい。
「この国では、王位継承は血統だけで決まりません」
「継承順位があるんだろ」
「あります。ですが順位は資格であって、確定ではない」
「席が先で、名があと」
「ええ」
次に彼は、王墓の拓本を広げた。
読まなくても背筋が寒くなるような文字列だ。
「王とは、建国時に定められた“受苦の器”です」
「受苦」
「飢え、死、名の摩耗、秩序の圧力、共同体の怨み。その一部を引き受けるための席」
「王が民の飢えを引き受けるって話か」
「それも含みます」
セリオは私をまっすぐ見た。
「王は支配者である以前に、国家の負債の受肉です」
「言い方がひどいな」
「実態です」
ネムが静かに付け足した。
「だから王は即位の日に“半分死ぬ”」
「個人のままでは負担に耐えられないから」
私は呟く。
「そうです」
セリオが頷いた。
「個人名、私的時間、身体感覚、欲望の一部を切り離し、席に合わせる」
「それで国が安定する」
「少なくとも、そう信じられてきた」
私は腕を組んだ。
「じゃあ死の制度っていうのは、王ひとりの仕組みじゃないな」
「ええ」
セリオは壁の地下見取り図を指した。
「王墓は中枢です。だが中枢だけでは流れない。地方墓標、巡礼路、埋葬官記録、古井、祈祷院、配給制度、継承記録、そのすべてが接続されている」
「国全体が回路」
「正確です」
その言葉に、私はぞっとした。
国全体が死の処理回路。
人々の飢えや死や不満を、王という器へ流し込み、地方から中央へ集め、記録し、埋葬し、また制度として配り直す。
これでは政体というより巨大な配電盤だ。
「じゃあ、死ぬ予定の者が先に記録されるのも」
「不自然ではありません」
セリオが答える。
「制度にとっては、個人より席のほうが先に存在する」
「本当に嫌な国だな」
「同意します」
彼があっさり言ったので、私は少し言葉に詰まった。
エナが低く言う。
「でも、その嫌な制度がなければ、ここまで国が保たなかったとも言われます」
「言われます、か」
「私は好きではありません」
彼女ははっきり言った。
「けれど村の人々が死者を埋める場所を持てるのも、記録が残るのも、この制度の一部です」
私は彼女を見た。
嫌いだが、全否定もできない。
それは厄介な本音だった。
制度は人を傷つけるが、同時に最低限の秩序や記録や墓を与えることもある。壊すべきものほど、壊した後に何で代えるかが問われる。
「今、何が壊れかけてる」
私はセリオに尋ねた。
「第十三王の均衡です」
「だけ?」
「それだけではありません。王墓の呼吸、古井の歌、地下根の文言、王都の死者数の増加、地方での骨魚の低空巡回」
「全部つながってる」
「その可能性が高い」
「原因は」
「まだ不明」
セリオは一拍置いた。
「ただし、制度が自らの器を選び直そうとしている兆候には見える」
「数え直し」
「ええ」
部屋が少し寒くなった気がした。
私は壁の系譜図を見た。十三代分の名前。空白。注記。
もし“数え直し”が起きれば、この一覧そのものの意味が変わるかもしれない。
「俺は何なんだ」
私は自分でも驚くほど率直に訊いた。
「読めるだけの異邦人か、それとも制度の中の部品か」
セリオはすぐには答えなかった。
代わりに、拓本の端を指先で押さえる。
「現時点では、読み手です」
「現時点では」
「王墓があなたへ問いを返している以上、読み手で終わらない可能性はある」
「最悪だ」
「同意します」
私は笑えなかった。
だが、少しだけ輪郭は見えた。
この国の狂気は気分ではない。構造だ。
構造である以上、読むことはできる。
読むことができるなら、どこかに綻びもあるかもしれない。




